よりどりインドネシア

2022年12月09日号 vol.131

続・インドネシア政経ウォッチ再掲 (第31~35回)(松井和久)【全文無料公開】

2022年12月09日 01:04 by Matsui-Glocal
2022年12月09日 01:04 by Matsui-Glocal

筆者(松井和久)は、2021年6月より、NNA ASIAのインドネシア版に月2回(第1・3火曜日)に『続・インドネシア政経ウォッチ』を連載中です。800字程度の短い読み物として執筆しています。

NNAとの契約では、掲載後1ヵ月以降に転載可能となっています。すでに読まれた方もいらっしゃるかと思いますが、過去記事のインデックスとしても使えるかと思いますので、ご活用ください。

  • 第31回(2022年9月6日)インフレ懸念と燃料価格値上げ
  • 第32回(2022年9月20日)ビヨルカによる個人データ大量漏出
  • 第33回(2022年10月4日)大統領は副大統領候補になれるか
  • 第34回(2022年10月18日)スタートアップ企業で解雇続出
  • 第35回(2022年11月1日)高まる法の執行状況への不満

 

『NNA ASIA: 2022年9月6日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第31

インフレ懸念と燃料価格値上げ

年後半へ向けてインフレの足音が一気に高まってきた。7月のインフレ率が4.94%と7年ぶりの高水準を記録し、8月は4.69%と若干下がったが依然高いままである。政策金利を低位維持させてきた中銀は8月22〜23日の理事会で2018年11月以来の利上げを断行、インフレ・リスクに先手を打ち、通貨ルピアの安定を重視するため、金融引き締めを強化した。市中での食料価格は上昇を続け、海面水温が平年より低いラニーニャ現象で食糧生産が不安視され、ルピア安が追い打ちをかける。スカルノ時代末期を彷彿(ほうふつ)とさせるハイパーインフレという言葉がメディアに躍り始めた。

インフレ懸念に拍車をかけるのが、政府による補助金付き燃料価格値上げである。中銀が利上げを決めた8月23日、ジョコ・ウィドド大統領は値上げの影響を事前に試算し、注意深く決定すると表明した後、9月3日、ついに補助金付き燃料価格を値上げした。

スリ・ムルヤニ財務相によると、補助金付き燃料のプルタライト(ガソリン)と軽油の供給量を3,815万キロリットルから4,607万キロリットルへ増やし、エネルギー補助金を当初の 502兆ルピア(約4兆7,000億円)から698兆ルピアへ増加させる。このエネルギー補助金のうちの24兆1,700億ルピアを燃料向け補助金へまわし、弱者対策に充てる。すなわち、貧困家庭2,065万世帯へ社会省経由で1世帯60万ルピアの社会援助を施すほか、月収350万ルピア未満の労働者1,600万人へ1人60万ルピアを供与する。さらに、中央政府から地方政府へ移転された一般配分金(DAU)や歳入分与(DBH)の2%を弱者向け補助金とすることを検討する。

使用燃料全体の7割は補助金付き燃料であり、その値上げは間違いなくインフレを引き起こす。このため政府は、事前に弱者対策を打ち出した。だが、弱者は 補助金の恩恵を受けていない。たとえば、所得下位20%層のプルタライト消費は全体の17.2%に過ぎない。また軽油の消費に占める農業・漁業従事者のシェアはわずか0.55%である。燃料向け補助金はむしろ富者を利する。この燃料向け補助金のジレンマは、インドネシアが抱える古くて新しい深刻な経済政策上の問題である。

 

NNA ASIA: 2022年9月20日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第32

ビヨルカによる個人データ大量漏出

警察幹部による計画殺人事件への真相究明要求と補助金付き燃料価格値上げに対する反対デモが続くなか、ビヨルカという名のハッカーによる個人データの大量漏出がメディアで注目を集めている。

ビヨルカは、8月20日、ケーブルテレビ会社インディホームの契約者2,600万人分のデータ漏出させたのを手始めに、同月31日に携帯電話のSIMカード13 億枚分のデータ、9月6日には中央選挙管理委員会(KPU)の被選挙人1億 5,000万人のデータを漏出させ、それらを闇サイトで売却したとされる。これら以外にも、ジョニー・プラテ情報・通信相、ルフット海事投資調整相、プアン国会議長らの個人データも漏出した。また、国家情報庁(BIN)からの秘密密封文書を含むジョコ・ウィドド大統領宛ての書類など67万9,180通も漏出した。

インドネシアでは個人データ漏出がこれまで何度も繰り返されてきた。2020年にはトコペディアの利用者情報9,200万件が盗まれたほか、総選挙委員会の選挙人データ230万人分、テレコム社の顧客データ2,600万人分、国営電力会社(PLN)の顧客170万人分のデータが漏出した。しかし、政府は抜本的な対策を採ってこなかった。今回も、漏出データは最新ではなく秘密データでもなく大きな影響はないと強調し、人心を落ち着かせようとするとともに、責任回避を試みている。

