よりどりインドネシア

2022年12月09日号 vol.131

いんどねしあ風土記(41):世相を映し出すカーフリーデー ~ジャカルタ首都特別州~(横山裕一)

2022年12月09日 01:03 by Matsui-Glocal
2022年12月09日 01:03 by Matsui-Glocal

日曜朝の市民のスポーツ、憩いの場として定着したジャカルタ中心部・目抜き通りの歩行者天国「カーフリーデー」。毎週数万人もが参加する「カーフリーデー」は、ウォーキングやジョギング、自転車といったスポーツだけでなく、イベントや市民活動アピールなど情報発信の場にもなっていて、まさに時々刻々とした世相や社会状況を窺い知ることができる。20年目を迎えた現在のカーフリーデーから垣間見えるジャカルタ、インドネシアの今とは?

●日曜午前の風物詩

ジャカルタのカーフリーデー

カーフリーデーはジャカルタ首都特別州が2002年から始め、中心部の目抜き通りであるタムリン通りの独立記念塔広場前の交差点からスディルマン通りのスナヤン地区までの約5キロなど、現在では複数箇所で実施されている。当初は午前6時から午後2時までの8時間だったが徐々に短縮され、新型コロナウィルスの流行に伴う中止明けの2022年5月以降は午前10時までの4時間である。誰もが気軽に参加できるとあって、カーフリーデーは現在、全国20ヵ所以上の都市で実施されるまでに普及している。

朝6時前。まだ青みがかって若干ひんやりする空気のなか、スディルマン通りは日曜日ということもあり、車の通行もまばらで静けさに包まれている。カーフリーデーが始まる前ではあるが、すでにスポーツウェアを身につけて自転車に乗る人々が見受けられる。やがて6時を回ると人や自転車が一気に増えだし、大通りは普段渋滞する自動車の代わりに人々で埋め尽くされていく。

紫色のポロシャツを着た十数人の婦人グループに出会う。東ジャカルタから来た近所の仲良し組だという。「一度来てみたかったの」。お揃いのシャツはこの日のために用意したという。選挙やイベントに限らず、仲間内や家族の催しでもお揃いのシャツをしつらえて着るのがインドネシアの人は好きだ。仲間意識や連帯感を高めるのに役立っているようである。一方、カーフリーデー開始時間早々に引き上げようとする20代の女性の集団もいた。こちらはダークグリーンのシャツで揃えている。聞くと国軍の女性兵士たちで、早朝トレーニングを終えたところだという。掛け声の下、隊列を作って行進しながら去っていった。

揃いのシャツで参加する婦人グループ

国軍の女性兵士たち

ジャカルタの中心、ホテルインドネシア前のロータリーは時にイベントなども行われ、最も賑わう場所である。ロータリー内の噴水脇で休憩する人、11月中旬にバリで行われたG20サミットのロゴモニュメントをバックに記念撮影する人など様々だ。この日はロータリー脇の交番前が特に賑わっていた。インドネシアの大衆ダンスミュージックであるダンドゥッが鳴り響き、大勢が踊っていた。どうやら国軍海兵隊創立77周年記念として、カーフリーデーを管理する州政府運輸局の担当者と朝食を共に食べる催しの余興のようだった。

ロータリーで写真撮影する人

交番前の特設ステージ前で踊る人々

不意に鼓笛隊の演奏が聞こえたかと思うと、それは携帯電話キャリアの宣伝を兼ねた演奏パレードだった。かつてあるテレビ局が局創立記念に合わせたサプライズイベントとして、オーケストラの楽団メンバーが私服でカーフリーデー参加者の中に紛れ、合図と共に各自が楽器を奏でながら集合し楽団演奏を披露するという粋な催しもあった。

カーフリーデーはコロナ禍で約2年間ほぼ中止されたが、再開後最も様相を変えたのは圧倒的に自転車が増えたことだ。近年のジャカルタは自動車、バイク主流の社会だったため、移動、運搬手段としての自転車利用者はごく少数だった。しかし、コロナ禍で出勤などの外出が制限され自宅待機が続くと、健康や運動のための趣味としての自転車を購入する人が急増し、自転車が一気にトレンドとなった。これを反映してカーフリーデーでも高級なロードレーサータイプのサイクリング車が目立つ。ロードタイプの自転車に乗る高齢男性は「自宅が近いから、毎週カーフリーデーで4時間フルに走ってますよ」と話す。汗に濡れた白い髭の笑顔が印象的だった。

●「フリー」でなくなったカーフリーデー?

