筆者(松井和久)は、2021年6月より、NNA ASIAのインドネシア版に月2回(第1・3火曜日)に『続・インドネシア政経ウォッチ』を連載中です。800字程度の短い読み物として執筆しています。
NNAとの契約では、掲載後1ヵ月以降に転載可能となっています。すでに読まれた方もいらっしゃるかと思いますが、過去記事のインデックスとしても使えるかと思いますので、ご活用ください。
- 第19回(2022年3月1日) 鉱石採掘に係る土地紛争が急増
- 第20回(2022年3月15日) ロシア―ウクライナ問題への微妙な反応
- 第21回(2022年4月5日) 食用油価格高騰、大混乱の対応策
- 第22回(2022年4月19日) 大統領3期目シナリオは消えるのか
- 第23回(2022年5月10日) パーム油輸出を当面禁止と発表
- 第24回(2022年5月24日) 過去最高の貿易黒字を記録
『NNA ASIA: 2022年3月1日付』掲載記事 http://www.nna.jp/
『続・インドネシア政経ウォッチ』第19回
鉱石採掘に係る土地紛争が急増
2月に入り、鉱石採掘に係る土地紛争がメディアの注目を集めている。中ジャワ州プルウォレジョ県のブネル多目的ダム建設では、ダム床用の安山岩の採掘に反対するワダス村の住民を警察が拘束した。ワダス村はダム予定地から10 キロと近く、安山岩調達地として選ばれた。1万5,000 ヘクタールをかんがいし、水力発電も行うダム自体への住民の反対は少ないが、安山岩の採掘による住環境悪化への不安が強い。ワダス村には多数の警官が動員され、抵抗する住民を家の中まで入り込んで拘束する様子が会員制交流サイト(SNS)で拡散された。
中スラウェシ州パリギ・モウトン県では、金鉱開発に反対する3郡の住民が唯一の幹線道路であるトランス・スラウェシ道路を7キロにわたって12 時間閉鎖した。これに対して、住民を解散させるため警官が発砲、1人が死亡した。発砲した警官は実弾使用の規律違反で処罰された。
農民団体や非政府組織(NGO)からなる土地問題刷新コンソーシアム(KPA)によると、2021 年の鉱石採掘に係る土地紛争の件数は前年比2.7 倍と大幅に増加した。また、土地問題全体で影響を受けた19 万8,859 世帯のうちの81%が鉱石採掘によるものだった。
鉱石採掘に係る土地紛争急増の背景には、2020 年の鉱物・石炭採掘法(09 年法律第4号)改正がある。第1に、鉱石・石炭採掘の権限が地方から中央へ移った。県知事・市長の汚職の温床となったためである。他方それは、土地紛争での県・市による住民と開発業者との仲裁機能がなくなったことも意味する。第2に、開発業者には採掘後の埋め戻しと原状回復の両方が旧法で義務付けられたが、改正後はそのどちらかでよくなった。また、国家歳入への貢献を鑑み、埋め戻しや原状回復なしでも採掘許可が最長10 年延長可能になった。法改正は開発業者を利する内容だった。
ニッケル製錬や石炭採掘が現在のインドネシア経済を支えるなか、鉱石採掘に係る土地紛争は全国各地で急増している。政府は国家目的を理由に力で抑え込む姿勢を見せるが、住民の環境意識の高まりは無視できない。土地紛争は政府にとってやっかいな「時限爆弾」となり得る。
NNA ASIA: 2022年3月15日付』掲載記事 http://www.nna.jp/
『続・インドネシア政経ウォッチ』第20回
ロシア―ウクライナ問題への微妙な反応
2月24 日から始まったロシアのウクライナでの「特別軍事作戦」に対して、インドネシア政府は微妙な反応を続けている。ジョコ・ウィドド大統領は24 日、すぐに「戦争を止めよ」とツイートしたが、政府は「侵攻」という言葉を使わず、またロシアを名指しすることも避けている。他方、国連憲章に反する事態だとして、3月2日開催の国連総会「緊急特別会合」におけるロシア非難決議に対しては賛成票を投じている。