ビヨルカのものとされる会員制交流サイト(SNS)の発信内容をみると、このハッキングには金銭的動機より政治的動機が強い様子もうかがえる。ビヨルカは 燃料価格値上げ反対デモへ支持を表明するとともに、 18年前の2004年9月7日、移動中のガルーダ航空機内で毒殺された人権活動家ムニールの殺害事件の真相についても連投している。

国家サイバー暗号庁(BSSN)と警察は、ポーランド在住とされるビヨルカという人物の特定と事件を引き起こした動機を調査中である。はたしてビヨルカの意図はどこにあるのか。それは与党が圧倒的な勢力を持つ現政権に対する批判を高めるためなのか。それとも、計画殺人事件や燃料価格値上げから国民の目を そらすための政府の自作自演なのか。不敵にも、ビヨルカは政府に対して、さらなるハッキングを続けると予告している。

 

『NNA ASIA: 2022年10月4日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第33

大統領は副大統領候補になれるか

以前も本コラムで書いたが、現在2期目のジョコ・ウィドド大統領の支持者の一部は、大統領任期を最長2期10年と定める憲法を改正して、3期目を期待して いた。大統領自身が憲法を順守し、3期目を否定する今でも、ジョコ路線の継続を求める声は根強い。

予想される大統領候補として、現時点で有力視されているのは、ガンジャル中ジャワ州知事、プラボウォ国防相、アニス・ジャカルタ特別州知事の3人である。 しかし、この3人の誰かが実際に大統領になるかどうかは分からない。ガンジャル氏は、大統領も所属する与党第1党・闘争民主党党員だが、党中央はメガワテ ィ党首の娘であるプアン国会議長の擁立へ動き、候補者になれるかは微妙になってきた。他方、大統領周辺は、首都移転など政策継承の観点で候補者を探しており、有力3人ではガンジャル氏とみるが、確実視に至っていない。3期目待望論は今もくすぶる。

このような状況下で現れたのが、ジョコ大統領が副大統領候補になる、という奇策である。憲法の定める2期10年の規定は役職が異なれば適用されない、すな わち大統領を2期務めた後でも副大統領に立候補するのは違憲でない、という解釈である。実際、過去には、2010年代前半に、中スラウェシ州知事選挙やウォノギリ県知事選挙で現職の知事が副知事候補として立候補した例がある。しかし、実は、その結論はすでに出ている。憲法裁判所は2015年、「首長が2期務めた後に副首長候補になることを禁止する」と決定しているのだ。

それでも、なぜ、ジョコ大統領を副大統領候補に、という話が出てくるのだろうか。その背景には、憲法裁判所のアンワル・ウスマン現長官が5月、ジョコ大統領の妹と結婚したことがある。つまり、憲法裁判所長官が大統領親族なのである。そもそも、違憲審査を行う法の番人のトップが大統領親族なのは倫理規定に 違反する、という強い批判がある。国軍の司令官や要職の多くもジョコ大統領警護官出身者が占めるなど、権力中枢は大統領の近親者で埋められている。

 

『NNA ASIA: 2022年10月18日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第34

スタートアップ企業で解雇続出

今、スタートアップ企業を含む世界中のテクノロジー企業は人員整理の嵐に見舞われている。Trueup社のデータによると、10月6日までに全世界の903社で12万5,903人が解雇された。

同様の傾向が、輸出の好調で5%台の成長を続けるインドネシアでも見られる。当初、スタートアップ企業はコロナ禍で注目され、急速な成長を遂げてきたが、 2021年末ぐらいから人員整理が始まった。2022年10月までに人員整理を行ったスタートアップ企業は15社に上る。たとえば、フィンテック企業のXenditはインドネシアとフィリピンで従業員の5%を解雇した。Shopeeはタイ、フィリピン、台湾と同様に、インドネ シアでも従業員の6%に当たる187人を解雇した。国営企業8社が出資するフィンテック企業LinkAjaは200人を解雇した。教育系スタートアップのZeniusは2回にわたって200人を解雇した。これらスタートアップ企業による解雇はまだ続くと見られている。 

スタートアップ企業による人員整理の要因は、ウクライナ情勢などに伴う世界経済の不確実性が高まるなかで、企業規模の適正化の必要が生じたことによる。 ベンチャーキャピタルによる投資がより厳しく選択的になるなかで、スタートアップ企業が市場で生き残っていく体力を維持するためには、キャッシュフローをより長期的に慎重にみていく必要があるためだ。

政府は、今後の経済発展にとってデジタル化が重要な役割を果たすと認識している。通信・情報省はスタートアップ企業24社に対して、モニタリング、ビジネスマッチング、販売促進ロードショー、ネットワーキングなどを支援するHUB.IDアクセレレータープログラムを行っている。また、研修で優秀な成績の企業に投資資金を供与するプログラムも実施している。

この通信・情報省のプログラムには、過去の中小企業支援策と同様、手取り足取りの支援を受けた企業の政府への依存を生み出す気配を感じる。ちなみに、前 述の人員整理を行うスタートアップ企業はこの政府プログラムの対象には入っていない。

 

