よりどりインドネシア

2022年07月23日号 vol.122

ラサ・サヤン(32)~インドネシアのLGBTQ事情~(石川礼子)

2022年07月23日 15:06 by Matsui-Glocal
2022年07月23日 15:06 by Matsui-Glocal

LGBTQとは

最近、SNS等で良く聞く言葉に“LGBTQ”があります。皆さん、ご存知ですか?

LGBTQとは、“Lesbian(レスビアン)”、“Gay(ゲイ)”、“Bisexual(バイセクシュアル)”、“Transgender(トランスジェンダー)”、“Queer(クィア)”の頭文字を取った言葉です。“LGBT”までは知っていたものの、“Queer”が加わったことまでは知りませんでした。

「クィア」とは、ウィキペディアによると、「元々は『不思議な』、『風変わりな』、『奇妙な』などを表し、同性愛者への侮蔑語であったが、1990年代以降は性的少数者や、LGBTのどれにも当てはまらない性的なアウトサイダー全体をも包括する用語として使われている」と説明されています。これを読んでも、いまひとつ理解できませんが、要するに「クィア」とは全ての性的マイノリティを指す言葉で、性的マイノリティ当事者が自らをポジティブな意味で「クィア」と言うのだそうです。また、LGBTQは「性同一性障害」という医学的な診断名とは別個の概念だということです。

「ゲイ」と一言で言っても、日本の芸能界でいうと「オネエ」と呼ばれるマツコ・デラックスさんのような女装の同性愛男性と、女装しない同性愛男性がいるほか、身も心も女性になったはるな愛さんや、振る舞いは女性っぽいけど、異性愛男性のりゅうちぇるさんや尾木直樹さんなど、様々な方がいるようです。「レスビアン」の方々も、同様でしょう。

●インドネシアのLGBTQ、昔と今

インドネシアのエンターテイメント業界では、日本よりも前から「オネエ」キャラが流行していた気がします。たとえば、1990年代から活躍していたDorce Gamalama(以下、ドルチェ)などは、その代表的なアーティストではないでしょうか。TV出演のほか、結婚式や誕生日パーティーなどにMCや余興として頻繁に呼ばれていました。ドルチェほど有名ではないものの、パーティーを盛り上げる女装男性シンガーたちが活躍していた時期が1990年代にあったと記憶しています。ちなみに、ドルチェはトランスジェンダーでした。

「オネエ」キャラとして人気を博し、今年逝去されたドルチェ。 (出所)https://www.rctiplus.com/news/detail/teknologi/2022388/

“Extravaganza”というTVコメディ番組(2004~2013年)でコミカルな女性役を務めたアミン。(出所) https://gambarkerenpros.blogspot.com/2012/03/9200-koleksi-foto-gambar-aming-lucu.html

エンターテイメント業界に限らず、インドネシアには女装しない「ゲイ」も昔から多く存在します。とくに、ヘアサロンに行くと必ず一人や二人はそういう人がいます。ヘアサロンに「女性っぽい素振りの男性」があまりにも集中しているので、知り合いの「ゲイではない」ヘアスタイリストにその理由を訊いたことがあります。彼曰く、最初は「ストレート」でも、長く居ると周りに染まってしまうのだとか。

先月、南スマトラのジャンビ州で、22歳の女性が10ヵ月間、結婚していた夫が実は女性だったとして、被害者である妻が夫(実は女性)を詐欺罪で訴えるという事件がありました。男性になりすましていた女性は無職にも関わらず、自分を脳神経外科医だと偽り、性別だけではなく、学歴も職業も詐称し、被害者である妻から3億ルピア(約274万円)を騙し取っていました。

6月14日に行われた裁判で、夫は自分が女性であることを認め、現在は女性刑務所に拘留されています。被害者宅がある地区の町内会長も、被害者の女性から「夫です」と紹介された時から事件発覚まで加害者を男性だと信じ、疑いもしなかったそうです。この事件に関しては、様々な疑問があると思いますので、興味のある方は文末の「参照サイト」で記事を探してみてください。

個人的には、LGBTQについて肯定も否定もするつもりはありません。ただ、インドネシアにおけるLGBTQ事情を知りたいと思っていたところ、The Jakarta Postに興味深い記事を見つけましたので、翻訳してみました(一部意訳、また追記あり)。

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オンライン上での差別から殺害脅迫まで:LGBTQのインドネシア人が国を離れる理由

(2022年6月2日付のThe Jakarta PostのFeatures欄より抜粋)

- 差別、否認、さらには殺害脅迫を受け、多くのLGBTQインドネシア人が国外に追いやられている。一部の人たちは残っているが、多くのLGBTQは各々の性的指向が受け入れられる国で外国人居住者になるために去って行った -

2018年にドイツ人のパートナー、フレデリック・ヴォラートと結婚し、ドイツ国民になることを選んだ同性愛男性のインドネシア人、ラギル・マハルディカも国を去った一人である。「今の生活をインドネシアで送ることは不可能だと思います」とラギルは言う。彼はインドネシアのLGBTQの人たちは、政府の保護を受ける権利を持たず、役所の手続きなど日常生活が困難になっていると話す。また、ラギルはLGBTQが政府や民間の機関で働くことは依然、課題であり、社会や宗教機関からの偏見は相変わらず根強い、と語った。「この国はまだ性的指向と能力を区別するのが難しいようです。同性愛者であるという理由で解雇されるのも不思議ではありません。一体、なぜ性的指向をその人の能力と結びつけるのでしょうか。だから、同性愛者はインドネシアに住むことができず、同性愛者の将来は脅かされるのです」と語った。ラギルはパートナーと共に、人気ユーチューバー、Dedy Corbuzier(以下、デディ)のポッドキャストに出演したものの、その内容がソーシャルメディア、とくに政府や宗教団体からの苦情が続いたため、動画は削除された。そのことで、ラギルは注目を浴び、同時にインドネシア社会の「反LGBTQ」の論議を賑わすことになった。

