よりどりインドネシア

2022年12月24日号 vol.132

往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第54信:プガメンの大衆音楽にかける情熱『旋律のリヤカー』~ジョグジャカルタ・アジア映画祭より~(横山裕一)

2022年12月24日 14:44 by Matsui-Glocal
2022年12月24日 14:44 by Matsui-Glocal

轟(とどろき)英明 様

先月末、どうしても観たいドキュメンタリー映画が複数本あったため、インドネシアでの国際映画祭としては最大ともいわれているジョグジャカルタ・アジア映画祭(JOGJA-NETPAC ASIAN FILM FESTIVAL)に行ってきました。ジャカルタとともにジョグジャカルタは映画制作の盛んな街だけに、会場の映画館は関係者をはじめとして学生ら多くの若者で賑わい、映画への情熱が伝わってきました。

今回はここで鑑賞したドキュメンタリー映画のうちの1本、『旋律のリヤカー』(Roda-Roda Nada)について話したいと思います。この作品は同映画祭で最優秀編集賞を受賞しています。

夜まで賑わった、ジョグジャカルタ・アジア映画祭会場の映画館

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その前に、前回轟さんが取り上げたコメディ映画『隣の店をチェックしろ』(Cek Toko Sebelah / 2016年作品)について少し。これは私も好きな作品で、これを機に再度観ようと思ったら、やはりNetflixインドネシア版でも配信が終了していました。そこで大きな声では言えませんが(笑)、数年前に買った海賊版で改めて観ました。

轟さんもご指摘の通り、笑いの中にも差別を受ける華人問題や家業継承、さらには異民族間結婚の問題などが盛り込まれ、コメディとしては異色の物語性、テーマ性に富んだ作品だといえます。

轟さんが紹介された『コンス・ラヤ』(kongsi:公司は中国語で会社、共同体の意味で、作品内容から「偉大な店」といった感じの意味でしょうか)も同様で、比較したいとおっしゃるのもうなずけます。『コンス・ラヤ』で興味深かったのは、華人同士の会話では東南アジアで一般に使用される南方系の中国語である一方、主人公でムラユ民族の女性との会話では華人も中国の標準語である北京語で話すなど、中国語が使い分けられていたところです。彼女が勉強した北京語に合わせて使い分けているのでしょうが、中国語に限らずさまざまな言語が飛び交う東南アジア(日本など一部の国を除いてといったほうが正確かもしれませんが)は日常言語も多様性に富み、改めて興味深いと感じました。

話が逸れましたが、『隣の店をチェックしろ』では、数人のインドネシア芸人で脇役が固められ、小ネタギャグなどが散りばめられています。しかし、作品の前半は轟さんが抜粋された部分を含めて個人的にはギャグが滑っていて面白さを感じなかったのが正直なところです。しかし、同じ設定場面や似たような「ゆるい」ギャグが繰り返されることによって、約1時間40分という短い鑑賞時間内にギャグの「ゆるさ」が中毒のようになり、後半は逆に似たようなギャグにもかかわらず可笑しさが込み上げてきます。ここにエルネスト監督の構成の妙があったのではないかと感じられます。

『隣の店をチェックしろ』はこのようなゆるいギャグを散りばめた面白さもありますが、劇中、店の継承に悩む父親、他民族と結婚した長男、優秀な次男といった家族が真剣に展開させる物語自体が、最後に父親の決定を含め大どんでん返しとなるところにこそ本作品のコメディの真髄があったように感じられ、好感が持てる所以かと思われます。主人公家族を取り巻く脇役によるゆるいギャグの応酬と、真剣な物語本筋の最後のコメディ展開の両輪が気持ち良く噛み合ったことで好作品に仕上がっているといえそうです。

以上が私の感想です。轟さんの次回のエルネスト作品についても楽しみにしています。

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さて、冒頭申し上げたように、今回はドキュメンタリー映画『旋律のリヤカー』の魅力とそれを通してプガメン文化にも触れてみたいと思います。

作品タイトルの「旋律のリヤカー」とはスピーカーやアンプを乗せたリヤカー(インドネシア語でグロバック: gerobak)のことで、プガメン(Pengamen)と呼ばれる流し達の形態の一つです。リヤカーを押して街を練り歩き、大音量スピーカーによる音楽に合わせて歌を歌ってチップをもらいます。