政府がロシアを刺激しないよう努めているのは、米中対立が高まるなかで、ロシアをも重視してインドネシア主体の外交路線を維持するためである。インドネシアは現在、25 周年を迎えた東南アジア諸国連合(ASEAN)―ロシア関係のコーディネーター役を務めている。2021 年7月にロシアのラブロフ外相が来訪した際には、プーチン大統領のインドネシア訪問とそれに合わせたロシアとの戦略的パートナーシップ協定の締結が議論された。また、22 年10 月末開催予定の20カ国・地域(G 20)の議長国としての立場上、G 20のメンバーであるロシアを非難できないという判断もある。そのためか、政府は、駐インドネシア・ウクライナ大使からの面会要請になかなか返答せず、大使の面会を受け入れるとルトノ外相が回答したのは3月7日だった。
同時に、国内のイスラム勢力に支配的な反米・反ユダヤ感情への配慮もある。ウクライナのゼレンスキー大統領がユダヤ人であるという理由で、パレスチナを常に支持してきた者はロシアに親近感を抱く。ネット上では、ウクライナをユダヤによる人種差別国家としてあからさまに批判する書き込みもみられる。また、米国によるイラク侵攻やアフガニスタンでの軍事介入など、ロシアを批判する西側の二重基準に対する反発もある。政府としては、とくにイスラム勢力のこうした動きが政府批判へ転化することを防ぐ必要がある。
ロシアへの制裁で、世界経済は原油価格急騰、金融・物流の停滞などに見舞われ、その影響はインドネシアにも及ぶ。小麦粉輸入の3分の1はウクライナからで、国民食ともいえる即席麺の価格上昇が目前に迫っている。
『NNA ASIA: 2022年4月5日付』掲載記事 http://www.nna.jp/
『続・インドネシア政経ウォッチ』第21回
食用油価格高騰、大混乱の対応策
ちまたでは日常生活に必要な食用油が手に入らない、手に入っても価格が高いという事態が起こっている。揚げ物が大好きな多くのインドネシア人は、メガワティ元大統領の「油を使わずにゆでたり蒸したりすれば健康にもよい」との発言にも「庶民の心が分からない」と冷ややかな反応だ。
食用油問題への政府の対応は二転三転した。1月当初、パーム油(CPO)輸出業者からの徴収金を補助金として価格抑制・食用油供給拡大を試みたが効果がない。そこで輸出業者に取扱量の20%を国内向けとする国内供給義務(DMO)を課すとともに、食用油の小売上限価格(HET)をたとえば簡易包装食用油で1リットル1万3,500 ルピアに設定した。3月にはパーム油輸出上限価格を1トン当り1,000 米ドルから1,500 米ドルへ引き上げ、それに伴う輸出業者からの徴収金を1トン当り355 米ドルから375 米ドルへ引き上げた。さらに政府はDMOを20%から30%へ引き上げた。
しかし、輸出業者が猛反対したことを契機に、政府はわずか1週間後にDMOを撤廃、包装食用油のHETも廃止した。結局、政府は市場原理に委ね、輸出業者からの徴収金を引き上げることで、パーム油を輸出よりも国内へ流すよう促した。
政府は、DMOの導入で国内向けパーム油の確保がある程度見通せたことから、食用油の国内流通にも問題があると見ている。食用油事業は、上位4社で46.5%の市場シェアを握る寡占状態にある。事業競争監視委員会(KPPU)は食用油製造企業16 社を含む44 の食用油関連企業・政府機関を調査中で、価格カルテルによる不公正競争の疑いを指摘した。
世界最大のパーム油生産国で食用油危機という構図は、2022 年初頭の石炭危機に酷似する。世界市場での価格高騰、輸出の大幅増加、主な輸出先は中国とインド、というのも同じである。今のインドネシア経済には輸出が唯一の経済成長のエンジンであり、国内供給確保との兼ね合いは難しい課題である。右往左往の政府介入は失敗したが、市場原理に委ねるのが良策とも限らない。食用油が1年で最も必要とされる断食月(ラマダン)を迎え、価格・供給安定の気配はまだみえない。
『NNA ASIA: 2022年4月19日付』掲載記事 http://www.nna.jp/
『続・インドネシア政経ウォッチ』第22回
大統領3期目シナリオは消えるのか
4月11 日、全国各地で学生代表委員会(BEM)が一斉に「大統領3期目反対」を訴えるデモを決行した。デモには学生だけでなく、物価上昇への不満を訴える一般の人々も加わった。反政府デモの様相を呈したことから、政府は強い態度で臨み、一部では警察と衝突して逮捕者も出た。
このデモは一見、奇異である。憲法は大統領の任期を最長で2期10 年と定めている。ジョコ・ウィドド大統領自身も憲法順守を言明し、3期目を目指す素振りを見せたことはない。にもかかわらず、なぜ大規模なデモが起こったのか。
