よりどりインドネシア

2022年12月09日号 vol.131

ジョコウィに見る近親軍人・警官の登用(松井和久)

2022年12月09日 01:02 by Matsui-Glocal
2022年12月09日 01:02 by Matsui-Glocal

「2024年大統領選挙で次期大統領を選ぶ際には注意せよ。庶民の心の分かる候補者を選べ。その人物は顔にしわがあり、髪が白いから見た目ですぐに分かる」。11月26日、主催者発表で15万人を集めたジャカルタ中心部ブンカルノ競技場での集会で、ジョコ・ウィドド(通称:ジョコウィ)大統領はそう叫びました。

しわと白髪から、会場にいた参加者の多くは、大統領候補として人気上位のガンジャル・プラノウォ中ジャワ州知事を指すと見なした様子です。果たして、それはガンジャルを指すのか、あるいはただの一般的な比喩に過ぎないのか、まだはっきりしません。

「顔にしわ、髪は白髪」と演説するジョコウィ大統領(2022年11月26日)。(出所)https://politik.rmol.id/read/2022/11/26/555187/arahan-jokowi-ke-relawan-pilih-pemimpin-yang-wajahnya-berkerut-dan-rambut-putih-pasti-mikirin-rakyat

ところで、憲法の規定による最長2期10年の任期を終えた後、大統領職から離れたジョコウィは一体どうなるのでしょうか。多くの支持者がいるとはいえ、政党の党首でもなく、闘争民主党の一般党員に過ぎず、メガワティ党首からすれば下僕になるジョコウィは、大統領でなくなればただの人、もとの家具輸出商に戻るように見えてしまいます(成熟したインドネシアを見せるには、そうなってほしいという個人的な気持ちもあります)。

他方、ジョコウィは、彼自身が任期中に進めてきたインフラ整備、なかでも首都移転は、次の大統領に何としてでも引き継いで実現させたい、という強い意志を示しています。とくに首都移転は、歴代の大統領で初めて法制化し、実施規則の策定にまでこぎつけたのです。でも、それを託せる大統領候補はいったい誰なのでしょうか。現時点では、それがまだ見えていないのです。

庶民の心が分かる大統領、というイメージが強いジョコウィ大統領ですが、政治家としての経験を重ねるなかで、清廉実直で現場重視という印象はかなり変わってしまったように感じます。なかでも、ジョコウィは権力の座に就き始めた頃から、自分の周辺で重用する軍人・警察高官人事に相当気を使っている様子がうかがえます。すなわち、ジョコウィは、軍や警察の標準的な人事異動システムとは関係なく、自分のよく知っている信頼できる人物を自分の周囲に配置し、その信頼できる近親軍人・警官の部下だった人物がさらに続くような仕組みを作り上げてきたように見えます。

こうした動きは、かつてのスハルト大統領の人事を思い出させます。スハルトは自分に近い近親軍人の第1リングからその近親さに応じた第2リング、第3リングを配置し、本当に信頼している第1リングを重用しました。そのとき、ジャワ人は簡単には人を信用しない、スハルトは第1リングしか信用していない、という話を聞いたものでした。最後には、スハルトの第1リングには親族とその親族を守るための軍人が配置され、それまでスハルトに忠誠を誓ってきた多くの政治家が手のひらを返すようにスハルトから離れるなか、最後までスハルトの下に居続けたのは、かつて1989~1993年に大統領副官として仕えたウィラント国軍司令官だけでした。

ジャワ人がなかなか人を信用しない、用心深いとはいえ、信用してくれていたはずの人物に裏切られるといった話はよく聞きます。だからこそ、ジャワ人であるジョコウィもまた、次期大統領には自分が本当に信用できる人物、自分のやってきたことを否定せずに継承し発展させられる人物が就くこと、そして自分と自分の家族がこれからも安心して生きていけることを願っているはずです。初めて大統領に就任したときには、任期の5年間で何を成し遂げるかに集中していたものの、2期目の5年間が過ぎるなかで、上記のような思いが強くなってくることは当然と言えるかもしれません。

ジョコウィは大統領の任期終了を見据えて、明らかに「攻め」から「守り」へ入っています。任期中の10年間に、自分の子どもは大きくなり、ビジネスを広げ、ソロ市長に当選するといった、ジョコウィ自身だけが仕事をすればよい状態ではなくなりました。そして、ジョコウィ自身もまた、様々なビジネスとの癒着の機会や可能性が高くなり、そうした噂さえ聞こえてきます。かつてのスハルトのような膨大な蓄財はないのかもしれませんが、長く権力の座に就くなかで、「庶民的」という自分のイメージを保ち、自分と家族の今を守り、法制化までした首都移転を実現させるため、大統領職から退いた後も何らかの形で権力に近いところに留まることを考えていると思います。

そしてそれは、ジョコウィ自身にとってだけでなく、ジョコウィを通じて様々な経済的恩恵や利権を享受してきた政財界エリートたちにとっても同じです。その彼ら自身を守るために、大統領3選が無理ならば、ジョコウィには然るべきポジションに居続けてもらいたい、後継の大統領はジョコウィの意志を確実に継承する人物であってほしい、ジョコウィが大統領顧問のような立場に居続けられる人物に大統領に就いて欲しい、という希望があるはずです。

ジョコウィの言うことをきく人物とは、どのような人物でしょうか。ジャワ人のジョコウィはそれを慎重に見極めます。忠誠者にことごとく裏切られたスハルトの最後も意識しているかもしれません。

