よりどりインドネシア

2022年03月08日号 vol.113

小さな島のニッケル製錬反対闘争 ~東南スラウェシ州コナウェ諸島県ワウォニ島~(松井和久)

2022年03月08日 23:30 by Matsui-Glocal
2022年03月08日 23:30 by Matsui-Glocal

3月3日、ツイッターで衝撃的な映像を観ました。警察や軍を伴って土地収用にやってきた業者に対して反抗する住民。土の上に座り込み、服を脱いで上半身ブラジャー1枚になり、泣きわめきながら、油圧ショベルの通行を決死の覚悟で阻止しようとする村の女性たち。そこに「取り押さえろ」「かまわん、取り押さえろ」という男の叫び声。いったい、どこで何が起こっているのか・・・。

映像のアドレスを貼っておきますので、興味のある方はご覧ください。

それは、インドネシア法律擁護協会財団(Yayasan Lembaga Bantuan Hukum Indonesia: YLBHI)がツイッターに投稿した映像でした。起こった場所は東南スラウェシ州コナウェ諸島県(Kabupaten Konawe Kepulauan)のワウォニ島(Pulau Wawonii)にあるルコルコ・ラヤ(Ruko-Ruko Raya)というところでした。そこには、「違法企業GKP社が農民所有の土地を奪いに戻ってきた」という説明がありました。

2月中も、中ジャワ州プルウォレジョ県のブネル多目的ダム建設で、ダム床用の安山岩の採掘に反対するワダス村の住民を警察が強制的に拘束する様子や、中スラウェシ州パリギ・モウトン県での、金鉱開発に反対する住民デモに警官が実弾を発砲する事件など、鉱石採掘に反対する住民とそれを強制的に抑えようとする警察・軍との対立が頻発するようになってきました。

NGOなどで構成する土地問題刷新コンソーシアム(KPA)という団体によると、2021年の鉱石採掘に係る土地紛争の件数は前年比167%増と大幅に増加したということです。また、土地問題全体で影響を受けた19万8859世帯のうちの81%が鉱石採掘によるものだったとしています。本稿では、後ほど、鉱石採掘に係る土地紛争が急速に増加している背景について詳しく見ていきます。

冒頭の衝撃的な映像をきっかけに、ワウォニ島の土地紛争の背景を探っていくと、そこには、ニッケル製錬施設の建設をめぐる企業側と住民との長い紛争の経緯がありました。そしてそれは、この地域で2000年代から続いてきた地方政府の分立、すなわち、かつて1県だったのが4県へ分かれる、という動きも深く関係しています。ワウォニ島を領域とするコナウェ諸島県も、その過程で生まれました。まずは、ワウォニ島とはどのようなところなのか、ということから始めたいと思います。

侵入する重機に対峙する住民たち。(出所)https://haluanrakyat.com/warga-wawonii-kembali-lakukan-pengadangan-alat-berat-milik-pt-gkp-perusahaan-sebut-aktivitasnya-sah

●ワウォニ島、コナウェ諸島県、地方政府の分立

ワウォニ島(ウォウォニ島との呼称も)は、東南スラウェシ州の州都クンダリ(Kendari)の東南、ブトン島の北のバンダ海に浮かぶ丸い形をした島で、面積は867.5平方キロメートル(日本の佐渡島とほぼ同じ)、人口は3万8,849人(2020年人口センサス)の小さな島です。

ワウォニ島(赤く塗られた島)の位置。(出所)https://asiatimes.com/2019/03/mining-permits-revoked-after-wawonii-protests/

このワウォニ島全体がコナウェ諸島県の領域となっており、7つの郡に分かれ、西ワウォニ郡のランガラ(Langara)が県都となっています。

人口わずか3万人余で一つの県になっているというのはちょっと驚きですが、インドネシア全体で最も人口の少ない県は北カリマンタン州のタナティドゥン県で2万4,243人であり、最も人口の多い県は西ジャワ州ボゴール県で479万247人となっています。

コナウェ諸島県は2013年4月にコナウェ県からの分立により、成立しました。ここで、この地域における地方政府の分立の歴史を簡単に振り返っておきます。

東南スラウェシ州のスラウェシ本島の半島部(陸地部分)は以前、東側がクンダリ県、西側がコラカ県の2つでした。1995年8月、東南スラウェシ州の州都クンダリがクンダリ市として、クンダリ県から分立し、それに伴って、クンダリ県の県都がクンダリからウナアハ(Unaaha)へ移ります。2001年に地方分権化が正式に始まると、地方政府の分立が全国各地で起こっていきます。2003年2月には、南コナウェ県がクンダリ県から分立します。そして2004年10月、クンダリ県はコナウェ県へ改称します。続いて2009年4月、北コナウェ県がコナウェ県(旧クンダリ県)から分立、最後、2013年4月、コナウェ諸島県がコナウェ県から分立します。かつてはクンダリ県1県だった領域は現在、1市4県となりました。

