よりどりインドネシア

2022年10月08日号 vol.127

続・インドネシア政経ウォッチ再掲 (第25~30回)(松井和久)【全文無料公開】

2022年10月08日 12:39 by Matsui-Glocal
2022年10月08日 12:39 by Matsui-Glocal

筆者(松井和久)は、2021年6月より、NNA ASIAのインドネシア版に月2回(第1・3火曜日)に『続・インドネシア政経ウォッチ』を連載中です。800字程度の短い読み物として執筆しています。

NNAとの契約では、掲載後1ヵ月以降に転載可能となっています。すでに読まれた方もいらっしゃるかと思いますが、過去記事のインデックスとしても使えるかと思いますので、ご活用ください。 

  • 第25回(2022年6月7日)インド太平洋経済枠組みへの微妙な反応
  • 第26回(2022年6月21日)五曜のパインの水曜日に内閣改造
  • 第27回(2022年7月5日)中央主導でパプア州から3州分立へ
  • 第28回(2022年7月19日)暴かれたACTの不正資金問題
  • 第29回(2022年8月2日)コロナ禍でも投資実施額は過去最高
  • 第30回(2022年8月16日)第2四半期は追い風で5.44%成長

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『NNA ASIA: 2022年6月7日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第25

インド太平洋経済枠組みへの微妙な反応

5月23 日、米国のバイデン大統領は訪問先の東京で、インド太平洋経済枠組み(IPEF)の立ち上げを発表した。同枠組みは、デジタル財サービスのルール、サプライチェーン(調達・供給網) 問題の早期警告システム、クリーンエネルギーと脱炭素化、汚職対策の4点を重点としている。発足時の参加国は、米国、日本、インド、ニュージーランド、韓国、シンガポール、タイ、ベトナム、ブルネイ、マレーシア、フィリピン、オーストラリア、そしてインドネシアの13 カ国である。

この発表に先立ち、ジョコ・ウィドド大統領を含む東南アジア諸国連合(ASEAN)各国首脳は米国に招かれ、5月13 日に米国との特別首脳会議に出席した。このときジョコ大統領は、IPEFの提案を歓迎しつつも、参加の有無を明確にしなかった。国内メディアもインドネシアの慎重な姿勢を見守った。

IPEF立ち上げの会議に大統領の名代として出席したルトゥフィ商業相は、IPEFへ4要件を提示した。それらはすなわち、地域全体に有益な具体的で互恵的な協力、地域すべての国にオープンでインクルーシブな協力、各国に新たな負担を強いない、インド太平洋に関するASEAN・アウトルック(AOIP)協力とのシナジー、である。

5月27 日、大統領は国際会議で「中国を含む東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の早期実現が重要である」と演説し、自由貿易協定であるRCEPをIPEFより重視する姿勢を示した。ただし、インドネシア自身はRCEPをまだ批准していない。米国はIPEF立ち上げと同時に、ASEAN諸国へ総額1億5,000 万米ドルの経済援助を発表したが、識者からは、中国からの援助額15 億米ドルの10 分の1に過ぎない、とのシニカルな見方も出ている。

中国はIPEFを「経済版北大西洋条約機構(NATO)」と強く批判している。言うまでもなく、最大の貿易相手国である中国との関係はインドネシア外交の基本であり、IPEF参加で米国側に付いたとの印象を与えたくはない。他方、IPEF参加が国内の潜在的な反米感情をあおらないよう留意する必要がある。ロシアとウクライナを招く予定のG 20 開催を成功させるためにも、政府は中立的立場を装いながら、微妙なかじ取りを進めていかなければならない。

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NNA ASIA: 2022年6月21日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第26

五曜のパインの水曜日に内閣改造

ジャワでは、暦の中の「パサラン」と呼ばれる五曜と日~土の七曜を組み合わせて日取りを決めることがよくある。ジョコ・ウィドド政権下の内閣改造はこれまで、五曜のうち、人を探すのに絶好とされる「パイン」の水曜日に行われてきた。その慣例通り、パインの水曜日の15 日に内閣改造が行われた。

今回は大臣2ポストと副大臣3ポストの人事だった。大臣では、貿易相がルトフィ前大臣からズルキフリ・ハサン国民信託党党首へ、農地・都市計画相がソフィアン・ジャリル前大臣からハディ・チャハヤント前国軍司令官へ交代になった。更迭された2人とも政党に所属せず、ユドヨノ政権でも閣僚を務め、カラ前副大統領に近いとされる。また副大臣では、土地問題・空間計画、内務、労働の3副大臣が任命され、うち2人は連帯党、月星党という弱小政党幹部だった。貿易相は食用油問題の責任を取らされた形だが、土地証書発行拡大で実績のある農地・都市計画省で正副大臣がともに更迭された理由は不明である。

