前回に続いて、Mai出版(Penerbit Mai)が実施している若手翻訳者プロジェクトから生まれた日本の近代文学の翻訳書を紹介していきたい。
●『柿の木のある家』
前回紹介した宮澤賢治『銀河鉄道の夜』のインドネシア語版と同じく2022年にMai出版より刊行された翻訳書のひとつが、壺井栄『柿の木のある家』のインドネシア語訳 Rumah Pohon Kesemekである。翻訳者はAsri Pratiwi Wulandari。多方面にわたって活躍中の注目の日本語-インドネシア語翻訳家だ。
壺井栄は『二十四の瞳』で知られる香川県小豆島出身の作家だ。私が小学生のころには国語の教科書掲載常連の作家で、『柿の木のある家』は自宅にも本があったけれど、もしかすると教科書にも載っていたかもしれない。今の日本の子どもたちは読んだことがあるのだろうか。おそらく壺井栄は、ほぼ忘れられた作家になってしまっているのではないだろうか。
『柿の木のある家』は、1944年に『海のたましい』として発表したものを改題、改稿し、1949年に短編集の中の一編として出版された。Mai出版主宰のアンドリー氏より、この『海のたましい』が「国立国会図書館デジタルコレクション」のサイトより閲覧可能であることをご教示いただいた。
『海のたましい』は『柿の木のある家』よりかなり長く、舞台が小豆島であること、戦前戦時中を背景としていることがはっきりわかる書き方をされている。『柿の木のある家』では、舞台も時代背景も特定せず、ある一家の普通の暮らしの一部を切り取った微笑ましい物語となっている。
この物語の山場は、主人公のフミエと洋一姉弟の双子の弟の誕生と、それに続く出来事だ。インドネシア語版にはPuty Puarさんによるかわいらしいイラストが添えられているが、この双子の命名式の場面のイラストを作成する際には、私もいくつかの質問を受けた。まず、「お膳」というものの形状について。お膳の姿はインターネットで簡単に検索できるけれど、これをテーブルの上に置いて使うのかどうかなど、実際にどういう形で使うのかについては、ちょっとわかりにくかったようだ。また、物語の本文中に書かれている命名式のお祝いの際の席次について。そういったことについて私自身それほど自信があるわけでもないのだけれど、できる限りわかりやすくアドバイスをし、その結果、楽しい一場面のイラストができ上がった。
Rumah Pohon Kesemek
●編集部の独自「センサー」による変更
『柿の木のある家』のインドネシア語版では、訳出の際に原文から意図的に変更された箇所がいくつかある。インドネシア語版巻末の「お茶の間」コーナーで、編集部の独自「センサー」による3箇所の変更について触れられている。
ひとつ目は、旱魃のときに掘った井戸の石垣に使った残りの石を柿の木の下に積んでおいたところ、柿の実がならなくなってしまい、後悔したおじいさんが重い石を除ける場面。
おじいさんは汗をながしながら、「こんちきしょ、こんちきしょ」と一つ一つの石を柿の根もとからとりのけました。
(青空文庫『柿の木のある家』より。以下の引用文も同じ)
この「こんちきしょ、こんちきしょ」が、それを直訳した言葉よりはややニュートラルな “Celaka, oh, celaka.”(「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ」というところだろうか?)に変更されている。これは読者が子どもであることを想定して、あまり口汚い罵り言葉は避けるという配慮の結果のようだ。日本の現状では、「こんちきしょ」は口汚い罵り言葉とはとても言えないにしても。
次は、双子の弟の命名式の後、子どものない「三太郎おじさん」が洋一に向かって冗談めかして双子のうちのひとりをほしいという場面だ。
「ふうん、そうか。そんなけちん坊とは、あきれたね。だいたいお前んとこと、おじさんちは昔から、何でもやったりとったりしてるんだぞ。考えてみな、お前のおかあさんはおじさんちからあげたろう。そしてうちのおばさんはここからもらったろう。」
「そりゃ、女だもん、お嫁にいくのあたり前じゃないか。」
「女じゃなくても、いいじゃないか。まあ見てごらん、赤ん坊は同じ顔してるよ。二人もあるんだから、一人ぐらい、いいじゃないか。」
この「女だからお嫁にいくのはあたり前だ」という部分が、「結婚したのだから(人のやりとりが生じたのも)あたり前だ」という言い方に訳されている。続く「女じゃなくても、いいじゃないか」も「結婚じゃなくてもいいじゃないか」に変更して訳されている。これはジェンダーに関する問題に配慮した結果だ。
実は上述の「お茶の間」コーナーには取り上げられていないけれど、もしかするとやはりジェンダー問題にまつわる変更だったかもしれないものがもう一箇所ある。出産を間近に控えたお母さんが、娘のフミエに向かって話す言葉だ。
「女のお産は命がけと昔からいわれているでしょう。もしものとき、あとに恥をのこさないように。フミエは女だからよくおぼえていらっしゃい。」
この「もしものとき、あとに恥をのこさないように」が、「もしもなにかあっても、泣かないように」と訳出されている。これはどちらかというと、「女の恥」というジェンダーに絡む問題よりは、「恥を残さない」という感覚がインドネシアの読者には伝わりにくいと考えた結果の変更だったかもしれない。
残りの一箇所は、物語の終盤、一家をずっと見守ってきた柿の木に思いを馳せる場面。
いつか洋一がだだをこねて、この柿の木にしばりつけられたことも、柿の木はおぼえているでしょう。
駄々をこねる子どもを庭木に縛りつけたり、物置に閉じ込めたりして仕置をするのは、かつてはほぼどの家庭でもごく普通に行われていたことだったと思う。今では、もちろんそういう行為は児童虐待になってしまう。そこに配慮して、インドネシア語版では「だだをこねた罰に木の下に立って反省するよう言われた」という表現に変えて訳出されている。
子どもが主な読者として想定される場合、こういった配慮はやはり必要になってくるだろう。特に原作がずいぶん前に書かれたものであった場合、文化の違い以上に世代間の違いというか社会常識の違いが、このような配慮の必要を作り出す。
けれども、すべてをいわゆる「○○コレクトネス」に配慮して角を取り、つるりとした引っ掛かりのない形に直してしまうのも、また問題だろう。たとえば、上述の変更がなされなかったとすれば、そこから当時の日本人の女性に対する一般的な考え方や、家庭での子どもに対する仕置きなどの一端を知ることができるからだ。そういうことを窺い知るための生きた資料となり得るのだ。
『柿の木のある家』インドネシア語版巻末の「お茶の間」コーナーで、変更を加えた3点について注記してあるのも、そういう可能性を考えてのことだ。
(以下に続く)
- “コレクトネス”に対する配慮をめぐって
- 若手翻訳者プロジェクトのその他の作品
読者コメント