『インドネシアにおいて同性愛者でいるためのチュートリアル』というタイトルのその動画は、主宰者のデディが謝罪のうえ、削除したが、その時点ですでに600万回以上も視聴されていた。「論争が起こるだろうと予想していたので、動画が削除されても気にしません。削除するかどうかは、デディの権限ですから」と、ラギルは外交的発言で答えた。この動画以前に、ラギルはしばしば彼自身のSNSでLGBTQに対する平等の権利を表明してきた。デディからポッドキャストで話すように依頼されたとき、ラギルはLGBTQの声が広くインドネシア社会で聞かれることを期待して受け入れたのだった。削除される前の動画がユーチューブに投稿されると直ぐに、宗教上の理由からとして、ラギルを殺害することを正当化する発言を含め、オンライン上での嫌がらせが多く寄せられた。「私は殺人者でも堕落者でもないけれど、ソーシャルメディアでの言葉による虐待や殺害脅迫を受けることにはもう慣れっこです」と彼は言う。

アフリカ系アメリカ人に対する暴力や人種差別に抗議する社会運動のスローガン“Black Lives Matter(黒人の命は大切)”をなぞって「LGBTQ+の命は大切」と書かれたボードを掲げるコミュニティ(上)。 ポッドキャストに出演した際のラギルとパートナー(下)。(出所)https://www.thejakartapost.com/paper/2022/05/30/from-online-discrimination-to-death-threats-why-lgbtq-indonesians-leave-their-country.html

脅迫については、数年前にカナダに移住したライナーとエカにも話を聞いた。二人ともプライバシー保護のため、ファーストネームのみ使用することを希望。ライナーは、国や友人と離れてカナダで新しい生活を始めることは、彼が下さなければならなかった今までで最も苦しい決断のひとつであった、と話した。様々な出来事により、愛する人とのインドネシアでの生活に恐怖と不安を感じて、そうせざるを得なかったのだと言う。「とくに2015年から2016年の間に、LGBTQへの迫害行為は激化しました。明確に言えることは、私たちの家族としての未来はインドネシアでは実現できないということです」。

2016年、まだインドネシアに住んでいるとき、ライナーはソーシャルメディアやテキストメッセージによる殺害脅迫を含む、あらゆる脅迫を受けた。一般に良く知られているオンライン・フォーラムで、LGBTQの平等を支持する著名人の意見を引用して書いた記事を共有しただけで。同フォーラムで、彼が自身の身分や個人的な写真やパートナーのことを明らかにした直後から脅迫を受けるようになった。「私自身とパートナーの安全が脅かされていると感じました」と彼は言う。

国民としての平等な権利という観点から、ライナーとエカが夫婦で銀行口座を開設することは不可能である。ライナーはまた、LGBTQカップルに適切な家族保険を見つけることの難しさを指摘。これは、子どもを持つことを計画している人たちにとってはとくに重要な問題である。ライナーとエカは、2014年にオタワで結婚した。その2年後に一度、インドネシアに戻ったが、通常の生活を送るのに多くの課題に直面し、永久にカナダ国民として生きることを決め、オタワに戻った。「私たちの結婚式は、証人としてフォトグラファーである友人と、私たちの結婚を合法として登録した役人だけが出席した、とても質素なものでした」とエカは説明した。

エカはまた、インドネシアとは異なり、カナダでは宗教団体が国民の結婚問題に全く介すことがなかったことを強調。「仕事と個人の性的指向が結びつくことがないので、カナダのLGBTQは差別なく、自分の能力にしたがって働くことができます。労働者の指向に疑問を投げかける会社があった場合、その会社は法的に起訴される可能性があるのです」と彼は言う。ライナーは、カナダでは同性愛者カップルとしての生活は、安全、健康、経済面で州によって保証されており、社会は普通にゲイやレスビアンのパートナーを受け入れていると話す。「私たちがインドネシアで暮らしていたときとは違い、私たちの権利はこの国では尊重されます」と言う。

「感染症を抱えている」、「精神障害に侵されている」、さらには「ミーゴレンの食べ過ぎ(2016年当時のタンゲラン市長であったArief R. Wismansyahの言葉)」のせいで「同性愛者になってしまった」など、インドネシアではLGBTQに関する歪んだ噂がまことしやかに信じられている。「インドネシアの生活には、LGBTコミュニティとコミュニティに対する平等の認識はまだ存在していません。どうして同性間結婚を受け入れることができるでしょうか」と、ライナーは嘆く。インドネシアには、LGBTQを差別する多くの規制や法律がある。そのひとつが、2008年反ポルノ法の第44条、第4.1項(a)の「同性愛は逸脱した性行動と見なされる」という規定である。

カナダに住むライナーとエカは今、自分たちには未来と家族があり、実現可能な夢を持つことができると感じている。どちらも非営利団体で働いており、インドネシアから連れてきた2匹の犬と1匹の猫を飼っていて、自分たちの家を買うために貯金をしている。「インドネシアに留まっているLGBTQの友人たちは、合法的に結婚できることを今でも夢みていると思いますが、彼らが今、最も望んでいることは、国と社会から与えられる平等な権利、尊重、そして認識なのです」と彼は言う。一方、ラギルもインドネシアにおけるLGBTQの権利平等を主張し続けたいと望む。「差別されることを恐れ、社会から排除されることを恐れ、さらには会社から解雇されることを恐れて声を上げられない、多くの『ラギル』が他にもいるから」と、ラギルは語った。

著者:Tonggo Simangunsong (The Jakarta Post)

(以下に続く)

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