憲法を改正し、2024 年総選挙・大統領選挙を延期、大統領任期を3期へ、というシナリオについては、バフリル投資相、アイルランガ経済調整相(ゴルカル党党首)、ルフット海事投資調整相のほか、ムハイミン民族覚醒党(PKB)党首、ズルキフリ国民信託党(PAN)党首が言及した。ルフット調整相はビッグデータで1億1,000 万人が支持していると述べたが、出所は示していない。全国村落行政府会(APDESI)が大統領3期目の支持表明へ動いたが、APDESI顧問に就いたルフット調整相に止められた。
週刊誌『テンポ』によると、大統領側近グループがシナリオ実現へ向けて2月頃から水面下で動いていた。大統領の意向に沿った動きかどうか確証はない。次期大統領候補者では、プラボウォ国防相、ガンジャル中ジャワ州知事、アニス・ジャカルタ特別州知事の3人が上位だが、彼らが大統領となった場合、首都移転はなくなるかもしれない。また、ルフット調整相が政権内で影響力を維持できず、また中国とのビジネスで築いた権益も守れなくなる。軍幹部人事では、ジョコ・ウィドド大統領の側近が昇進しており、すでに3期目を見据えた準備が進んでいるのである。
デモ前日の4月10 日、ジョコ・ウィドド大統領は改めて憲法順守を強調し、予定通り、12 日に総選挙委員会(KPU)と総選挙監視委員会(Bawaslu)の幹部を任命した。これで大統領3期目のシナリオは本当に消えるのか。総選挙・大統領選挙が延期になるような騒乱や事件が起こる可能性はゼロとはいえない。このシナリオはまだくすぶりそうな気配である。
『NNA ASIA: 2022年5月10日付』掲載記事 http://www.nna.jp/
『続・インドネシア政経ウォッチ』第23回
パーム油輸出を当面禁止と発表
前々回も取り上げたが、インドネシア国内での食用油価格の高騰と供給不足に対する政府の施策は二転三転してきた。そして、ジョコ・ウィドド大統領は、食用油の原料であるパーム油の輸出を4月28 日から当面禁止すると発表した。世界最大の輸出国であるインドネシアの輸出禁止表明で、国際市場に衝撃が走った。
当初、アイルランガ経済調整相は、輸出禁止の対象は精製漂白脱臭(RBD)パームオレインのみで主力のパーム原油(CPO)は輸出可能と説明したが、大統領がそれを否定した。貿易相令2022 年第22 号によると、対象はCPO、RBDパーム油、RBDパームオレイン、再利用食用油となっている。
直近の統計によると、2月のCPO生産は351 万トンで、食用油などの食品向け国内需要は49 万トンに過ぎず、210 万トンが輸出された。バイオ燃料向け国内需要が急速に伸びているとはいえ、基本的にCPOは供給過剰のはずである。
輸出禁止が続くと何が起こるか。国内では、農園企業が価格低下を抑えるため生産を減らす。末端の農家収入も減少する。さらに、ロシアのウクライナ侵攻の影響で価格高騰が続く国際市場への密輸も当然起こり得る。実際、国外では、ウクライナ産ひまわり油の代替需要でインドなど各国がパーム油確保に走り、価格高騰は続く。他方、パーム油輸出が消えたインドネシア経済は減速し、通貨ルピアが下落、同時に二転三転する政策で政府への国際的信用が低下する可能性がある。
政府はそれらを十分承知のはずである。禁止期間は未包装食用油の上限小売価格(HET)と同水準に下がるまでとしており、供給過剰下ですぐに価格が下がると見ている。生産活動が止まっているイスラム教の断食明け大祭(レバラン)休暇の間だけの措置ではないかとの見方も出た。
輸出禁止発表後、大統領への支持率は5%程度上昇したという。CPO輸出許可をめぐる汚職疑惑で貿易省海外貿易局長が容疑者になり、政権批判が高まる恐れもあった。今回の輸出禁止発表は国内向けの意味合いが強かったものの、政府には、それが国際市場に大きな影響を与えることへの、より繊細な配慮が必要であった。
『NNA ASIA: 2022年5月24日付』掲載記事 http://www.nna.jp/
『続・インドネシア政経ウォッチ』第24回
過去最高の貿易黒字を記録