内閣改造を行う権限は大統領にある。今回の政策的緊急性は希薄だが、政治的には意味があった。国民信託党が念願の大臣ポストを取り、与党の一角を担うことになったからである。同党はゴルカル党、開発統一党とともに「統一インドネシア連合」(KIB)を結成し、2024 年大統領選挙での共闘関係を構築した。闘争民主党でメガワティ党首が娘のプアン国会議長の擁立に固執するなか、たとえばKIBは、同党所属で大統領候補人気第1位のガンジャル中ジャワ州知事が離党してでも立候補する受け皿となり得る。

ガンジャル支持をほのめかしたとも報道されたジョコ・ウィドド大統領だが、現段階では、後継指名はせず、安定した政権基盤を内閣改造でさらに盤石にし、誰が後継となっても、首都移転など大統領自身の政策や意思が堅持される体制づくりを優先させる意向のようだ。闘争民主党を含むどの与党も排除せず、最後には大統領の意中の候補へ収れんさせていく方向性が見える。ただ、それが本当にガンジャル中ジャワ州知事かどうかはまだ不明である。

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『NNA ASIA: 2022年7月5日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第27

中央主導でパプア州から3州分立へ 

ニューギニア島の西半分のインドネシア領は現在、パプア州と西パプア州の2州からなる。州都は前者がジャヤプラ、後者がマノクワリである。このうち、パプア州から新たに3州が分立することが6月30 日に法制化された。3州は南パプア州、中パプア州、山岳パプア州で、州都はそれぞれメラウケ、ナビレ、ジャヤウィジャヤと定められた。地方政府分立は財政上の理由で2006 年から停止されてきたが、今回が16 年ぶりの解禁となった。

パプアでは長年、インドネシアからの分離独立の動きが見られた。今回の3州分立の直接の契機は19 年8月の東ジャワでのパプア出身学生への差別事件だった。この事件への抗議デモが9月にかけてパプア各地へ広がり、分離独立運動へ転化する懸念が政府に強まった。

そこで政府は、地方政府分立で政治ポストを増やし、地方政治ボスを懐柔する策に出た。21 年7月のパプア特別自治法改正で、開発加速化を理由に中央政府が地方政府分立を実行できるとの規定を新たに加えた。これを基に、国会議員が主導して22 年1月に3つの州分立法案を国会へ上程、4月に国会承認、6月に大統領承認を経て法制化した。法制化を急いだのは、24 年総選挙の選挙区割りに反映させ、選挙区数を増やすためだった。

法制化によって、現在のパプア州領域は新3州とパプア州(残分)の4州となる。しかし、話はここで終わらない。西パプア州からも2州を分立させ、西パプア州(残分)と合わせて3州とする構想があるのだ。すなわち、現在のパプア州、西パプア州の2州だったのが、7州になる計算である。

特別自治法改正およびパプア州からの3州分立の過程では、特別自治上の最高機関であるパプア人民協議会(MRP)やパプア州議会の意向は無視され、不満がくすぶっている。特別自治法改正での中央政府主導の地方政府分立という新規定は特別自治とは真逆である。また自治体数の増加は駐留する軍や警察の増員を意味する。政府は分割統治で分離独立運動を抑えたいが、問題の解決には程遠いと言わざるを得ない。

パプアニューギニアとの国境にあるパプア州側の出入国管理事務所。(2007年12月5日撮影)

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『NNA ASIA: 2022年7月19日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第28

暴かれたACTの不正資金問題

地震や災害が起こると真っ先に救援に駆けつけるACT(Aksi Cepat Tanggap)という名の団体は、インドネシアを代表する規模の非営利人道支援団体として有名である。災害救援以外にも、貧困層への食料・医薬品配布、教育や保健の機会提供など、さまざまな活動を行ってきた。現在、国内の34 州、440 県・市に登録ボランティア約7万人が配置されている。国内だけでなく、パレスチナ、ガザ、トルコなど海外46 カ国・地域にも事務所をかまえる。これまでに35 万人からの寄付で総計5,200 億ルピア(約48 億円)の資金を集め、850 万人を支援してきた。会計検査結果は毎年「指摘事項なし」で、超優良団体とされてきた。政府高官や地方首長がACTの人道支援行事に参加してACTを称え、少なからぬ国営企業、民間企業、日本企業が企業の社会的責任(CSR)資金をACTに託し、社会貢献事業を行ってきた。

