よりどりインドネシア

2022年05月23日号 vol.118

往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第42信:女性の視点から描いた東ティモール独立への悲劇(横山裕一)

2022年05月23日 03:24 by Matsui-Glocal

轟(とどろき)英明 様

轟さんもレバラン帰省でバンダアチェへ行かれたようですが、私も所用で一時帰国し、名古屋で本稿を書いています。5月でありながら思わぬ低温の日々で、熱帯雨林気候に慣れきった体は終始震え上がっています。ただ良いこともあり、毎年日本のNPOやJICA青年海外協力隊OBOG会などが主催する「東ティモールフェスタ2022」でオンライン上映される東ティモールの映画作品を鑑賞できました。インドネシアからは技術的な問題でオンライン上映にアクセスできず、昨年も残念な思いをしたもので、一時帰国を機にようやく願いが叶った次第です。

今年は東ティモール独立20周年で、『よりどりインドネシア』の今号が発行される直前が独立記念日でした(5月20日)。そこで今回はこの作品についてお話しようかと思いますが、その前に前号の轟さんのガドガドホラーについてです。

1980年代の作品と4年前に公開されたリメイク作品との比較も面白く、内容の変化と40年という時代を経ての変化の原因、背景は興味深いですね。轟さんも言及されたように、「世界的なフェミニズムの興隆と浸透」は、インドネシアでは日本以上に顕著であるようにも思われます。短絡的な例として女性大統領が過去にあっただけでなく、30数人いる現職大臣の中で、世論調査で最も実績ある大臣として二人の女性閣僚がトップ2に選ばれるなど、優秀な女性人材が出る、あるいは登用される社会になりつつあるようにも思われます。

2018年にリメイクされた新作におけるエロスの排除という変化に関する背景の一つには、1998年の民主化以後のイスラムの台頭も関連しているかもしれませんね。逆にいうと、政治的な言論統制を徹底させた民主化前のスハルト政権下では、政治以外のエロスを含めたさまざまな表現が現代よりも自由な傾向にあったようにも若干感じられます。エロスによるエクスプロイテーション映画作品が現代よりも多いこともその裏付けのように思われますがいかがでしょうか?旧作、新作共に未見なので、後日楽しみに鑑賞してみたいと思います。

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さて、今回紹介するのは、東ティモール初の長編映画作品、『ベアトリスの戦争』(A Guerra da Beatriz /2013年公開)です。在住経験のある轟さんには言わずもがなですが、あえて触れておくと、東ティモールはヨーロッパの大航海時代にポルトガルが植民地としてきた地域です。1970年代、ポルトガルの政変に伴い遠く離れたポルトガル領にまで目が届かなくなると、1975年にインドネシア国軍が東ティモールを武力併合し、27番目の州(当時)に編入します。国際的な批判のなか、インドネシア政府は東ティモールの併合を既成事実化し、一方で、現地では国軍が抵抗する東ティモール人解放軍のゲリラ掃討作戦を展開しました。

映画『ベアトリスの戦争』(引用:公式ホームページ、本稿末にアドレス)

この作品は、武力併合の数年後の1980年代から、国連主導による東ティモール独立の是非を問う住民投票を経て独立を決めた1999年以降までの物語です。主人公は11歳ながらある部族長の息子に嫁いだ少女・ベアトリスで、インドネシア国軍と東ティモール解放軍の戦闘に巻き込まれて夫・トーマスと生き別れてしまい、トーマスの姉・テレサら女性だけで苦渋を強いられた日々が、また戦闘以外での女性たちの独立闘争の姿が主に描かれています。

また、独立が決まりインドネシア軍が撤退した後に、トーマスが16年ぶりにベアトリスの前に姿を現すものの、彼女はなぜか夫に違和感を覚えてしまいます。別人ではないかとの予感が確信に変わったとき、この男が真実を吐露し、夫・トーマスから死ぬ間際にベアトリスを守って欲しいと頼まれたこと、この男が過去にインドネシア陸軍特殊部隊の手下として数々の罪を犯したことを告げられます。違和感を覚えながらも、夫と名乗る男をいつの間にか愛し始めていたベアトリス。自らの幸せのためにこの男との愛を選ぶのか、独立を果たしたものの数えきれぬ苦渋を経験した民族の誇りのために裏切り行為を働いたこの男を裁くべきなのか、選択に苦しみます。独立闘争は終わってもなお、人々の中での「戦争」は終わっていないことが彼女を通じて鮮烈に伝えられます。

映画『ベアトリスの戦争』シーンより(引用:公式ホームページ)

独立闘争は東ティモールの場合、インドネシア国軍と東ティモールの民族解放ゲリラ組織・ファリンティルとの武力衝突が続いたわけですが、本作品は戦闘する男だけでなく、当然ながら戦闘に巻き込まれる戦地の住民たち、主に女性の視点から独立への思い、民族への誇りが克明に描かれているのが特徴です。インドネシア国軍に蹂躙されながらも主人公をはじめとした彼女たちの信念を貫こうとする姿が印象深く綴られます。

たとえば、主人公のベアトリスは元々、部族長の娘でしたが、インドネシア国軍に村が襲撃を受けて母親と二人だけになった経緯があり、母親はわずか11歳の娘・ベアトリスを別の部族長の息子に嫁がせます。身寄りを失った母親が娘を少しでも安全な環境に置くための苦渋の選択ともいえます。またインドネシア国軍に投降し、ベアトリスたちが収容所であるクララス村での生活を余儀なくされていた際、ゲリラが国軍を襲撃する情報が入り、密かに襲撃受け入れの準備をするベアトリスが神に祈る言葉も印象的です。

「神よ、私たちは木や動物のように物が言えません。心も言葉を失い、物言わぬ足元の石です。殺すことでしか語る道はありません。マリア様、私たちをお許しください」

しかし、ゲリラの襲撃後、インドネシア国軍による報復が始まります。収容所の男たち数十人全員が河川敷に集められ、銃撃により虐殺されます。トーマスの遺体がないことから、ベアトリスはトーマスが生き延びたことを察知しますが、惨状を前に言葉を失います。軍司令官によって遺体の埋葬が禁じられ、一年後ようやく河川敷に散乱する遺骨を涙ながらに集める女たち。しかし、彼女たちは「喪は明けた」として黒い衣服を次々と脱いでいきます。これで屈するわけにはいかないと意を決したかのようなシーンです。

虐殺現場で立ち尽くすベアトリス(引用:公式ホームページ)

ところがインドネシア国軍兵士による蹂躙は止まらず、彼女らは次々と強姦されることになります。父親が誰だかわからぬまま妊娠していく女性たち。ベアトリスの夫の姉であるテレサも、司令官に「夜になったら来い」と命ぜられます。さらに、「一人逃げたら二人殺す」とも脅されます。テレサから相談を受けたベアトリスの強烈な一言は、前述の祈りの言葉から大きな変化が伺えます。

「奴らが一人殺すごとに、(私たちは)10人産むのよ。そして軍隊を作って、いつか奴らを追い出すのよ」

当初、戦闘でインドネシア兵士であろうと命を奪うことに対して神に赦しを求めたものの、様々な悲劇、多くの犠牲者を目の当たりにしたベアトリスの心中は、すでに神に許しを乞うどころか、民族のため、独立のためであれば女性としてできることに手段を選ばない、という域にまで達し、狂気に満ちるほど決意が揺るぎないものになっていることが窺えます。

(⇒ この作品を手掛けたのは・・・)

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