よりどりインドネシア

2022年05月07日号 vol.117

ラサ・サヤン(30)~クレイジー・リッチ・インドネシアン~(石川礼子)

2022年05月08日 18:35 by Matsui-Glocal

●映画『クレイジー・リッチ!』

2018年公開のアメリカ映画『クレイジー・リッチ!』(原題:Crazy Rich Asians)はある意味、衝撃的でした。生粋のニューヨーカーとして育った中国系アメリカ人の女性が、親友の結婚式に出席する恋人の付き添いで初めてシンガポールを訪れます。彼の素性をよく知らない彼女でしたが、彼がシンガポールおよび近隣諸国にまで知れ渡る裕福な一族の御曹司であることが判明。社交界の独身女性たちの冷たい視線が彼女に集まるなか、彼の母親は二人を別れさせようとする、というストーリーです。2018年の夏に米国で公開されると3週連続で興行成績が1位になり、世界で約270億円の興行収入を上げた爆発的人気の映画です。

それまでは、ヒルトン・ホテルの創設者コンラッド・ヒルトンの曾孫娘のパリス・ヒルトンや、リアリティ番組への出演で知られるカルダシアン一家など、アメリカのスーパーセレブたちの豪奢な生活をTVで垣間見る程度で、「アジアのお金持ち」と聞いても、ピンときませんでした。勿論、アジアにも、そしてインドネシアにも、とんでもなくリッチな人は星の数ほど存在するのでしょうが、アジア人の謙虚さなのか、メディアを通じてその富やライフスタイルを見せびらかすというようなことは、あまりなかったように思います。

それが、映画『クレイジー・リッチ!』以降、アジアのお金持ちが注目されるようになりました。その影響かどうかは分かりませんが、インドネシアでもセレブと呼ばれる人たちがソーシャルメディアで海外やバリ島への豪遊旅行、高級品の買い物を楽しむ様子、あるいは自分たちの住む豪邸を紹介したりする動画が一般的に見られるようになりました。

以降、セレブだけではなく、度を超えた金持ちを『クレイジー・リッチ』と呼ぶようになり、 インドネシアの『クレイジー・リッチ 』たちも、ソーシャルメディアを騒がすようになっていきました。

3月26日に発行された英字紙『The Jakarta Post』に、この『クレイジー・リッチ』が犯した不正取引に関する興味深い記事が出ていましたので、和訳(一部意訳)に追加情報を加えたものをご紹介します。

●『クレイジー・リッチ』が犯した不正取引

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国は『クレイジー・リッチ』が多くの人を騙し、富を隠すことを許した

(2022年3月26日付のThe Jakarta PostのOpinion欄より抜粋)

ケヴィン・クワン原作のベストセラー小説 “Crazy Rich Asians”(邦題:クレイジー・リッチ!」)が2013年に出版され、2018年に映画化されて以来、『クレイジー・リッチ』という言葉が広く人気を博すようになりました。

以降、TVスターやインフルエンサー(世間に与える影響力が大きい行動を行う人物のこと)など、多くの有名人はソーシャルメディア等で、自分たちの豪奢な生活の様子を誇示することを躊躇わなくなりました。メディアとネチズンは、そんな有名人たちを『クレイジー・リッチ』と呼びます。

少なくとも7人のインドネシア人がソーシャルメディアで『クレイジー・リッチ』として有名になりました。Indra Kenz(以下、インドラ)とDoni Salmanan(以下、ドニ)が、そのうちの2人です。インドラは “Crazy Rich Medan”(メダンに住む超リッチ)として、ドニは “Crazy Rich Bandung”(バンドンに住む超リッチ)として知られています。しかし、この2人はマネーロンダリング事件に関わっています。バイナリーオプション取引(**)のプラットフォームを介して不正な投資を設定したとして、国家警察の犯罪捜査局から詐欺罪他で起訴されました。

(写真1)

(写真2)

(写真3)

(写真4)

インドラとドニが所有する高級スポーツカーや高級バイク。

出所:(写真1)https://otomotif.kompas.com/read/2022/02/25/100129415/indra-kenz-resmi-jadi-tersangka-ini-deretan-mobil-mewah-miliknya?page=all(写真2)https://www.liputan6.com/showbiz/read/4907568/nasib-tragis-indra-kenz-usia-24-tahun-ngaku-sukses-raih-cita-cita-eh-umur-25-jadi-tersangka-dan-dimiskinkan(写真3)https://www.suara.com/lifestyle/2022/03/09/083241/masih-pengantin-baru-ini-5-potret-dinan-fajrina-istri-doni-salmanan-yang-terancam-20-tahun-penjara(写真4)https://www.ladiestory.id/sumber-kekayaan-doni-salmanan-61473

バイナリーオプションとは

バイナリーオプション取引は、商品先物取引を装ったオンライン賭博です。前述の2人が設定した、このプラットフォーム自体が非合法、また詐欺であることが判明したのです。彼らの取引方法は以下の通りです。

インドラやドニのような、超リッチなアフィリエイター(サイトを運営し、インターネットを利用した広告宣伝を掲載して報酬を得る個人)は、ブローカー(アプリの所有者/開発者)から、新しいトレーダー(アフィリエイターの下位にいる会員)を勧誘するために偽造の収支を提供されます。会員が巨額の利益を上げた場合、ブローカーは口座を凍結させてその資金を取り上げたり、会員が取引を行う際のツールとして使用するローソク足(一定期間における株価の値動きを表したもので、日本発祥のチャート。蝋燭のような見た目から名付けられ、株式取引やFXなどの様々な場面で活用されている)をコントロールしたりすることが可能です。アフィリエイターは、バイナリーオプション取引に負けた会員トレーダーが賭けた名目額の最大70パーセントを稼ぐことができます。ブローカーやアフィリエイターは、会員トレーダーの利益を管理し、その利益を彼らの口座に振り替えようとするのです。