大統領候補として人気上位のガンジャルも、アニスも、プラボウォも、そのような意味で、ジョコウィが信頼できる人物とまだ見なしていないと思います。ガンジャルは、長年の闘争民主党党員で、党すなわちメガワティ党首の意向に逆らえない可能性が高いです。アニスは、第1次ジョコウィ政権のときに教育文化大臣としての能力に疑義を呈されてジョコウィに更迭された過去があります。プラボウォは、過去の2回の大統領選挙でジョコウィを旧共産党員の一族などと激しく誹謗中傷しました。ジョコウィが彼ら3人の誰かに後継を託せると考えることはかなり難しいのではないかと思っています。

では、ジョコウィが本当に信頼しているのはいったい誰なのでしょうか。もちろん、政策に多大な影響力を与えているルフット海事投資調整大臣は、長年のビジネスパートナーでもあり、信頼しているでしょうが、ルフットは大統領選挙への立候補を再三にわたって否定し、むしろジョコウィのさらに後ろに就く姿勢を見せています。ジョコウィが次期大統領の顧問的立場に留まれば、そのジョコウィの裏にルフットは居続けられ、影のフィクサーとしてこれまでと同様の影響力を発揮できます。もちろん、ジョコウィが信頼する人物はルフットも信頼できる人物であることが必要です。それが如実に表れるのは、ジョコウィの周辺に配置されてきた高級軍人や警察高官です。その人選には、国軍出身のルフットの意向が反映されていると見るべきです。

以下では、ジョコウィの周辺でどのように高級軍人や警察高官が配置されてきたのかを見ていきます。鍵となるのは、大統領副官・大統領親衛隊の経験者、ジョコウィが市長を務めたソロ(スラカルタ)や中ジャワでの経験者、そして彼らの間の先輩・後輩関係の継続的なつながり、などです。その一端を具体的にみていくことにします。

●大統領副官・大統領親衛隊の経験者

大統領副官(Adjudan)は大統領が最も信頼する軍人で、陸・海・空軍と警察からの4名で構成されます。その多くは士官学校を最優秀の成績で卒業した者、海外で学んだ経験のある者など、次世代を担う優れた人物が就任します。副官は常に大統領の傍にいて、業務遂行上のあらゆるアシストを行う存在です。前述のように、スハルトに最後まで従ったのは、副官だったウィラント国軍司令官でした。同様に、大統領親衛隊(Paspampres)もまた、大統領の警護と安全を守るという重大な任務を持っています。当然、大統領親衛隊の司令官もまた、大統領の信頼の厚い軍人が務めます。

大統領の後ろに控える副官。(出所)https://lifepal.co.id/media/ajudan-jokowi-dan-fakta-menariknya/

ジョコウィが大統領に初めて就任した2014年に大統領副官を務めたのは、陸軍からがウィディ(Widi Prasetijono)、海軍からがヘルサン(Hersan)、空軍からがトニ(Mohamad Tony Harjono)、警察からがリストヨ(Listyo Sigit Prabowo)でした。また、2014年に大統領親衛隊司令官を務めたのはアンディカ(Andika Perkasa)でした。

これらの名前を見て、何か気がつくでしょうか。このときの大統領親衛隊司令官だったアンディカが現在の国軍司令官(12月に退役)、警察からの副官だったリストヨが現在の国家警察長官になっています。また、陸軍からの副官だったウィディは中ジャワ州・ジョグジャカルタ特別州を管轄する第4陸軍区ディポネゴロ師団(Kodam IV/Diponegoro)の参謀長、陸軍特殊部隊(Kopassus)司令官を経て、現在は第4陸軍区ディポネゴロ師団司令官になっています。

ちなみに、海軍からの副官だったヘルサンは現在、大統領軍事補佐(Sekretaris Militer Presiden)を務めており、また、空軍からの副官だったトニは国家航空作戦司令部(Pangkoopsudnas)司令官を務めています。

また、2014年時点の大統領親衛隊でアンディカ司令官の下、Aグループ司令官にマルリ(Maruli Simanjuntak)がいました。彼は2017年に大統領親衛隊副司令官、2018年に同司令官を歴任し、現在は陸軍戦略予備軍(Kostrad)司令官を務めています。長期にわたって大統領親衛隊に関わり、次期陸軍参謀長候補の一人となったマルリは、ジョコウィからの信頼の厚い軍人といえますが、実はルフットの娘婿なのです。マルリは大統領親衛隊時代からのアンディカの部下であり、このアンディカ=マルリの上下関係が国軍のなかでの重要な軸となっています。

このように、ジョコウィが大統領職に就いたときの大統領副官、大統領親衛隊司令官が現在の国軍や警察のトップを占めており、ジョコウィが彼らをいかに信用しているかの一端を知ることができます。

その後も、2017年に陸軍からの大統領副官を務めたデディ(Deddy Suryadi)が陸軍特殊部隊副司令官を務めた後、間もなく第4陸軍区ディポネゴロ師団参謀長に就任し、前述のウィディの後を追うような軌跡をたどっています。

これらの記述から気がつくのは、ジョコウィの出身地である中ジャワ州の陸軍関係の司令官ポストに大統領副官経験者が登用されていることです。このことについて、少し詳しく見てみます。

(以下に続く)

  • 陸軍におけるソロ、中ジャワ経験者の重視
  • ジョコウィに登用される軍人の共通点
  • 警察高官人事から読めること
  • ジョコウィの軍人・警察高官たちと大統領選挙
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