2022年4月12日、国会はパプア州から分立させる3州各々の設立法案に同意しました。パプア州から分立する3州とは南パプア州、中パプア州、中央山岳パプア州です。州都は南パプア州がメラウケ、中パプア州がティミカ、中央山岳パプア州がワメナ、としています。これら3州が正式に設立すると、インドネシア全国の州の数が37州となります。
これまで、インドネシアでは地方政府の分立が全国で進んで州、県・市の数が増え、それを支える中央からの交付金が増大の一途を辿ったため、このところは分立を認めないモラトリアム期間としてきました。2021年時点でも、そして実は今も、地方政府分立のモラトリアム期間を終えていません。にもかかわらず、パプア州だけは例外扱いされているのです。
かつて、スハルト時代までは、現在のパプア州と西パプア州を合わせた領域、すなわちニューギニア島のインドネシア領部分をイリアン・ジャヤ州と称していました。スハルト政権崩壊を受けたハビビ政権下の1999年、法律第45号により西イリアン・ジャヤ州と中イリアン・ジャヤ州、その他パニアイ県、ミミカ県、プンチャック・ジャヤ県、ソロン市の設立が決定されました。ハビビ政権は、イリアン・ジャヤ州を3州に分立させたのです。西イリアン・ジャヤ州の州都はマノクワリ、中イリアン・ジャヤ州の州都はティミカ、と定められました。
しかしその後、中イリアン・ジャヤ州の設立は見送られ、実際に設立されたのは西イリアン・ジャヤ州のみとなりました。アブドゥラフマン・ワヒド政権下の2002年にイリアン・ジャヤはパプアと改称され、現在のパプア州と西パプア州となったのです。
今回はそのうちのパプア州から3州を分立し、現在のパプア州を4州とすることが決まったわけです。これまでに、パプア州内では県・市の分立が盛んに行われ、その数は2005年の20から2021年時点で29へ増えました。ご承知の通り、パプアでは、インドネシアからの分離独立を画策する独立パプア組織(OPM)と称されるグループが存在し、政府にとってはいかにして分離独立運動を抑えるかが国家的な課題となってきました。県・市の分立促進は、パプア内の種族間の連帯を阻む、一種の分割統治の一環とみられます。この分割統治は、旧オランダ植民地政府がインドネシアの独立を阻むために、種族間の対立意識を高める手段として用いてきたものに他なりません。ハビビ政権下での西・中イリアン・ジャヤ州の分立も、そして今回のそれも、同様の意味を持つものではあります。
では、なぜ今、パプア州から3州の分立が、しかもかなり急いで進められたのでしょうか。
かなり急いで、というのは、この法案は国会のイニシアティブによって上程されたもので、国会内に法案策定の作業部会(Panja)が設置されたのは2022年1月17日、その作業部会での討論を終えて国会全体会議へ法案が提出されたのが4月6日、その6日後に国会が3法案を承認するという、実にスピーディーな展開だったからです。そして、そこには重大な理由がありました。
パプア州分立の話は2000年代からくすぶっていましたが、今回の件が具体化するきっかけとなったのは、第2次ジョコ・ウィドド政権が発足する直前の2019年8~9月、東ジャワで起きたパプア出身学生への差別事件への抗議デモがパプア州や西パプア州の各地へ広がったことでした。抗議デモの広がりに改めてパプア分離独立への懸念を感じた政府が州分立を進めたのでした。
以下では、パプア州からの3州分立へ至る経緯を述べるなかで、2021年7月のパプア特別自治法改正が持つ重要な意味、3州分立への賛否両論、さらなる州分立構想のゆくえについて分析し、州分立が決してパプア分離独立問題の解決にはつながらないことを論じたいと思います。
●3州分立法案へ至る経緯
2019年8~9月のパプア出身者差別への抗議デモは各地で暴徒化し、政府は改めてパプア問題の影響力の大きさを痛感する出来事でした。とくに、パプア州だけに留まらず、西パプア州もまた同調して抗議デモが広がり、パプアが一体化して分離独立へ走り得る可能性を感じさせるものでした。2019年10月に発足する第2次ジョコ・ウィドド政権発足を前に、政府が重視したのは、州分立による分割統治の強化と2021年に改訂されるパプア特別自治法で自治拡大に中央からの楔を埋め込むことでした。
政権移行期で政治家が動けないなか、まず動いたのは、諜報部門の国家情報庁(BIN)でした。抗議デモの余韻がまだ収まらない2019年9月10日、国家情報庁のブディ・グナワン長官は、「パプアの有力者61名」とジョコ・ウィドド(通称:ジョコウィ)大統領の面会をアレンジし、その席で「有力者」は、南パプア州と中パプア州の分立への支持を大統領に訴えました。ジョコウィ大統領は両州の分立への賛意を示しました。
「有力者」との会談で分立に賛意を示したジョコウィ大統領。(出所)https://www.genpi.co/berita/19880/mengejutkan-jokowi-setujui-pemekaran-papua-dan-papua-barat?page=1
この面会は、パプアの最高機関であるパプア人民協議会(Majelis Rakyat Papua: MRP)もパプア州知事も全く知らないなかで行われたもので、素性の分からない「有力者」と大統領との面会に激怒しました。
第2次ジョコウィ政権発足後、地方行政を担当する国会第2委員会とティト内相がパプア州からの州分立の議論をリードしていきます。2019年10月31日、国会第2委員会はティト内相とパプア州の分立問題を話し合うと明言、12月1日にティト内相は中パプア州と中央山岳パプア州の設立要求を書面で受け取り、南パプア州設立要求は口頭であったことを明らかにしました。12月22日には、地方代議会(DPD)のノノ副議長がパプアでの新州設立に賛成であると発言します。
2020年1月20日、自治体の分立などを審議する地方自治審議会(Dewan Pertimbangan Otonomi Daerah: DPOD)の議長も兼ねるマルフ・アミン副大統領は、パプア州での分立について、「まだ分立停止中のモラトリアム期間で緊急性はなく、新州設立はまだ検討段階」と否定的な見解を出します。しかし2日後の1月22日になると、「モラトリアムはパプアには当てはまらない」と発言を訂正し、その理由としてパプアでの新州設立要求が強いことを認めました。
2020年は新型コロナ感染拡大や2021年実施のパプア国体の準備などがありましたが、最も焦点となったのは、2021年11月21日に期限を迎えるパプア特別自治資金の期限を迎える、パプア特別自治法(法律2001年第21号)改訂の問題でした。
(以下に続く)
- パプア特別自治法の改訂、中央の介入
- 新州分立による恩恵
- 新州分立への反発・批判
- アダットに基づくパプア7州構想
- 州分立は分離独立問題の解決策にはならない
読者コメント