よりどりインドネシア

2022年05月23日号 vol.118

猫の話(太田りべか)

2022年05月23日 03:24 by Matsui-Glocal
2022年05月23日 03:24 by Matsui-Glocal

●ポンスの話

俺は猫だ。名前はポンス。なぜそんな名がついたのかは、あとでわかるだろう。もっとも、猫にとって本来名前などどうでもいいものだ。犬と違って、飼い主がつけた名で呼ばれたからといって、猫は駆けつける必要はない。腹が減っているときに、ごはんだよ、と呼ばれた場合は別として。

ヤン・ルビス(Yan Lubis)著の“Namaku Ponsu: Meowar Kucing Garong”の冒頭である。Kucing garongは文字通りでは泥棒猫という意味だが、喧嘩に強い雄猫で、他の雄猫たちを打ち負かし、縄張りを広げて雌猫たちを手に入れ、猫社会で一目置かれている、つまり「ボス猫」のことだ。だからこの本のタイトルは、『俺はポンス ― ボス猫戦記』というところだろうか。

“Namaku Ponsu: Meowar Kucing Garong”

ヤン・ルビス氏は天然資源管理と生活環境保全の分野における専門家として学術関係機関、政府機関、私企業、鉱業関係、国際機関、コンサルタント業などでキャリアを積んだ人で、公式の最終職歴はフリーポート社の副社長だったらしい。現在は、講師としてインドネシア大学、バンドン工科大学などで教鞭を取っているとのこと。『俺はポンス』は3冊目の小説。

著者の前書きによると、この物語は、著者の一家がかつて飼っていた猫たちをめぐるフィクションとノンフィクションとナンセンスの混合だということだ。著者一家の飼い猫二代目のポンスが、一人称で、自分が生まれてから飼い主一家に拾われ、いろいろな猫に出会いながら成長してボス猫になり、猫ウィルス感染症と腎不全で死んで猫の天国に行くまでを語る。

犬には主人すなわち人間がいるけれど、猫には下僕すなわち人間がいる、とポンスは豪語する。でも人間に対する観察眼は漱石の猫ほど辛辣ではないし、人間に対してそれほど横柄な態度もとらない。死後には、かわいがってくれた飼い主一家に感謝もしている。なかなか道徳的な猫である。

飼い主一家の父親は武道や禅などにも凝っているらしく、木剣を振り回したり、家の庭を日本庭園風にしようとしたりする。日本庭園の池は蚊発生の温床となり、鯉たちも病気で死んでしまって、結局池を埋めて石庭風に造りかえた。その他にも、この父親のやや奇矯な振る舞いがコミカルに描かれる。

一方、獣医をしている母親や、すでに成人しているらしき兄妹についての描写はあまりない。忙しくてあまり家にいないからだろう。兄は、喧嘩するときに相手の腹を狙って後足で蹴りを入れる技をポンスに伝授する。その技と、先輩猫から教わった喧嘩術を駆使して、ポンスはやがて地域のボス猫を打ち負かし、意中の雌猫を手に入れた。

ポンスの目は、周りの人間たちよりも、地域で出会う猫たちに向けられている。なかには非常に博識な猫たちもいて、クルアーンの話、預言者と猫の話、シュレーディンガーの猫、キップリングの『その通り物語』(“Just So Stories”)やイェーツの詩など、さまざまな蘊蓄を傾ける。

死後のポンスは、古代エジプトのブパスティスから来た2匹の「アストラル猫」に導かれ、猫の女神バステトの待つ猫の天国へ向かう。その道中で展開されるのはイスラームの死生観のほか、宇宙物理学やブラックホールや環境問題をめぐる蘊蓄だ。

さまざまな蘊蓄や知識や思想やアイディアを作品の中で披露する。物語を書く人にとって、それは抗い難い誘惑だろう。というか、そういうものを注ぎ込んでひとつの物語に作り上げることが、そもそも物語を書く主な動機になるのかもしれない。けれども、できればそういうものをしっかりと物語の世界の中に溶け込ませて、蘊蓄が展開されていると感じさせることなく、自然にそこに籠められたものに気づけるようにしてほしい、というのが物語の読者のわがままな願いである。一方、この本では、前述のように著者自身がフィクションとノンフィクションとナンセンスの混合だと告白している通り、徹底的に作り込まれた物語世界が提示されるわけではない。だから蘊蓄に対する消化不良を起こしたりせずに、なるほどなるほどと著者の博識に唸りつつ、楽しんで読めばいい。これは教育的善意に満ちたお話なのだ。

ところで、大きく横道に逸れてしまうが、まさに徹底的に作り込まれた物語世界が提示される小説といえば、カズオ・イシグロの最新長編 “Klara and the Sun”(『クララとお日さま』)だろう。主人公のクララはAF(artificial friend)で、物語はクララの一人称で進行し、終始一貫してAFの視点から見た世界が描かれる。その視界は人間のものと同じではない。そしてクララが周りの人間たちの言動から知り得たこと、自分が観察から導き出した考えや感じたこと以外は、なにも説明されない。AFがなにであるかも、人工的遺伝子編集を受けた子どもたちについても、なんの解説もない。それでも、読み進めていくうちに、読者にはそれがわかってくる。そしてこの物語の世界が実態を持って立ち現れる。その世界のありようが、手に取るようにわかってくる。これはすごいことだ。ここまでストイックで徹底したフィクションには、なかなか出会えないのではないだろうか。信頼できる小説である。