ドキュメンタリー映画『旋律のリヤカー』ポスター(写真提供:Rekam Films)

本作品に登場する主人公グループの特徴は、近年音楽を流して歌うカラオケ形式のプガメンが多いなか、ギター、ベース、太鼓、スルン(横笛)、タンバリンとフル生演奏で流しをしているところです。こうしたプガメンは通常「グロバック・ダンドゥッ」(スピーカーを積んだリヤカーとともにダンドゥッを演奏するグループ:gerobak dangdut)と呼ばれています。

主人公グループの路上での演奏風景(写真提供:Rekam Films)

物語の舞台は南ジャカルタのレンテンアグンです。ジャカルタ南端に広がる下町地域で、ジャカルタ中心部と南郊都市、西ジャワ州デポックやボゴールを結ぶ首都圏鉄道の線路脇にある幹線道路の道端などで主人公のグループは演奏を続けています。

メンバーは演奏者の他、スピーカーなどを積んだリヤカー引きを手伝う者、演奏中にチップを聴衆から集める者らを含めて総勢8~10人。

舞台のレンテンアグン地区(写真上)と主人公・ウバイ氏(写真下、提供:Rekam Films)

主人公でグループリーダーのウバイ氏(50歳)をはじめ、演奏メンバーは皆おじさん世代。ボーカルもウバイ氏の奥さんです。ウバイ氏は長年流しをしてきましたが、2000年代に現在のグループを結成し、流しの演奏活動をしています。このグループは演奏曲が特徴で、インドネシア独自のダンスミュージックであるダンドゥッ、しかもダンドゥッ歌手の大御所ロマ・イラマなど1970~1990年代の曲にこだわっているところです。

ダンドゥッは1960年代に原型ができ上がったとされる音楽ジャンルで、ムラユ音楽にインドが由来とされるグンダン(太鼓の一種)が取り入れられ、グンダンによるリズムの音が「ンドゥッ、ンドゥッ」と聞こえることから1970年代には「ダンドゥッ」と呼ばれるようになり、以降、大衆ダンスミュージックとして人気を得続けてきています。

しかし、2000年代以降にはシンセサイザーが主流となり、語源となったリズムも電子音で奏でられるようになりました。ウバイ氏らのグループのリヤカーにはスピーカーやアンプの他に本来のダンドゥッ演奏に欠かせないグンダン(太鼓)も固定設置されていて、まさに「正調ダンドゥッ」演奏へのこだわりをみせています。

ウバイ氏の音楽にかける情熱と夢はさらに膨らみ、オリジナルダンドゥッ曲のアルバム制作を目指し始めます。しかし、そこには思いもかけぬ様々なトラブルや難題が待っていて、彼らがそれらを我慢強く乗り越えていく姿が丁寧に描かれていきます。

このドキュメンタリー作品の魅力は、歌ってチップをもらう「流し」・プガメンを通したジャカルタの低所得者層の厳しい現実をストレートに映し出す一方で、貧しい環境の中でも音楽にかける情熱を持ち続け夢を追う人々の等身大の姿に対する共感、讃歌が込められている点だといえます。さらに言えば、50歳になっても夢を求めるおじさん世代への応援歌にもなっています。

アルバム制作を試みるウバイ氏に頼もしい助っ人が現れます。元レコーディング会社でサウンドマンをしていたディディッ氏で、自宅の一室に古いコンピューターやサウンドミキシング装置が揃えられています。しかし、防音設備もない普通の部屋で、そこにマイクスタンドを立ててレコーディングを進めます。かつてインディーズのパンクバンドを取材した際も同様の設備を見たことがありますが、こうした形態が資金力のないインドネシアのインディーズミュージシャンの一般的な実態であるようです。

とは言いながら、ディディッ氏も元プロだけに音へのこだわりは強く、ギターのメンバーはディディッ氏の指摘を受けて練習を繰り返し、ボーカリストであるウバイ氏の奥さんもやり直しを重ねた挙句に「ウバイ氏の作った曲にあったトーンのヴィブラートが出せない」と判断されてしまいます。このため、順調に進むと思っていたウバイ氏は新たな歌手探しに奔走することに・・・。

ディディッ氏(写真右)の自室でのレコーディング(写真提供:Rekam Films)

(⇒夢を追う一方での厳しい現実も・・・)

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