よりどりインドネシア

2022年07月09日号 vol.121

インドネシア人移民労働者の光と陰(松井和久)

2022年07月09日 22:37 by Matsui-Glocal
2022年07月09日 22:37 by Matsui-Glocal

インドネシアはこれまでずっと、多くの移民労働者(Pekerja Migran Indonesia: PMI)を海外へ送り出してきました。海外への出稼ぎ労働者でもある彼らは、ある者は中東や香港、シンガポールで家政婦として、ある者は台湾で介護士として、ある者はマレーシアで農園労働者として働き、それぞれの居住国の経済に貢献するとともに、稼得した所得を母国インドネシアへ送金してきました。

彼らのインドネシアの自宅や実家の建物が新しくなったり、パラボラアンテナが建ったり、新品の自動車やバイクを乗り回したりするのは、移民労働者としてのサクセスストーリーの象徴であり、周りの他の人々にとってのあこがれともなりました。また、エアアジアに代表される格安航空路線の拡充は、移民労働者の移動をさらに容易にし、海外への出稼ぎを身近なものとしました。彼らは、あたかも、ジャカルタやスラバヤといった大都市へ働き口を求めて移動するのと同じように、いやそれ以上に、簡単に海外へ移民労働者として移動します。私たちが思っているよりもずっと、インドネシアの農漁村は「国際化」しているといってよいかもしれません。

シンガポールから帰国した移民労働者たち。(出所)https://fakta.news/berita/wadah-pmi-suara-kita-di-singapura-ajukan-permohonan-penyederhanaan-persyaratan-pulang-kampung-ke-kepala-bp2mi

しかし、移民労働者のすべてがサクセスストーリーとは限りません。詐欺まがいの手配師に騙されたり、想定とは異なる職業や厳しい雇用条件を押しつけられたり、雇用主から虐待やいじめを受け、ひどい場合には死に追いやられるケースもあり得ます。また、不法滞在者として、インドネシアへ強制送還される場合も少なくありません。インドネシア政府にとっては、海外送金による外貨稼得のための送出しとともに、そうした移民労働者の保護が重要な施策となります。

そんななか、2022年5月27日付および5月28日付の日刊紙『コラン・テンポ』(Koran TEMPO)は、マレーシアでのインドネシア人移民労働者に起きた衝撃的な内容を報じました。それは、2020~2022年に少なくとも149人のインドネシア人がマレーシアで拘留中に死亡した、という「主権ある移民労働者連合」(Koalisi Buruh Migran Berdaulat: KBMB)という民間団体の真相究明チームによる報告でした。その数があまりに多く、数字の信憑性が問われますが、この数字の出所は、実は在インドネシアのマレーシア大使館書記官の書類に基づくものでした。しかし、インドネシア労働省はこの数字をなぜか否定しました。

今回はこの『コラン・テンポ』の記事を参照しながら、インドネシアからの移民労働者の光と影について、考えてみたいと思います。そのまえに、まずは、インドネシアからの移民労働者の概況について、簡単に見ておくことにします。

●移民労働者の居住先と海外送金

まず居住先ですが(表1を参照)、移民労働者が最も多いのはマレーシア在住者で、2022年第1四半期時点で162.5万人です。次いでサウジアラビア(83.4万人)、台湾(29.4万人)、香港(29万人)、シンガポール(9.2万人)、アラブ首長国連邦(3.8万人)の順となっています。ちなみに、日本は、2021年6月時点で、技能実習生と特定技能労働者を合わせて3万3497人となっています。

表1:インドネシアの移民労働者数(単位:1,000人)

(出所)Koran Tempo, 2022年6月28日付。

2018年から2022年第1四半期までの傾向をみると、コロナ禍の影響を受けて2019年から2020年にかけて大きく減少したものの、その後は、マレーシアを除いて漸増しており、とくに香港での増加が目立ちます。

次に、移民労働者からインドネシアへの海外送金(レミッタンス)の額の推移を見てみます(表2)。2019年の計114億3500万米ドルをピークに、翌2020年からは大きく減少しています。2022年第1四半期時点で、サウジアラビア(7.07億米ドル)、マレーシア(6.38億米ドル)、台湾(3.5米億ドル)、シンガポール(1.45億米ドル)、アラブ首長国連邦(4.8億米ドル)の順です。

