よりどりインドネシア

2022年07月23日号 vol.122

パプアへの武器・銃弾密輸を追う(松井和久)

2022年07月23日 15:05 by Matsui-Glocal
2022年07月23日 15:05 by Matsui-Glocal

インドネシア最東端に位置するパプアには、インドネシアからの分離独立を目指す動きが存在してきました。そのため、政府はパプアに特別自治を認め、多額の特別自治交付金を支出する一方で、治安対策にも重点を置いてきました。また、政府は、資源利権などを介在させて地方政府を分立させ、パプアが一つにまとまらないための分割統治を進めてきました。

つい最近も、パプア州からの3州分立を法制化したばかりです。パプア州からの3州分立の過程と今後の行方については、以下の『よりどりインドネシア』第116号(2022年4月23日発行)掲載の拙稿をご参照ください。

これらの結果、分離独立を掲げてきた独立パプア運動(OPM: Organisasi Papua Merdeka)には往年の勢いがなくなりました。そして政府は、もはやOPMという名称を使わず、現在はその残党を「武装犯罪グループ」(KKB: Kelompok Keriminal Bersenjata)と呼んでいます。KKBはパプア全体で統一的な動きをしているというよりも、いくつかの地域で散発的に武装活動を行ない、軍・警察などを攻撃対象としています。それはもはや、インドネシアからの分離独立を目指すというお題目は仮に残っているにしても、過去に自分たちの家族や仲間を殺害した軍・警察への復讐やその基にある「インドネシア」への嫌悪感が背景にあるものと思われます。

KKBによる軍・警察やパプアへの移住者に対する攻撃は、現在に至るまで収まる気配を見せていません。KKBは武器や銃弾を用いますが、なぜそれを入手できているのか、資金はどう準備されているのか、という疑問が出てきます。武器や銃弾については、従来から、隣国パプアニューギニアから国境を越えて密輸されている、と言われてきました。また資金は、パプアの治安が安定することを望まない外国勢力が出している、とみられてきました。

そんななか、インドネシアのクォリティペーパーとされる日刊紙『コンパス』が興味深い記事を掲載しました。すなわち、パプアへの武器・銃弾密輸ルートにはいくつかあり、そのなかにはインドネシア国内からのルートがあること、そして、パプアでの武器や銃弾の購入に中央政府の国家予算から国内の全村落へ配分される村落資金(Dana Desa)が使われた事例があること、が明らかになりました。

今回は、この『コンパス』の記事で明らかにされたパプアへの武器・銃弾密輸ルートを明らかにするとともに、なぜパプアの治安は回復できないのか、回復できないことによるインドネシアへのデメリット以外にメリットがあるのではないか、という仮説を提示してみたいと思います。

まずは、2022年7月16日にパプア州ンドゥガ県で起こった、KKBによる民間人襲撃殺害事件の話から始めます。

パプアの武装犯罪グループ(KKB)。(出所)https://www.merdeka.com/peristiwa/darimana-senjata-kkb-papua-berasal.html

●ンドゥガ県での民間人襲撃殺害事件

7月16日朝、ンドゥガ県ノゴロイド集落の小さな商店にナイフを持ったKKBとみられる男が入ってきました。その男は、店の商品を散らかしながら、店の中にいるものは全員、表へ出るように命じました。すると、その男の仲間20人ほどが商店へやってきて、15丁のライフル銃をちらつかせながら、店の外へ出てきた男性5人と女性2人(うち子ども1人)に対して、女性2人へは店の中へ入るよう命じました。そして、店の表に出ていた男性5人を殴り、銃殺しました。

その後、その商店の前を1台のトラックが通りかかりました。KKBとみられる20数人はトラックの前に立ちはだかり、トラックを停めました。そして、トラックに乗っていた男性5人を銃殺しました。事件の知らせを受けた軍・警察はすぐに現場へ急行し、KKBとみられる20数人と撃ち合いになりましたが、彼らは逃亡し、軍・警察が現場を平定しました。

この事件は死亡10人、重症2人と報じられましたが、その後、1人の死亡者が発見され、結局、11人が死亡しました。死亡者のなかには、南スラウェシ州スラヤール県出身のイスラーム宗教者、ワメナでの会議に出席したプロテスタント教会の牧師、そして、中スラウェシ州パル出身のンドゥガ県知事の私用車運転手が含まれていました。KKB側は、彼らのなかに軍・警察の諜報員がいると見ていた様子ですが、軍・警察は「すべて一般の民間人だった」と否定しており、多くのメディアでは犠牲者の詳細情報が記載されていません。

この事件の首謀者は、ンドゥガ県でたびたび襲撃殺害事件を起こしてきたエギアヌス・コゴヤ(Egianus Kogoya)と元陸軍兵士のヨタム・ブギアンゲ(Yotam Bugiangge)の2人でした。エギアヌス・コゴヤが率いるKKBは約50人の規模で、パプアに7つあると言われる活動中のKKBのひとつです、父のユダス・コゴヤ(Yudas Kogoya)は、1996年のロレンツ探検隊誘拐事件に関わっていました(同事件は陸軍特殊部隊司令官として救出作戦を指揮したプラボウォ現国防大臣の尽力で11人中9人を救出(2人死亡))。

エギアヌス・コゴヤ、23歳。大英帝国の鉢巻は英国に拠点を置く西パプア民族解放軍(TPNPB)の指導者ベニー・ウェンダを崇拝していることの表われか。(出所)https://m.jpnn.com/news/egianus-kogoya-sangat-muda-pembunuh-sadis-pimpin-kkb-nduga-ayahnya-ternyata