そんなACTのクリーンなイメージが根底から大きく崩れることになった。7月初め、週刊誌「テンポ」が2週連続でACTの不正資金問題を取り上げ、その実態を暴いた。団体幹部やその家族への高額報酬や高級車の提供、傘下企業によるミニマート・チェーンの展開とその後の経営破綻、虚偽情報による寄付集め、異なる用途への資金流用など、多くの事例が報じられた。そして、寄付が途絶えることを恐れ、会計検査結果が常に「指摘事項なし」となるように操作していたことも暴露した。

金融取引報告分析局(PPATK)によると、ACTの団体運用コストは寄付金総額の13.7%で、法律1980 年第29 号で規定する最大10%を上回り、法律違反だった。さらには、2018~19 年に寄付金の一部が団体職員の個人口座からテロ組織と目されるアルカイダのトルコ在住関係者へ送金された疑いが出て、PPATKとともに警察テロ対策特殊部隊も捜査に乗り出した。

社会省は7月5日、ACTの寄付金集金許可を取り消した。これに対して野党・福祉正義党の国会議員が早急すぎると批判した。他方、ACTの地方支部幹部に福祉正義党の政治家の名前があるとしてACTと福祉正義党を関係づける情報も流れた。今回の措置の背景は不明だが、選挙の季節を控え、政治利用される可能性はある。

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『NNA ASIA: 2022年8月2日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第29

コロナ禍でも投資実施額は過去最高

7月20 日、バフリル投資相は2022 年第2四半期(4~6月)と上半期(1~6月)の投資実施状況を発表した。それによると、第2四半期の投資実施総額は前年同期比35.5%増の302 兆7,000 億ルピアで、コロナ禍にもかかわらず、四半期別で過去最高となった。国内投資が同30.8%増の139 兆ルピア、外国投資が同39.7%増の163 兆2,000 億ルピアで、外国投資が上回った。

上半期の投資実施総額も前年同期比32%増の586兆4,000 億ルピアに達し、通年目標である1,200 兆ルピアの48.7%を達成した。ここでも外国投資が実施総額の53.1%を占め、国別ではシンガポール、中国、香港、日本、米国の順である。産業別では卑金属・金属製品が87 兆9,000 億ルピアで最多であり、鉱業、運輸・倉庫・通信、住宅・工業団地、食品工業が続く。立地州別では最多が西ジャワの83 兆5,000 億ルピアで、ジャカルタ、東ジャワと続くが、ジャワ島のシェアは47.7%で可搬は外島が占めた。すなわち、中スラウェシや北マルクなど外島での中国等系外資によるニッケル製錬がけん引した。上半期の中国の投資は前年同期比2倍以上で、勢いはさらに加速した。

ルフット海事投資調整相は、ニッケル製錬による川上から川下への垂直統合をコロナ禍での経済回復シナリオとして位置付け、電気自動車(EV)用リチウム電池生産に焦点を当てる。彼によれば、ニッケル埋蔵量で世界2位のフィリピンは数年後に枯渇する。すると、EV業界は、世界最大のニッケル埋蔵量を誇るインドネシアに依存せざるを得なくなる。このため、今からリチウム電池生産工場への投資を積極的に誘致し、技術移転を早急に促す戦略をとることが重要である。

ルフット大臣の描くインドネシアの戦略の根本は、昔から何も変わっていない。つまり、インドネシアは自前の技術開発へ投資することなく、原料賦存を盾に、外資に技術移転を強く求めるのである。7月末、ジョコ・ウィドド大統領は中国、日本、韓国を歴訪し、インドネシアへのさらなる投資を呼びかけた。中国など外資の戦略は、インドネシアの思惑通りなのか。過去最高の投資実施額の陰で、川上から川下への垂直統合の成否はやはり外資が鍵を握る。

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『NNA ASIA: 2022年8月16日付』掲載記事 http://www.nna.jp/