“Klara and the Sun”

●短尾の猫の話

猫の話に戻ろう。『俺はポンス』には、さまざまの色柄の猫たちが登場するが、中には尾の短い猫もいる。日本でも短尾の猫は珍しくない。短尾の猫は、古来日本に生息してきたと考えられているらしい。その短尾の日本猫が珍重されて、1960年代にアメリカに連れて行かれ、繁殖計画が進められて、1976年にジャパニーズ・ボブテイルという品種として認定された。

ジャワでも、kucing kampungと呼ばれるどこにでもいる雑種猫の中に、短尾のものを見かけることは珍しくない。ジャワの短尾猫もずいぶん昔から繁殖していたようだ。

ジャワ文学の中にはkaturangganと呼ばれる形式がある。Katurangganはジャワ語で馬を表すturanggaから来た言葉で、もとは乗馬や馬車馬向きの馬の種類や性質や観相学的特質などを韻文形式で説明するものだったらしい。一種の類聚書である。そこから派生して、チョウショウバトのような鳥や、果ては人間の女性の類聚まで作られたという。“Serat Katuranggan Kucing”と称される『猫類聚』も、そのひとつだ。

成立年代ははっきりしないが、ジョクジャカルタ王宮に保管されている『猫類聚』のひとつ “Serat Ngalamating Kucing”の内容が、ディポネゴロ大学インドネシア文学研究科紀要 “Nusa”で紹介されている。24節からなる韻文で、飼い主に禍をもたらす猫と福をもたらす猫に分けて、1節ごとに猫の毛色や行動の癖が取り上げられているという。

たとえば、第3節。

飼ってはならぬ

黒く尾の長い猫を

災厄をもたらす

名をプトゥラ・カジェタカという

これを飼えば

主は血を吐くであろう

尾の短いものは構わない

「血を吐く」というのは、困難に遭遇することや死を意味するらしい。「プトゥラ・カジェタカ」というのは「災厄の息子」とでもいう意味だろうか。黒猫は不吉だというのは、今でもジャワでは信じている人が少なくないのかもしれないが、尾が短ければ、黒猫でも問題はないらしい。他の「不吉な」毛色の猫でも、尾が短ければ問題なしという条件がついているものが多い。たとえば背から尾にかけて縞が走っている猫は、遠出するたびに障害が起きるのでよくないが、尾が短ければ、逆に良いしるしだそうだ。

福をもたらす猫の場合、尾が短ければさらに良い。たとえば、第8節。

猫を飼うなら

足の裏が白く

口と目のまわりも白いもの

これは幸運のしるし

サトゥリヤ・タパという

願いごとが叶うであろう

尾が短いものはとりわけ良い

短尾の猫は、実はすごいのである。もっとも『俺はポンス』に登場する短尾の猫は、白い汚れた毛で疥癬だらけのいかつい野良猫(首から肩にかけての筋肉はマイク・タイソンばり)だというだけで、とくに福をもたらす様子はなさそうだ。

短尾のkucing kampung(https://rahasiabelajar.com/jenis-kucing-kampung/ より)

「短尾」というのは、途中で切ったように短い尾のほか、カールして丸く見える短い尾も含むが、それにさらに先端が曲がったものも入れて「尾曲がり猫」と呼ぶらしい。そして、日本にいる猫の「尾曲がり率」は、長崎、鹿児島、宮崎、熊本の九州の4県が全国トップ4を占めることが、1990年の調査でわかったという。そのときの調査でトップだった長崎県では、尾曲がり率は79パーセントにも達したそうだ。その後、2009年に長崎市中心部4ヵ所で市民団体が行なった調査でも、尾曲がり率は74.7パーセント、地域によっては80パーセントのところもあったらしい。

また、日本の絵画に描かれる猫を見てみると、平安~鎌倉期の「鳥獣戯画」にはまっすぐで長い尾の猫しかおらず、尾曲がり猫が日本の絵画に登場するのは江戸期に入ってからだという調査結果もあり、尾曲がり猫はもとは外来種で、江戸期に日本に渡来して繁殖したのではないかという説もあるそうだ。

前述の1990年の調査を行なった京都大学の野沢謙名誉教授の研究によると、尾曲がり猫の原産地は東南アジアで、特にインドネシアに多く生息するという。インドネシアと長崎を結ぶものといえば、江戸時代に長崎の出島で行われていたオランダとの貿易である。オランダ船の多くは、オランダ東インド会社のアジア支店のあったジャワを経由して日本にやって来た。その船にネズミ駆除のために乗せて連れて来られたジャワの猫たちが長崎に定着し、繁殖して九州各地に広まったのではないかとも考えられているそうだ。

尾曲がり猫は全国各地にいるようだし、1904年に来日したドイツの生物学者フランツ・ドフラインは、著書の中に、日本の中部地方のどこの村でも尻尾が結節状に縮んだ猫を見かけたと書いているらしい。おそらく日本全国の尾曲がり猫の起源をインドネシアとするのには無理があるのだろうが、長崎を中心とする地方の猫の尾曲がり率の高さにインドネシアの猫たちが一役買った可能性は、否定できないのではないかと思う。

(以下に続く)

  • 猫とムラカミの話
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