5月17 日発表の中央統計庁(BPS)統計速報によると、4月の輸出額は前年同月比47.76%増の273 億2,170 万米ドル、輸入額は同21.97%増の197億6,370 万米ドルで、貿易収支は75 億5,800 米ドルの黒字だった。この黒字は、これまで最高だった2021 年10 月の57 億3,610 万米ドルを超えて、過去最高を記録した。貿易黒字は20 年5 月以来、24 カ月継続中である。
1~4月でも、輸出額は前年同期比38.68%増の934億6,580 万米ドル、輸入額は同21.97%増の765 億7,580 万米ドルで、インドネシア経済を貿易、とくに輸出がけん引していることは明らかである。HSコード2桁の分類でみると、最大の輸出品目は石炭(27)で同78.14%増の141 億4,390 万米ドルで、1~4月の輸出全体の15%を占めている。石炭に続くのはパーム油を含む油脂類(15)で同15.43%増の109 億880万米ドルである。
1~4月の非石油ガス輸出相手国では、中国向けが前年同期比33.38%増の182 億930 万米ドル、米国向けが同34.23%増の102 億4,720 万米ドル、日本向けも同41.77%増の73 億940 万米ドルと増加したほか、韓国、インド向けも大幅に増加した。その結果、米国との貿易収支だけで75 億米ドルの黒字になったほか、中国との貿易赤字も26 億8,800 万米ドルへ減少した。
インドネシアは石炭とパーム油の世界最大の生産・輸出国だが、国内供給が逼迫(ひっぱく)する事態に見舞われ、輸出禁止措置が採られた。石炭は国内火力発電所向け供給の逼迫で1月1~11 日まで、パーム油は食用油の供給減と価格高騰を抑えるため4月28 日から現在まで輸出禁止となった。これは国際価格急騰で国内向け価格との差が広がり、輸出優先志向が強まった結果である。
食用油の価格高騰などで、2月まで安定していた消費者物価上昇率は3月に前年同月比2.64%、4月に同3.47%と急騰した。インドネシアの第1四半期(1~3月)の国内総生産(GDP)成長率は5.01%だったが、第2四半期(4~6月)は物価上昇の影響が出る。好調な輸出も、石炭やパーム油など一次産品・同加工品への依存が続き、他の製造業製品は依然振るわない。今回の過去最高の貿易黒字は、国民に食用油の入手難・価格高騰といった犠牲を強いながら達成されたともいえる。
『続・インドネシア政経ウォッチ』過去記事
- 第1回(2021年6月8日) 輝きを失った汚職撲滅委員会
- 第2回(2021年6月22日) 注目される税制改革案
- 第3回(2021年7月6日) ガルーダ・インドネシアの経営危機
- 第4回(2021年7月21日) 進まぬワクチン接種
- 第5回(2021年8月3日) くすぶる大統領批判
- 第6回(2021年8月18日) 経済回復は本物なのか
- 第7回(2021年9月7日) アフガニスタン政変の影響
- 第8回(2021年9月21日) インドネシアでの外資は主役交代なのか
- 第9回(2021年10月5日) アジス国会副議長の逮捕
- 第10回(2021年10月19日)第2 0回国体、パプア州で開催
- 第11回(2021年11月2日) デジタル銀行は戦国時代に
- 第12回(2021年11月16日)高速鉄道建設は止められない
- 第13回(2021年12月7日) 雇用創出法は違憲だが有効
- 第14回(2021年12月21日)ニッケル製錬所の新設を停止
- 第15回(2022年1月4日) 北ナトゥナ海は波高し
- 第16回(2022年1月18日) 石炭輸出禁止、すぐ再開の顛末
- 第17回(2022年2月2日) 新首都法案がスピード可決
- 第18回(2022年2月15日) 北カリマンタン州の工業団地
- 第19回(2022年3月1日) 鉱石採掘に係る土地紛争が急増
- 第20回(2022年3月15日) ロシア―ウクライナ問題への微妙な反応
- 第21回(2022年4月5日) 食用油価格高騰、大混乱の対応策
- 第22回(2022年4月19日) 大統領3期目シナリオは消えるのか
- 第23回(2022年5月10日) パーム油輸出を当面禁止と発表
- 第24回(2022年5月24日) 過去最高の貿易黒字を記録
(松井和久)
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