よりどりインドネシア

2022年06月22日号 vol.120

アロックとデデス(太田りべか)

2022年06月23日 00:00 by Matsui-Glocal

●ジャワ随一の成り上がり者

日本で史上もっとも有名な「成り上がり者」といえば、やはり豊臣秀吉だろうか。ジャワ史上、あるいは伝説上の成り上がり者の代表格は、ケン・アロックまたはケン・アンロック(Ken Arok / Angrok)と呼ばれる男である。

アロックは、秀吉と同じく一介の貧しい農民の出だったが、おのれの才覚と知力と駆け引きの巧みさと人心掌握術と権謀術数とでもって、13世紀前半に東ジャワにあったクディリ(カディリ、または都の名からダハともいう)王国の一領国だったトゥマペルの領主となり、やがてクディリ王国からの独立を宣言して王を称し、さらには攻めてきたクディリ王国の大軍を破って、東ジャワを中心に版図を広げた。のちにアロックの子孫がマジャパヒト王国を開き、ジャワの王朝史上の黄金期を築くことになる。

だが、貧しい出自から身を起こして王となり、マジャパヒト王家の祖となったという輝かしい立身出世の履歴よりも、アロック伝説においては、主殺しと血塗られた一族という否定的な面がよりクローズアップされて語られることのほうが多いように見える。

主殺しというのは、アロックがトゥマペル領主の衛兵となり、ほどなく主である領主を殺して、自ら領主の座に就いたからである。このときアロックは前領主の妻だった絶世の美女デデスを自分の正妻としたが、デデスは前領主の子を身籠っていた。その子が長じて、父の仇のアロックを殺害し、王座に就いた(そのときまでにトゥマペルはすでに王国となっていた)。だが、即位わずか1年で、アロックと側室との間に生まれた息子に殺害される。その側室の息子も即位後2年で、甥ふたりを殺害しようとして逆に攻め込まれ、落命する。アロックが開いた王家は、三代にわたって親族どうしで殺し合い王座を奪い合った、まさに血塗られた家系となった。

マジャパヒト朝の最盛期だったハヤム・ウルックの治世の1365年に書かれたと伝えられる貝葉文書 “Kakawin Nagarakrtagama”(『ナーガラクルターガマ』)では、「アロック」という名は見えないが、1182年に生まれた勇猛で賢明な王ランガー・ラジャサがアロックのことだと考えられている。しかし、マジャパヒト初代王となったラデン・ウィジャヤに至るまでのランガー・ラジャサ王の子孫の系譜について、同族どうしで殺し合ったという記述はない。この点については、『ナーガラクルターガマ』がハヤム・ウルックに捧げられた史書なので、その先祖たちの醜聞には触れなかったという説が一般的であるようだ。

また、17世紀に原型が成立したとされる “Babad Tanah Jawi”(『ジャワ年代記』)では、ラデン・ウィジャヤの出自に関しては別の物語を伝えている。おそらくそんなこともあって、アロックを実在した人物ではなくて、伝説上の人物とする説もあるらしい。それでも、実在したか否かという問題を超えて、ケン・アロックという人物がジャワの人々の間で、成り上がり者の一典型として、またジャワの王の一典型として語り継がれてきたことはたしかである。

今回は、このアロックとその妻デデスにまつわる伝説と、それをもとにした小説2冊を紹介したい。

●『パララトン』のアロック伝説

“Pararaton”(『パララトン』)は、「王(支配者)たち」という意味で、シンゴサリ朝(ケン・アロックが開いたトゥマペル王国は、のちにシンゴサリに首都を移し、一般にシンゴサリ王国と称されるようになった)と、それに続くマジャパヒト朝の王たちの事績を記した書で、成立は1600年ごろではないかと考えられているらしい。別名を “Serat Pararaton atawa Katuturanira Ken Angrok”(『王たちの書またはケン・アロックの物語』)といい、その題名の通り、ケン・アロックをめぐる物語が大部分を占め、マジャパヒト朝の記述はごく短い。

Gamal Komandoko編 “Pararaton”

『パララトン』はアロックの前世譚で幕を開ける。前世では、ある未亡人の息子で、非常に素行が悪かった。あるとき、寮の扉を作ろうとした匠が、赤い雄ヤギを贄として捧げるよう扉の精に求められて困っていたところ、その息子が「自分が贄になる」と申し出る。そしてその代償として、ウィスヌ神の天国に入り、のちに高貴な身分の人間に生まれ変わるよう祈った。

願いは叶えられ、その息子はブラフマ神の息子として、カウィ山の東麓に住むエンドックという農婦の腹に宿った。エンドックにはガジャパラという夫がいたが、胤を混ぜることのないよう、以後夫と寝てはならない、と神に告げられていたため、夫と別れ、ひとりで男の赤子を出産する。エンドックは赤子を墓地に捨てて去った。