他方、もう1人のヨタム・ブギアンゲは、陸軍兵士として国営ピンダット社製の武器の保管を担当していた2021年12月17日、その武器とともに姿を消し、陸軍を除隊させられました。その後、KKBに加わったとみられ、パプアでのKKBへの武器の密輸にも関わったとされています。ちなみに、エギアヌス・コゴヤもヨタム・ブギアンゲも1999年生まれで現在23歳、前者がンドゥガ県を主な活動地とする一方、後者もンドゥガ県出身であり、両者には幼馴染のような、何らかのつながりもあった可能性が想像できます。

実はこの事件の前の6月29日、中央高地のヤリモ県でピストルなどの銃器と615個の銃弾が摘発され、バイクに隠して運搬していたンドゥガ県の県政府職員が逮捕されました。これらは、エギアヌス・コゴヤのKKB向けに密輸されるもので、予定ではワメナでKKBへ手渡されることになっていました。

このンドゥガ県での民間人襲撃殺害事件から見えるのは、パプアのKKBへの武器や銃弾の密輸には、国軍の末端兵士や地方政府職員が関わっていることが明らかになったことです。しかも、それが半ば日常的に行われている可能性を示唆するものでした。

●武器・銃弾購入に使われた村落資金

ンドゥガ県での民間人襲撃殺害事件の後、KKBへの武器や銃弾の密輸に国家予算から全国の村落へ配分される村落資金(Dana Desa)が使われている、と2022年7月14日付『コンパス』紙が伝えました。

パプアのための民主主義連合(Aliansi Demokrasi untuk Papua: ALDP)という団体によると、2011~2021年に行われたパプアにおける武器・銃弾の取引ののうち、明らかになった29件の8割で村落資金が使われていました。このデータは2021年8月から2022年5月にかけて、一次データと二次データを、ワメナ、ジャヤプラ、ナビレの3地域で入手しました。一次データは、容疑者、裁判で有罪となった者、弁護士、国家人権委員会、パプア州警察などとのインタビューによるものであり、二次データは、裁判での判決やマスメディア記事などによるものでした。

この調査によると、銃弾は1個当たり10~50万ルピア、ピストル1丁は1,500万~1億ルピア、M16やM4といったライフル銃は1丁当たり9,000万~3億3,000万ルピアで売買されました。全体では、52丁の銃器、9,605個の銃弾が売買され、その合計額は72億ルピアでした。

摘発された29件に関与した者は51人で、その内訳は、住民が31人、国軍関係者が14人、国家警察関係者が6人でした。それら武器や銃弾の取引は、ソロン、マノクワリ、ビアク、セルイ、ナビレ、ワメナ、ティミカ、ジャヤプラ、ヤフキモ、ビンタン山岳部、メラウケなどで行われました。

一次データの容疑やや有罪者へのインタビューによると、彼らは購入資金を村落資金から直接、またはKKBやその仲介者を通じて受け取り、他の住民や軍・警察関係者から武器や銃弾を購入していました。KKBからの購入資金の原資は、違法な金採掘による資金のほか、総選挙の際に候補者周辺から配られた資金とみられます。この調査を行ったパプアのための民主連合(ALDP)によると、武器・銃弾の購入の背景には、村落行政者がKKBから常に脅されていることのほかに、村落行政者のなかに思想的にKKBやパプア分離独立に共感するものがいたためとしています。

パプア州警察も村落資金による武器・銃弾の違法な購入に注目しており、KKBによる騒乱が頻発しているビンタン山岳部とインタンジャヤの2県を標的にしているようです。警察は、こうした村落資金の流用について、村落や郡レベルの行政者から話が上がってくることがないとしており、より監視を強める姿勢を示しました。

2022年7月15日付『コンパス』紙は、村落資金を監督する村落・後進地域開発・移住省の見解を伝えています。アブドゥル・ハリム・イスカンダル大臣は、同省としてはビンタン山岳部県とインタンジャヤ県で村落資金の違法武器・銃弾購入への流用があったとの報告は受け取っているが、警察が疑うような流用は確認しておらず、既定のメカニズムに沿って村落資金が利用されている、と述べました。そして、警察が指摘するような村落資金の流用はあってはならないものであり、そうした流用を未然に防ぐため、村落開発計画策定プロセスの改善を通じた村落資金利用に関する大臣令を2022年7月末までに発布することを明らかにしました。

村落資金は国家予算から全国7万4,961村へ配分され、その総額は117兆ルピアに上ります。この村落資金は村落予算の重要な歳入部分であり、村落レベルでの生活インフラの整備などに充てられてきました。さらに、後述のように、パプアの村々へは、国家予算からの村落資金とは別立てで、州政府や県・市政府の予算から村落開発のための資金が供与されてきました。潤沢な資金を前に、財政管理能力に乏しい村落では、村長など一部の有力者は、住民が関知しないままに、独善的にそれらを使ったり、私腹を肥やしたりすることが少なくなく、ずっと問題視されてきました。そうした資金がKKBへの武器・銃弾の密輸につながり、その売買によって利益を得た村落行政者もいたと容易に想像できます。

偶然かもしれませんが、前述のンドゥガ県で民間人襲撃殺害事件が起こったのは、『コンパス』紙がこれらを報道した直後の2022年7月16日なのでした。

(以下に続く)

  • パプアへの武器・銃弾密輸の実態
  • 2006年から武器や銃弾の入手が容易になったのはなぜか
  • パプアの治安回復は緊要ではないのか
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