よりどりインドネシア

2022年05月07日号 vol.117

大統領を取り巻く国軍幹部の考察(松井和久)

2022年05月08日 18:35 by Matsui-Glocal

断食明け大祭(イドゥル・フィトゥリ)を過ぎて、インドネシアの国内政治の世界でも、2024年総選挙・大統領選挙へ向けて少しずつ動きが見られるようになってきました。大統領候補の下馬評に上がっている大物政治家たちのレバランあいさつ回りも活発に行われ、メディアも盛んにそれを追いかけています。

ここで総選挙・大統領選挙へのスケジュールを簡単に抑えておきます。2022年6月から選挙を司る総選挙委員会(KPU)の活動が本格化し、総選挙・大統領選挙へ向けての準備が始まります。2022年8月1~7日に総選挙に参加する政党登録が行われ、2023年2月9日までに選挙区が確定します。同年5月14日までに地方代議会(DPD)、国会(DPR)、州・県・市議会(DPRD)議員選挙への立候補者登録が行われた後、同年6月21日までに有権者登録終了、そして同年9月13日までに正副大統領候補が確定します。同年10月11日には議員選挙の候補者も確定し、同年10月14日から選挙運動に入ります。今回は、議員選挙も大統領選挙も同じ2024年2月14日に投票が行われます。

大統領候補として名前の挙がる政治家たち。プラボウォ国防大臣(左上)、プアン国会議長(中上)、アイルランガ経済調整大臣(右上)、アニス・ジャカルタ首都特別州知事(左下)、リドワン西ジャワ州知事(中下)、ガンジャル中ジャワ州知事(右下)。(出所)https://nasional.kompas.com/read/2022/01/13/11222751/gerindra-prabowo-jadi-prioritas-diusung-sebagai-capres-2024?page=all

メディア報道では、プラボウォ(Prabowo Subianto)国防大臣・グリンドラ党党首、ガンジャル(Ganjar Pranowo)中ジャワ州知事、アニス(Anies Baswedan)ジャカルタ首都特別州知事の3人が大統領候補として有力視されています。ただ、世論調査では3人とも20%前後の支持で、副大統領候補として誰と組むか、どれだけ複数政党の支持を得られるか、など情勢は未知数のままです。

●大統領3期目待望論

そんななか、ふって湧いていたのが現職のジョコ・ウィドド(通称:ジョコウィ)大統領の3期目待望論でした。現行憲法の規定では大統領任期は最長で2期10年と定められており、2期目のジョコウィ大統領の再出馬はあり得ません。ジョコウィ大統領は後継指名などしておらず、前述の有力候補も横並び状態で、大統領の肝煎りで進める首都移転の確実性などを考えれば、憲法を改正してでもジョコウィ大統領に3期目を務めてもらうほうがよい、と考える勢力が3期目へ向けての動きを水面下で続けてきました。

これまでの動きから見ると、大統領3期目を画策する勢力は、ルフット(Luhut Panjaitan)海事投資調整大臣やムルドコ(Moeldoko)大統領府長官など、大統領の側近グループでした。ジョコウィ大統領自身は憲法遵守で3期目は考えていないことを再三示してきたものの、ルフットらの動きを率先して抑える行動はとっていませんでした。ジョコウィ自身は最大与党・闘争民主党の党員ですが、闘争民主党のメガワティ党首は、娘であるプアン(Puan Maharani)国会議長を大統領または副大統領候補に立候補させたいと考えており、ジョコウィ大統領の3期目には絶対反対の立場をとりました。

ジョコウィ大統領は、国会でオール与党に近い圧倒的な支持基盤を築いていながら、それを生かして大統領選挙に影響力を果たそうとするそぶりを全く見せません。そして、旧来的な政党による政治的駆け引きを超越したかのように、首都移転やインフラ建設に専心する姿勢を見せていて、それが世論調査での高支持率維持につながっているように見えます。逆に言えば、現段階では、そうしたジョコウィのようなスタンスを見せられる政治家が大統領候補のなかに見当たらない、とも言えます。そこで、ジョコウィ大統領3期目に脈ありとして側近らは動いたのでした。しかし、国民の大多数は憲法の規定通りの大統領2期目限りを求め、各地で学生らによる3期目反対デモが起こったのでした。

明示的には示されませんが、ジョコウィ3期目を待望する勢力には、ジョコウィ政権の政策によって利益を得てきた実業家(オリガーキー)なども含まれます。次の大統領が彼らの利益や権益を保証するかどうかは不確かであり、プラボウォのような強権指向の政治家が大統領となれば、彼らの利益や権益を奪い取る可能性は十分に考えられます。そのプラボウォは、大統領選挙でメガワティの娘のプアンと組むことを選択肢の一つとしています。

●ジョコウィが信頼できる人物とは誰なのか

ジョコウィとその側近にとっては、インフラ整備や首都移転などのレガシーを安心して任せられ、自分たちの利益や権益も守ってくれるような人物を次期大統領にしたいのですが、そのような人物が見当たらないからこそ、ジョコウィ3期目を画策したのです。ただ、世論の強い反対などで3期目が難しいとなると、一体、誰がいるのか。ジョコウィが本当に信頼できる人物とは誰なのか。

ジョコウィ大統領は既成政党の枠で分析できません。ジョコウィとその側近で一つの勢力を形成していると考えられます。よって、ジョコウィ周辺自ら大統領候補を公言することは難しいです。もし意中の人物がいるなら、水面下で政党と交渉し、政党がその人物を大統領候補として推薦・決定してもらうことが必要です。そして、そのプロセスは、あくまでも自然に、国民が納得いく形でそうなったというふうにしなければなりません。そのための水面下での動きは、もう始まっているかもしれません。

ところで、そうしたジョコウィの数少ない信頼できる人物とは、自分と長い時間を共にし、日々信頼関係を醸成してきた人物であろうと思います。スハルト元大統領と同様、ジョコウィもまた、簡単に他者を信頼することはないはずです。

そうした人物は誰かと考えると、大統領警護隊(Paspampres)、大統領副官(Ajudan)、そしてソロ市長時代やジャカルタ首都特別州知事時代から深く付き合ってきた人物が思い浮かびます。その多くは軍関係者です。

たしかに、民主化後のインドネシアでは、国軍は国防機能に特化したプロ集団となり、政治には関与しないため、私も含めて、政治分析の対象として重視しない傾向がありました。しかし今回は、ジョコウィとその周辺が信頼できる対象としての軍人に焦点を当てる必要があると考えました。

ジョコウィ大統領の周囲で長い時間を共に過ごした軍人たちの動きを見ると、彼らの多くが短期間に次々と国軍幹部へ重用されているのが分かります。これは、ジョコウィ大統領3期目待望論と連関した動きとも解釈できそうです。彼らのバックグランドにはかなりの共通性が見られます。他方、これまでの国軍の抱える内部事情、とくに多数の国軍高官が役職に就けない状況を踏まえると、ジョコウィを取り巻く特定軍人の昇進には特別なものを感じます。この辺の状況について、近年の国軍高官の人事異動情報も含めて、考えてみることにします。

(以下に続く)

  • 大統領を取り巻く国軍幹部の出自背景
  • 国軍内の役職に就けない軍人への対策
  • 特定軍人の昇進から大統領選挙をみる
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