『続・インドネシア政経ウォッチ』第30

第2四半期は追い風で5.44%成長

中央統計局は8月5日、第2四半期(4~6月)の国内総生産(GDP)成長率を5.44%と発表、2021 年第4四半期(10~12 月)から3期連続で5%台の成長となった。成長率が最も高かった業種は運輸・倉庫業の21.27%で、宿泊・飲食業(9.76%)、電気・ガス業(9.33%)が続く。断食明け大祭(レバラン)による人の移動が活発化、観光客数の大幅な増加などが高成長を促した。支出別GDPでは、民間消費が5%台に復活したのに加えて、輸出が19.74%、輸入が12.34%と高成長を維持した。地域別では、マルク・パプアが13.01%と前期の10.59%を上回る高成長で、中国などのニッケル製錬投資の影響とみられる。

他方、第2四半期の製造業の成長率は4.01%にとどまった。同期の製造業のGDP成長率全体への寄与率は15.1%と産業部門で最高だったが、それも前年同期の19.1%より低下した。支出別GDPでも、総固定資本形成の成長率は3.07%にとどまっており、製造業の低迷傾向が依然続いている。大規模投資の続くニッケル製錬が製造業の成長率にどう反映されているのか疑問である。

アイルランガ経済調整相は2022 年通年のGDP成長率を当初予測の5~5.2%を上回る5.3~5.9%になると強気の予測を示した。ブルームバーグによる景気後退リスク度によると、インドネシアはわずか3%であり、世界の国々よりも大幅に低い。通年で5%成長は確実との見方が大半だが、第3四半期(7~9月)以降は必ずしも楽観を許さない。

2022 年第2四半期は、インドネシアにとって、パーム原油(CPO)など輸出産品の国際価格急騰が追い風となって成長率を押し上げた。しかし、CPOの国際価格は8月前半で7月の半値近くまで低下し、追い風は終わり始めた。また、個人消費の回復と製造業の原材料需要増で輸入の増加が見込まれる一方、景気後退の続く外国への輸出の伸びは期待薄のため、貿易黒字は減少すると見られる。外貨準備高は7月末時点で1,322 億米ドル(約17 兆4,540 億円)、輸入の6.1 カ月分とまだ十分な水準にある。しかし、年率5%をうかがうインフレ率、輸入増、輸出停滞、政策金利引き上げの可能性を考えると、今後、外貨準備高の減少、通貨ルピア安の進行という事態への備えも必要となる。

『続・インドネシア政経ウォッチ』過去記事 

  • 第1回(2021年6月8日)輝きを失った汚職撲滅委員会
  • 第2回(2021年6月22日)注目される税制改革案
  • 第3回(2021年7月6日) ガルーダ・インドネシアの経営危機
  • 第4回(2021年7月21日)進まぬワクチン接種
  • 第5回(2021年8月3日)くすぶる大統領批判
  • 第6回(2021年8月18日)経済回復は本物なのか
  • 第7回(2021年9月7日)アフガニスタン政変の影響
  • 第8回(2021年9月21日) インドネシアでの外資は主役交代なのか
  • 第9回(2021年10月5日)アジス国会副議長の逮捕
  • 第10回(2021年10月19日)第2 0回国体、パプア州で開催
  • 第11回(2021年11月2日)デジタル銀行は戦国時代に
  • 第12回(2021年11月16日)高速鉄道建設は止められない
  • 第13回(2021年12月7日)雇用創出法は違憲だが有効
  • 第14回(2021年12月21日)ニッケル製錬所の新設を停止
  • 第15回(2022年1月4日)北ナトゥナ海は波高し
  • 第16回(2022年1月18日)石炭輸出禁止、すぐ再開の顛末
  • 第17回(2022年2月2日)新首都法案がスピード可決
  • 第18回(2022年2月15日)北カリマンタン州の工業団地
  • 第19回(2022年3月1日)鉱石採掘に係る土地紛争が急増
  • 第20回(2022年3月15日)ロシア―ウクライナ問題への微妙な反応
  • 第21回(2022年4月5日)食用油価格高騰、大混乱の対応策
  • 第22回(2022年4月19日)大統領3期目シナリオは消えるのか
  • 第23回(2022年5月10日)パーム油輸出を当面禁止と発表
  • 第24回(2022年5月24日)過去最高の貿易黒字を記録
  • 第25回(2022年6月7日)インド太平洋経済枠組みへの微妙な反応
  • 第26回(2022年6月21日)五曜のパインの水曜日に内閣改造
  • 第27回(2022年7月5日)中央主導でパプア州から3州分立へ
  • 第28回(2022年7月19日)暴かれたACTの不正資金問題
  • 第29回(2022年8月2日)コロナ禍でも投資実施額は過去最高
  • 第30回(2022年8月16日)第2四半期は追い風で5.44%成長

(松井和久)

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