表2:インドネシアの移民労働者からの海外送金額(単位:100万米ドル)

(出所)Koran Tempo, 2022年6月28日付。

前述の国別居住者数(表1)と合わせてみると、2021年の移民労働者一人当たりの海外送金額はアラブ首長国連邦が最も多く、台湾、香港がそれに続き、さらに、シンガポール、サウジアラビア、マレーシアの順となります。居住国の所得水準の違いとともに、就いている職業の違い(マレーシアはオイルパーム農園など非サービス業が多い)によるものとみられます。

移民労働者からの海外送金は、外貨獲得の面から大きな意味を持っており、インドネシアで移民労働者が「外貨獲得の英雄」(Pahlawan Devisa)と呼ばれる所以でもあります。2020年のインドネシアでは、海外送金が国内総生産(GDP)の約0.9%に相当します。もっともこの比率は、フィリピンの9.7%やタイの1.6%に比べるとまだ小さく、インドネシアの移民労働者の海外送金にはまだ相当な成長ポテンシャルがあると見られています。

●マレーシアで2年間に149人の移民労働者が死亡

前述の「主権ある移民労働者連合」(Koalisi Buruh Migran Berdaulat: KBMB)という民間団体の真相究明チームの報告によると、2020~2022年にマレーシアでは外国人労働者1万2,800人が逮捕されました。そのうち7,673人が国外退去(母国への強制送還)となり、うち1,700人がインドネシア人でした。国外退去者以外は、サバ州内の5ヵ所の収容所に拘留されました。そして、前述のように、在インドネシアのマレーシア大使館書記官によると、149人のインドネシア人移民労働者がそれらの収容所の中で死亡しました。

ある家族のエピソードによると、2020年3月、マレーシア警察による大規模な取り締まり期間中に、あるインドネシア人移民労働者家族が不法滞在を理由に逮捕されました。家族は、裁判なしに、サバ州内の収容所へ3ヵ月間、別々の部屋で拘留されました。1ヵ月後、父親が病気だと息子は知りましたが、会うことは叶いませんでした。そして、しばらくして、父親が亡くなったことを知りましたが、断食明け大祭(Idul Fitri)の翌日だったこともあり、遺体はすぐに埋葬されず、妻が懇願した末に、1週間後、ようやく埋葬することができました。

収容所での食事は、昼と夜のみで、朝はパサパサのパン1個でした。コロナ禍という理由で、1日1食しか食事が与えられなかったこともありました。部屋の広さは8×12メートルで、寝る際には、2リンギット(6,700ルピア)の安い黒ビニールを床に敷いて寝たということです。

マレーシア当局にインドネシア国境まで護送され、送還されるインドネシア人移民労働者。(出所)https://koran.tempo.co/read/berita-utama/474728/menguak-penyiksaan-buruh-migran-indonesia-di-tanah-sabah

149人のインドネシア人移民労働者が亡くなったと発表した「主権ある移民労働者連合」(Koalisi Buruh Migran Berdaulat: KBMB)の真相究明チームは、サバ州内の5ヵ所の収容所のどこで何人が亡くなったかも詳しく発表しました。

たとえば、2021年1月~2022年3月にタワウ収容所で亡くなった17人の内訳は、第9棟で男性9人、第4棟で女性3人、第1棟で男性1人、第6棟(隔離棟)で男性3人、独房で男性1人、国境を接したインドネシア側の北カリマンタン州ヌヌカンの公立病院で男性1人となっており、病状が相当にひどい状況になって初めて病院へ連れていかれた、ということです。

また、収容中に、マレーシアの看守にラタン製の棒で叩かれたり、腐った食事を出されたり、といった元収容者の証言も紹介されています。チームによれば、収容所でのこうした非人道的な扱いは、これまで何十年にもわたって続いてきたということです。

(以下に続く)

  • 先進国を目指すマレーシアでの移民労働者への根強い需要
  • 無視できない複層的な差別意識
  • 日本のことを考える
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