なぜ政府は、このような不正取引を摘発するのに遅れを取ったのでしょうか。2010年に施行された『マネーロンダリング法』では、銀行などの金融機関や、自動車や宝石などの高価商品を扱う店舗に対して、政府は、疑わしい取引があった場合には「金融取引報告分析センター」(PPATK)に報告することを義務付けています。疑わしい取引とは、顧客個人のプロフィールから逸脱したものや、5億ルピア以上の取引が含まれます。そのような報告は、不正行為を摘発するために、警察、検察、汚職撲滅委員会(KPK)に提出され、法執行機関に迅速に報告する必要があります。

税務総局は、ソーシャルメディア等で富を露骨に見せびらかす超リッチな個人の確定申告をなぜ、すぐに監査しなかったのでしょうか。税務調査が所謂、超リッチと自称する人々を調査していれば、不正な財源として不正取引を摘発することができたかもしれません。公務員がきちんと仕事をしていれば、このような詐欺はこれほど長い間続き、多くの人々に損害を与えることはなかったでしょう。国家は有害で違法な行為から国民を保護するだけでなく、不法に得られた富から国家収入を確保することも可能です。適切な税務監査により、政府は超リッチたちから的確な課税対策を取ることができたでしょう。

政府は今年から、年収50億ルピア(357,000米ドル)を超える富裕層の所得税を35%に引き上げました。2002年のナイト・フランク(英国の不動産コンサルティング企業)が出したウェルス・レポートによると、インドネシアには1,403人の『超富裕層(純資産額が3,000万米ドル(約32億円)以上の個人と定義)』がおり、2024年までにその数は57%増加すると予想しました。政府にとっては、税収を増やす大きなチャンス到来です。先物取引の規制機関であるBAPPEBTI(商品先物取引監督庁)は、2021年以来、2人のクレイジー・リッチ容疑者が関与していた『ビノモ』と『クォテックス』を含む1,222の商品先物取引サイトと、92のバイナリーオプションのドメインをブロックしました。クレイジー・リッチの何人かが関与した犯罪を見るに、これらの投資詐欺事件は決して終わりがないように思えます。『ポンジ・スキーム』(アメリカで天才詐欺師といわれた、チャールズ・ポンジがその名の由来で、「出資を募り、運用益を配当金として支払う」と言って資金を集め、実際の運用はなく、新しい出資者からの出資金を配当金として支払いながら、破綻することを前提にお金を騙し取る手法)とマネーゲームは、形式は異なりますが、繰り返し発生しています。MeMiles(広告サービス・プロバイダーのアプリケーションを装った不正投資ファンド会社)、First TravelやAbu Tours(格安のメッカ巡礼ツアー手配業の名目でマネーロンダリングを行なった会社)、Pandawa Group(不正投資ファンド会社)は、ここ最近の違法な投資詐欺例のほんの一部です。これら違法な投資と取引によって被った被害者の損失は117兆ルピア(8,190万米ドル)と推定されています。

テクノロジーの進歩により、詐欺師は不正なアプリケーション・プラットフォームを簡単に設定できるため、違法な投資プラットフォームは今後も増え続けるでしょう。テクノロジーは、人気高まるソーシャルメディアによってサポートされ、より広範囲な社会層に拡がっていきます。不正プラットフォーム、特にサーバーが海外にある投資詐欺を防ぐための金融監督庁(OJK)の投資アラート・タスクフォース(SWI)の尽力をも圧倒する勢いです。この国には、金融リテラシー(日々の家計管理や資産形成、金融取引や保険、金利やローンの知識など、お金と上手に付き合うために必要な知識や判断力のこと)の低い人々が多く、高利回りと言われて違法な投資商品に安易に騙される可能性が高いのが現実です。OJKの調査によると、インドネシアの金融リテラシーのレベルはわずか39%(米国57%、日本43%、シンガポール59%)です。したがい、消費者、特に中産階級に金融リテラシーを浸透させるための金融教育プログラムを強化する必要があります。

投資家を目指す人たちは、異常なほどの高利回りや、成功したという会員の過剰な証言、あるいは簡単に富が得られるという幻想話から、それらがポンジ・スキームだと簡単に見分けることができます。難しい課題は、テクノロジーの急速な成長に伴い、政府には全ての違法な投資行為を監視するためのさらなる努力が求められます。単独機関だけで達成することは不可能です。多くの認可機関間の緊密な協力体制が必要となりますが、違法な投資や取引業務を監視する上で、さまざまな政府機関や法執行機関との間の協力関係やシナジー効果が急激に不足しているのが現状です。

財務省は、2017年以来、提案されていた“AKASIA”(Aplikasi Usulan Buka Rahasia Bank:財務大臣への提案提出を加速するための財務省の内部申請アプリケーション)と呼ばれるシステムを導入することにより、PPATKへの報告、銀行の顧客情報、および納税データの連結を奨励しています。しかし、不正な投資や取引の数が増えているにもかかわらず、華やかなライフスタイルや富を誇示したクレイジー・リッチたち個人の納税を税務当局が監査したかどうかは誰にも分かりません。

Ismail Khozen (The Jakarta Post)

***筆者は、Pratama Kreston税務リサーチ・インスティチュートのシニア政策アナリストで、上記見解は筆者自身の責任において執筆された。

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(以下に続く)

  • クレージー・リッチの行く末
  • 金融取引報告分析センター(PPATK)の役割
  • 現実的な若者たち
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