その墓地を通りかかった盗人レンボンが光るものを見つけ、近寄ってみると、男の赤子だった。レンボンは赤子を連れ帰り、妻とともに自分たちの子として育てた。親から盗みを教わり、賭け事に興じたり、人から預かった水牛を行方知れずにしてしまったりと素行の悪いその子は、やがて親元を去って放浪の旅に出た。

カルマンという村(現在の東ジャワ州マラン)に、バンゴ・サンパランという賭博師がいた。負けが込んで借金が払えず困っていたとき、ある霊所に参詣に行くと、どこからともなく声が聞こえて、「家に帰ればケン・アロックという名の子どもがいて、その子が借金の問題を片付けてくれるだろう」と告げた。バンゴ・サンパランが家に戻ると、はたして男の子がひとり家の前にいた。アロックというその子を第一夫人の子として迎え入れたところ、バンゴ・サンパランは賭博で勝ちに勝って、借金問題はあっさりと片付いた。だがアロックは、第二夫人の子らとの折り合いが悪く、バンゴ・サンパランのもとを去ってまた旅に出た。

アロックはある師に弟子入りして、読み書きやさまざまな知識を学んだ。師の家の庭にはジャンブー(ミズレンブ)の木があり、実が熟すまでは採ってはならないと師に禁じられていたが、アロックはそのジャンブーが食べたくてたまらなかった。ある夜、眠っているアロックの頭頂から一群のコウモリが飛び出して、ジャンブーの実を食い散らした。翌朝驚いた師が弟子たちに調べさせると、コウモリの仕業であることがわかったので、その夜、籐を編んで作った柵を巡らせて師が見張っていると、アロックの頭頂からコウモリの群れが飛び出すのが見えた。師はアロックを起こして、外へ追いやった。アロックは師の庭の外の葦原で眠った。師が葦原で光るものを見つけて近づいてみると、それはアロックだった。師はアロックを再び迎え入れ、翌朝、アロックに気のすむまでジャンブーの実を食べさせた。

成人したアロックは、仲間と共にあちこちを放浪しつつ、追い剥ぎなどさんざん悪さを働き、その地方の領主トゥングル・アムトゥンの軍隊に追われる身となった。あるとき、軍勢に囲まれて逃げ場を失ったアロックは、そこにあったオウギヤシの木に登った。人々がその木を切り倒し始めたので、アロックが泣きながら神々に祈ると、天から声が聞こえて、オウギヤシの葉を二本切り取って翼にするようにと告げたので、アロックはその通りオウギヤシの葉を左右の翼にして木から飛び降り、そのまま空を飛んで難を逃れた。

あちこちに潜伏しつつ放浪を続けるアロックは、レジャル山で神々の会議を目撃し、そこで自分の父が神であることを知る。父の指示に従って、アロックはローガウェという名のブラフマナ(バラモン。カーストの最上位の司祭階級)に弟子入りし、養子として遇される。そしてローガウェの推挙によって、アロックはトゥマペル領主トゥングル・アムトゥンに仕えることになった。

トゥングル・アムトゥンは、プルワという高名なブラフマナの娘で美女の評判が高いデデスに魅せられ、プルワの留守中にデデスを拐って自分の妻とした。帰宅してそれを知ったプルワは激怒して、「あの男はクリス(短剣)によって命を落とし、妻を他の男に奪われるだろう」と呪いの言葉を発する。

デデスの懐妊が判明したころ、トゥングル・アムトゥンはデデスを連れて遊山に出かけた。車から降りるとき、デデスの腰巻がはだけて、秘所から光が放たれるのがアロックの目に止まった。アロックはローガウェにその話をし、「秘所から光を放つのは偉大なる女性の証であり、その女性を妻とすれば、たとえ罪人であっても国王となることができる」と教えられる。アロックは、トゥングル・アムトゥンを殺害してデデスを自分の妻とするという決意をローガウェに伝える。

アロックは養父バンゴ・サンパランのもとへ行って決意を告げ、魔力あるクリスを作る匠ガンドリンを紹介してもらった。5ヵ月でクリスを作ってほしいとアロックはガンドリンに頼むが、ほんとうに良いクリスは作るのに1年はかかると言われる。それでもアロックはなんとか5ヵ月で仕上げるように言い、5ヵ月後に来てみると、クリスはまだ完成していなかった。腹を立てたアロックは、研ぎかけのクリスを取り上げて、ガンドリンを刺してしまう。まだ完成していないとはいえ、クリスの魔力は凄まじく、一振りで砥石も割ってしまうほどだった。

刺されたガンドリンは、「おまえはいずれそのクリスで命を落とすだろう。おまえの子孫もやはりそのクリスによって死ぬ。七人の王がそのクリスで死ぬだろう」と呪いの言葉を吐いて絶命する。

