よりどりインドネシア

2022年11月23日号 vol.130

ラサ・サヤン(37)~クバヤを世界に~(石川礼子)

2022年11月23日 17:24 by Matsui-Glocal
2022年11月23日 17:24 by Matsui-Glocal

●クバヤをユネスコ無形文化遺産に

本来、“Kebaya”はその綴りから「ケバヤ」と記述すべきなのでしょうが、ここでは「クバヤ」のほうがしっくりくるので、あえて「クバヤ」と記述させていただきます。

クバヤは、女性の伝統的な上着で、インドネシア、マレーシア、ブルネイ、ミャンマー、シンガポール、タイなど東南アジアの国々で着られており、公的には「インドネシアの民族衣装」とされています。生地はジャガード織、綿、ガーゼ、レース、ボイルなどの生地が用いられ、前部が開くようになっています。クバヤに合わせて、バティック布やイカット(絣織の手織物)、あるいはソンケット(金糸あるいは銀糸が織り込まれた手織物)などを腰に巻きます。

クバヤはガルーダ・インドネシア航空、シンガポール航空、マレーシア航空、ロイヤル・ブルネイ航空など、多くの東南アジアのフラッグキャリア航空会社が、女性客室乗務員の制服として採用しています。

上から:ガルーダ・インドネシア航空、マレーシア航空、シンガポール航空の客室乗務員制服。(出所)上から:https://travel.detik.com/travel-news/d-5083732/ini-penampilan-baru-pramugari-garuda-di-new-normal、https://www.nst.com.my/lifestyle/sunday-vibes/2018/09/407271/more-just-pretty-face%E2%80%A6-mas-cabin-crew-prove-their-mettle-when、https://www.pinterest.com/pin/315322411395384081/

インドネシアのクバヤは何世代にもわたって受け継がれてきました。女性らしく、威厳があり、かつ上品なクバヤは、インドネシア人女性のアイデンティティともなっています。現在、クバヤ愛好会などのコミュニティがインドネシア政府に協力して、クバヤをインドネシアの「無形文化遺産」としてユネスコに登録するように働きかけています。

この活動は“Kebaya Goes to UNESCO”(クバヤをユネスコに)と銘打ち、国内だけでなく海外にまで拡がりを見せています。アメリカ・ワシントンでは、インドネシア人女性のコミュニティが、在ワシントンDCインドネシア大使館や “Diaspora Indonesia”(海外に住むインドネシア人またはインドネシア人の血をひいている人たち)などの団体の支援を受け、「ビューティフル・クバヤ」パレードを開催し、クバヤの美しさや価値をキャンペーンしました。

ワシントンDCでの「ビューティフル・クバヤ」パレード。(出所) https://lifestyle.okezone.com/read/2022/08/12/194/2646549/gerakan-kebaya-goes-to-unesco-menggema-jelang-hut-ri-didukung-dian-sastro-hingga-kbri-washington

ジョグジャカルタで行われた”Kebaya Goes to UNESCO”キャンペーン。(出所) https://jogja.suara.com/read/2022/07/29/004154/kampanyekan-kebaya-goes-to-unesco-perempuan-berkebaya-indonesia-yogyakarta-berparade-di-sepanjang-pedestrian-malioboro

●クバヤの価値

バティック(ろうけつ染め、またはジャワ更紗)は17世紀のマジャパヒット王朝時代に生まれたといわれ、すでに2009年の10月2日にユネスコの世界無形文化遺産として登録されました。

バティックの製法にはかなり細かい作業が伴います。蝋の温度を調整しながら下書きした生地の防染したい部分に蝋伏せしていくのですが、チャンティンという道具を使って、温めた蝋をチャンティンの先に付けて垂らさないよう、細かい線に強弱を付けながら一本一本描いていくのです。次に、それを染色して蝋を落とすと地色が残り、描いた模様が鮮明に現れます。この工程を出したい色の数だけ行い、水洗いを繰り返すことで図柄が完成します。図柄によっては数ヵ月を要することもあり、熟練した職人技がバティックの質を決めるのです。バティックの柄にも多くの意味が存在し、インドの神話物語「マハーバーラタ物語」に関連するものや、花や植物、蝶や海陸の動物、風景、そしてジャワ独自の精神世界に関する模様もあります。

したがって、バティックの魅力は一言では表せないほど奥深いものがあります。そのようなバティックは「無形文化遺産」に値するものだと納得できますが、クバヤは果たしてユネスコに登録するほどの価値があるものなのでしょうか。