『NNA ASIA: 2022年11月1日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第35

高まる法の執行状況への不満

10月24日、日刊紙『コンパス』は4ヵ月ごとに実施する「国家指導者調査」の最新結果を発表した。これによると、ジョコ・ウィドド政権への満足度は、最高値だった1月の73.9%、前回6月の67.1%から10月には62.1%へと減少し続けている。10月の満足度を分野別でみると、政治治安(74.6%)と社会福祉(74.0%)が高い一方、経済(50.8%)と法の執行(51.5%)が低くなっている。経済は国際情勢の変化など外部要因が国内の物価上昇や受注減を引き起こしたとすると、政権への満足度低下には法の執行状況への不満が大きく影響したと考えられる。

実際、国家警察への国民の不信感が高まる出来事が頻発した。7月に起きた警察高官宅での警官殺害事件は、推理小説もどきのミステリアスな展開で連日メデ ィアをにぎわせたが、結局、その警察高官であるフェルディ・サンボ職務治安局長による計画殺人と断定された。

また10月1日には、東ジャワ州マラン市のカンジュルハン競技場でのサッカーの試合で、地元チームの初敗退の後にグラウンドに乱入した観客へ警察が催涙弾を連射し、出口に殺到して将棋倒しになった131人が死亡する大惨事が起きた。サッカーの試合で世界最多死者数を記録した責任を取って地元警察幹部ら6人が逮捕され、東ジャワ州警長官も更迭された。

新東ジャワ州警長官にはテディ・ミナハサ西スマトラ州警長官が就任すると発表されたが、実は麻薬密売を仕切っていたとして逮捕され、人事は取り消された。テディ・ミナハサ長官は西スマトラ州でオンライン賭博124件を摘発して名を挙げたが、この賭博オンラインの元締めが前述のサンボ局長とうわさされたことから、警察内の権力闘争をほのめかす陰謀論も聞こえてくる。

法の執行への不信源は国家警察だけではない。9月には最高裁判所のスドゥラジャッド・ディミヤティ民事担当判事が汚職撲滅委員会(KPK)に収賄で現行 犯逮捕された。2013年10月に憲法裁判所長官が汚職容疑で逮捕されたことはあったが、最高裁判事の逮捕は初めてである。『コンパス』によると、そのKPKへの国民の信頼度も低下傾向にある。

 

『続・インドネシア政経ウォッチ』過去記事 

  • 第1回(2021年6月8日)輝きを失った汚職撲滅委員会
  • 第2回(2021年6月22日)注目される税制改革案
  • 第3回(2021年7月6日)ガルーダ・インドネシアの経営危機
  • 第4回(2021年7月21日)進まぬワクチン接種
  • 第5回(2021年8月3日)くすぶる大統領批判
  • 第6回(2021年8月18日)経済回復は本物なのか
  • 第7回(2021年9月7日)アフガニスタン政変の影響
  • 第8回(2021年9月21日)インドネシアでの外資は主役交代なのか
  • 第9回(2021年10月5日)アジス国会副議長の逮捕
  • 第10回(2021年10月19日)第2 0回国体、パプア州で開催
  • 第11回(2021年11月2日)デジタル銀行は戦国時代に
  • 第12回(2021年11月16日)高速鉄道建設は止められない
  • 第13回(2021年12月7日)雇用創出法は違憲だが有効
  • 第14回(2021年12月21日)ニッケル製錬所の新設を停止
  • 第15回(2022年1月4日)北ナトゥナ海は波高し
  • 第16回(2022年1月18日)石炭輸出禁止、すぐ再開の顛末
  • 第17回(2022年2月2日)新首都法案がスピード可決
  • 第18回(2022年2月15日)北カリマンタン州の工業団地
  • 第19回(2022年3月1日)鉱石採掘に係る土地紛争が急増
  • 第20回(2022年3月15日)ロシア―ウクライナ問題への微妙な反応
  • 第21回(2022年4月5日)食用油価格高騰、大混乱の対応策
  • 第22回(2022年4月19日)大統領3期目シナリオは消えるのか
  • 第23回(2022年5月10日)パーム油輸出を当面禁止と発表
  • 第24回(2022年5月24日)過去最高の貿易黒字を記録
  • 第25回(2022年6月7日)インド太平洋経済枠組みへの微妙な反応
  • 第26回(2022年6月21日)五曜のパインの水曜日に内閣改造
  • 第27回(2022年7月5日)中央主導でパプア州から3州分立へ
  • 第28回(2022年7月19日)暴かれたACTの不正資金問題
  • 第29回(2022年8月2日)コロナ禍でも投資実施額は過去最高
  • 第30回(2022年8月16日)第2四半期は追い風で5.44%成長
  • 第31回(2022年9月6日)インフレ懸念と燃料価格値上げ
  • 第32回(2022年9月20日)ビヨルカによる個人データ大量漏出
  • 第33回(2022年10月4日)大統領は副大統領候補になれるか
  • 第34回(2022年10月18日)スタートアップ企業で解雇続出
  • 第35回(2022年11月1日)高まる法の執行状況への不満

 (松井和久)

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