アロックがそのクリスを持ってトゥマペルに戻ると、領主の衛兵仲間でアロックと仲の良かったケボ・イジョという男がアロックのクリスに目を止め、しばらく貸してほしいと頼んできた。アロックは快くクリスを貸してやり、ケボ・イジョはどこへ行くにもそのクリスを差していたので、だれもがそれをケボ・イジョのクリスだと思うようになった。

ある夜、アロックはケボ・イジョのもとからそのクリスを盗み出し、領主トゥングル・アムトゥンの寝所に忍び込んで、クリスの一突きで領主を殺害した。クリスは故意にそこに残していった。翌朝、領主が胸にクリスが刺さって死んでいるのが発見され、だれもがそのクリスはケボ・イジョのものだと証言した。ケボ・イジョは捕らえられ、同じクリスで処刑された。

それに先立って密かにデデスと想いを交わしていたアロックは、望み通りデデスを妻とし、トゥマペル領主の座に就いた。やがてデデスは、トゥングル・アムトゥンとの間にできた男子を出産、その子はアヌサパティと名付けられた。続いてデデスとアロックの間にも男子が生まれ、マヒサ・ウォンガトゥレンと名付けられた。さらにアロックと側室ウマンの間にも、パンジ・トージャヤという男子が生まれた。

そのころ宗主国クディリの王は、仏教徒の僧侶やシワ(シヴァ)神に帰依するヒンドゥーのブラフマナたちに王を崇拝することを強要し、反感を買っていた。一方、アロックは僧侶やブラフマナたちを味方につけ、その代表格であるローガウェを国の司祭として、トゥマペル国をクディリから独立させる。やがて両国の間で戦が起き、アロックはクディリを破ってジャワの東部の広範囲を治める王となった。

デデスとトゥングル・アムトゥンの子アヌサパティは、アロックの息子として育てられたが、やがて父が自分を見る目が他の兄弟を見る目と違うことに気づくようになる。アヌサパティは母を問い詰め、自分がほんとうはトゥングル・アムトゥンの子であること、実の父を殺したのはアロックであることを聞き出す。アヌサパティは母に迫って、実の父を殺めたクリスを手に入れた。

アヌサパティは人を使って、食事中のアロックを背後から刺殺させる。凶器はあのクリスだった。言いつけられた仕事を成し遂げて戻ってきた刺客を、アヌサパティは同じクリスで殺害し、亡きアロックの後を継いで王位に昇った。

アロックと側室ウマンの間の息子パンジ・トージャヤは、父を暗殺した黒幕が腹違いの兄アヌサパティであることに気づき、復讐心を抱くようになる。アヌサパティは非常に用心深く、寝所の周りには堀を巡らせ、警戒を怠らなかった。そこへパンジ・トージャヤが自慢の雄鶏を携えてやって来て、闘鶏をしようと持ちかけた。すでに命運尽きていたせいか、アヌサパティはパンジ・トージャヤに請われるままに、父アロックの形見のクリスを渡してしまう。アヌサパティが闘鶏に夢中になっている隙に、パンジ・トージャヤはそのクリスでアヌサパティを刺殺した。

アロックが開いた王家の三代目の王となったパンジ・トージャヤは、アヌサパティの息子ランガウニと、アロックとデデスの子マヒサ・ウォンガトゥレンの息子のマヒサ・チャンパカというふたりの甥をたいへんかわいがった。ふたりとも勇敢で聡明で、パンジ・トージャヤにとっては自慢の甥たちだったが、大臣に「あのおふたりは、ヘソにできた腫れ物のようなものです」と耳打ちされて以来、猜疑心に苛まれるようになる。

とうとうパンジ・トージャヤは、ふたりの甥ランガウニとマヒサ・チャンパカのもとに刺客を送り込んだ。だが、ふたりは事前にそれを察して身を隠していた。暗殺に失敗した刺客は結局ふたりの手下となり、周辺の村々の間で騒動が起きるよう工作した。パンジ・トージャヤが騒動を起こした村人たちを捕らえて処罰しようとしたため、村人たちはランガウニとマヒサ・チャンパカのもとに逃げ込んで助けを請うた。ふたりは村人たちを率いてパンジ・トージャヤの王宮を襲撃した。パンジ・トージャヤは槍で負傷しながらも逃走したが、ほどなく息を引き取った。

その後ランガウニとマヒサ・チャンパカが同時に即位し、その後をランガウニの息子クルタヌガラが継ぎ、以前のクディリ国王の末裔ジャヤ・カトンに一時期王座を奪われるものの、マヒサ・チャンパカの息子ラデン・ウィジャヤが王座を奪還して、マジャパヒト王家の開祖となった。

図:『パララトン』をもとにしたトゥマベル国(シンゴサリ国)王家の系譜

(出所)筆者作成。

(以下に続く)

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  • 『デデス語り』
  • 伝説の語り手たち
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