2022年10月中旬の地元日刊紙『コンパス』で、「フリー(自由)でなくなったジャカルタのカーフリーデー」とのタイトルのニュースが配信された。ジャカルタ首都特別州運輸局が「快適なカーフリーデー」のため、喫煙やごみのポイ捨てだけでなく、ペットの持ち込み禁止、政治・宗教色などのある活動の禁止、さらにはイベントの事前許可制など15項目にわたる禁止事項を発表したためだ。

このうちペット持ち込みの禁止は、特に愛好家を中心に是非を巡る論議が話題にあがった。ペットの中でも特に犬は、多数を占めるイスラム教徒にとって嫌う存在でもあり、カーフリーデーでトラブルを未然に防ぐためというのが理由の一つでもあった。約10年前から犬や猫のペットブームが起き、特にコロナ禍にストレス解消も兼ねたペット熱は加速したといわれ、犬を嫌うとされるイスラム教徒の中でも室内犬を飼う人が増えてきている

禁止事項施行から約1ヵ月後の11月中旬、ロータリー脇の歩道で犬を抱いた数人のグループがいた。求めに応じて立ち寄る人に犬を抱かせたりしていただけだが、不意にある女性が犬を連れて歩き出した。お節介ながらペット禁止を認識しているか訊くと、「禁止はデマよ」と話し、行ってしまった。ただ歩道のみを利用して大通りに出ることはなく、本人も承知の上でのことのようだった。

禁止事項施行初日の10月中旬、ホテルインドネシア前ロータリーから北へ数百メートルにわたって長い横断幕が掲げられた。「ありがとうアニス・バスウェダン知事」。この日がちょうど同知事任期の最終日だった。2014年にもスシロ・バンバン・ユドヨノ大統領からジョコ・ウィドド大統領に交代する際に前大統領へのお礼の言葉や新大統領を歓迎するTシャツを着た双方の支持者数千人がカーフリーデーの大通りを埋め尽くしたこともある。

政治色のある活動は禁止ではあるが、「知事へのお礼を伝えるだけだから良いだろう」ということのようだ。アニス知事(当時)も参加し、支持者と挨拶を交わした。しかし、アニス氏は2024年の次期大統領選挙に向けて1ヵ月前に出馬表明し、ナスデム党の支持が10日前に決定したばかりだった。さらに、アニス知事へのお礼を伝える横断幕を一枚一枚見ると、ジャカルタ以外に全国各州の支持者のクレジットが入っていた。限りなく大統領選を意識したアニス氏露出の「グレー」とも受け取られかねないイベントである。「様々なフリー」を禁止した初日、カーフリーデーの最高責任者が任期最終日にさりげなくスルリとやり抜けてしまった感がある。大統領選に向けては今後いよいよ候補者の擁立、政党連携へと佳境に入るが、各陣営にとっては大衆の集まるカーフリーデーは政治活動禁止とはいえ、魅力あるイベントであり続けるかもしれない。

数百メートルにわたって掲げられたアニス知事にお礼を述べる横断幕

その1ヵ月後の11月中旬、ホテルインドネシア前ロータリーではデモパフォーマンスが行われていた。複数の環境団体が合同で、G20サミット参加国のほとんどが森林破壊や人権問題を起こしていると糾弾し、メンバーが地球儀の模型の前で人類が滅びることを表現するため路上に仰向けで横たわった。この時、州政府運輸局の担当者が来て、警告した。

「ここはスポーツの場です。こうした活動は禁止されたので中止して下さい」

環境団体のパフォーマンス

中止を求める州職員(右端)

環境団体のメンバーも心得たもので素直に中止したが、「ではスポーツしよう、歩きながら・・・」とその場は去るものの、手にはプラカードや模型を持ったまま。一般参加者が求める写真撮影にも応じていた。一方で同じ日に、インドネシア独立に寄与した英雄を讃える「英雄の日」(毎年11月10日)にちなんで国家五原則(パンチャシラ)をアピールする団体もあったが、取材していたテレビ局リポーターによると、これは「国民への教育と国の記念日にまつわるものだから問題ない」とのことだった。どこまでが政治色があるかの判断は難しく、カーフリーデーでの政治的な情報発信の禁止は今後住民パワーで有名無実化していく可能性もありそうだ。

このほかカーフリーデーでは、特に人の集まる中心地域での物品販売や物乞いなども禁止された。かつて大通りの歩道は祭の市のように出店で賑わったが現在歩道はすっきりとしている。しかし商売人もタダでは転ばず、現在は大通りの側道が日曜日の午前だけ出店街に変身している。冷たい飲み物やアイスクリーム、軽食だけにとどまらず、Tシャツや靴、帽子や子供用のおもちゃなど多岐にわたり大いに賑わっている。ジャカルタっ子の逞しさを感じさせる。

カーフリーデー実施の側道で賑わう出店

(以下に続く)

  • カーフリーデーの3つの新名所
  • ある側道にて
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