ここでクバヤの歴史を紐解いてみたいと思います。クバヤの歴史は、なんと9世紀の古代ジャワまで遡ります。前述のバティックよりも古い歴史があるのです。

【古代ジャワ:9~16世紀】

古代ジャワの人々は、カイン(腰に巻く布)の上に着る上着を使うようになった。おそらくこれがジャワ伝統衣服のオリジナルと考えられる。マジャパヒト時代のレリーフには、クンベン(女性が胸を覆うために巻くさらし布)を二層に巻いているバリエーションが見られる。

パナタラン寺院のクリシュナヤナのレリーフ。(出所)file:///Users/reikoishikawa/Downloads/33292-81242-1-SM.pdf

【ジャワの沿岸部:16世紀】

イスラムの教えがジャワ島北部の沿岸部の都市に伝わり広まった。この地域には、中国、アラビア、インド、スマトラ、マレー半島からのイスラム教徒の移民入植地が出現し、女性の衣類はより肌を隠すものに調整するというイスラム教の教えが伝わった。クバヤはジャワの王宮で既に着用されていた。

【マラッカ王国:16世紀】

マラッカ王国は 1511 年にポルトガルに占領された。「クバヤ」の語源は、マラッカ王国の女性たちが着用していた衣類の名称で、アラビア語の“Kaba”に由来すると考えられている。プラナカン・クバヤは、マラッカ王国、シンガポール、バンテン、タンゲラン、バタビア、チレボン、スマラン、ラセム、トゥバン、スラバヤなどの沿岸都市の中国人街に住む中国系ヌサンタラ人の間で発展した。

【ヌサンタラ:17世紀】

ジャワでは、クバヤは一般的に“Nyai”(西欧人男性またはアジア系男性によって妻または側室にされた地元の女性のこと)によって着用されていた。その後、クバヤはヨーロッパの植民家族のユーラシア(インド)系の女性が着用し始めた。 その後、バンダ、テルナテ、アンボン、マカッサル、マナドを含む群島の東部地域の植民地に広がった。

【ジャワ:19世紀】

今日(こんにち)存在するジャワのクバヤは、1817年にトーマス・スタンフォード・ラッフルズ卿の著書『ジャワの歴史』の中で「シルク、ジャガード織、またはベルベットで作られたブラウスで、中央の開口部はボタンではなく、ケロンサンと呼ばれるブローチを使用」と記録されている。

【オランダ領東インド:19~20世紀】

クバヤはオランダ領東インド全土に広がり、あらゆる社会層の婦人服として人気となった。ジャワ、バリ、スラウェシ、マルクのプリブミの女性や、中国系の女性、ノニまたはインド系、そしてヨーロッパ系の女性でさえ、涼しくて快適なことから着用された。

Van der Willegen夫人と息子の写真(1920年)。夫人は白いレースのクバヤとバティック布を着用。(出所)https://interaktif.kompas.id/baca/keanggunan-kebaya-nan-memukau/

ラデン・アジェン・カルティニと両親、姉、弟のスタジオフォト。カルティニの母親と妹は、今日「カルティニ・クバヤ」として知られるクバヤを着用。(出所) https://interaktif.kompas.id/baca/keanggunan-kebaya-nan-memukau/

【インドネシア:1945年】

20世紀初め、クバヤはカルティニやデウィ・サルティカなど、国民運動の女性指導者によって使用された。この伝統は、クバヤの人気を高めたインギット・ガナルシ(スカルノ初代大統領の二度目の夫人だったが、1943年に離婚)やファトマワティ(スカルノ初代大統領の第一夫人)などによって引き継がれた。 スカルノは、クバヤを民族衣装として選択したため、以降、ファーストレディはほとんどの公式の場にクバヤを着用している。

1950 年にジャカルタのムルデカ宮殿で開催されたインドネシア女性会議(KOWANI)でのスカルノ初代大統領と第一夫人のファトマワティ、そしてインドネシアの女性著名人たち。ファトマワティの母親とKOWANIメンバーは、クバヤを着用している。(出所)https://interaktif.kompas.id/baca/keanggunan-kebaya-nan-memukau/

【インドネシア:1978年】

クバヤは、1978 年にジャカルタで開催されたワークショップで民族衣装として指定された。同ワークショップでは、クンベン(さらし布)、クバヤ、クルン(ブルネイ、インドネシアのスマトラ、マレーシア、シンガポール、タイ南部で見られる伝統衣装)、ボド(南スラウェシのブギス族とマカッサル族の女性の伝統衣装)の4種類が候補に挙がった。最終的に選ばれたのは「クバヤ」だった。

【インドネシア:2020~2022年】

クバヤを保存・普及させるために、さまざまな人たちが活動を始めた。インドネシアの女性が日常生活でクバヤを着用することを促す『火曜日はクバヤ運動』など、さまざまな取り組みが行われている。クバヤは現在、無形文化遺産として登録されるようユネスコに働きかけている。

(以下に続く)

  • クバヤの種類
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