地方政府分立の要因の一つは、新州の設立です。今は原則としてストップされていますが、法律上、5つの地方政府が揃えば、新州の設立要因の一つが整うことになります。東南スラウェシ州政府はこれまで、島嶼部のムナ島・ブトン島出身の政治家が州知事ポストなど要職に就く傾向が強く、半島部ではそれに対する不満がくすぶっていました。東南スラウェシ州を半島部と島嶼部の2つの州に分立すべし、という声は以前からあり、島嶼部でもかつてのブトン県は1市5県(バウバウ市、ブトン県、中ブトン県、北ブトン県、南ブトン県、ワカトビ県)に、ムナ県もムナ県と西ムナ県の2県に、それぞれ分立しました。地方政府の分立では常に、住民に対して行政サービスがよりきめ細かく行えるようになるという理由が語られましたが、それは建前に過ぎませんでした。

実際の分立は、資源からの利益確保が目的となっています。地方分権化では、資源富裕な地方政府の歳入分与、すなわち国家歳入における取り分が大きく優遇されます。実際、半島部のとくに北部は、世界有数のニッケル鉱石の産地です。この資源権益を得るために、分立に対する動機は大きかったといえます。

実際、現在では各県とも、ニッケル鉱石採掘やニッケル製錬施設の建設・稼働が進んでいます。東南スラウェシ州には鉱山企業が189社あり、そのうちの138社がニッケル採掘企業で、そのニッケル採掘企業のうちの50社が北コナウェ県に立地しています。また、南コナウェ県には、複数のニッケル製錬施設の建設が予定されている一方、土地収用や環境破壊に対する住民の反対運動も頻発しています。

冒頭のコナウェ諸島県ワウォニ島の映像もまた、ニッケル製錬施設の建設をめぐる住民の反対運動でした。ワウォニ島のケースは、南コナウェ県などのケースとはやや異なる側面があります。以下では、それについてみていきます。

●ワウォニ島でのニッケル製錬をめぐるこれまでの経緯

ワウォニ島ではいつ頃からニッケル製錬施設の話が出てきたのでしょうか。そして、これまでに、住民との間で、どのような経緯をたどってきたのでしょうか。以下ではその概要を見ていきます。

事の発端は、ワウォニ島がまだコナウェ県に属していた2007年2月、コナウェ県知事がシンガポール系企業のDBM社(PT Derawan Berjaya Mining)に対して、ワウォニ島の4村を含む区域1万ヘクタールでの砂クローム採取に関する鉱業事業許可(IUP)を供与したことにあります。この決定プロセスには住民は全く関与していなかったため、住民との間で対立が起こりましたが、DBM社が住民に対して土地収用の賠償額、道路などのインフラ整備、子どもへの奨学金の付与などを約束することで、住民と和解しました。なお、DBM社が最初から砂クロームの採取を目指したのか、その後、ニッケル製錬を目指すようになったのかなどは不明です。現時点でも、GKP社とは別に、DBM社の鉱業事業許可もまだ有効のようです。

2013年4月、コナウェ県からコナウェ諸島県が分立しました。

約束から8年経った2015年5月、DBM社が約束した事項を一切実行しないことに怒った住民らがDBM社の社屋や宿舎に放火し、同社所有の6台のトラックや重機を破壊したことで、住民2名が警察に逮捕されました。住民らは2名の釈放を求めて州都クンダリの東南スラウェシ州警へ押しかけるとともに、州知事庁舎にもデモを行いました。

DBM社の鉱業事業許可自体にも問題があり、1万ヘクタールの区域に342.17ヘクタールの保護林区域が含まれていました。この時点で、ワウォニ島では18件の鉱業事業許可が有効であり、当時の県知事による鉱業事業許可乱発がここでも行われていました。

その後も住民によるDBM社への抗議行動は続き、2018年10月、大規模な抗議デモが発生しました。コナウェ諸島県政府は鉱山紛争特別委員会を設置し、10月末に住民代表を招きます。その結果、県政府との間で15件の鉱業事業許可を撤回することで合意し、合意内容を東南スラウェシ州政府へ通知しました。しかし、州政府はすぐには承認しませんでした。

2019年3月、なかなか決定しない東南スラウェシ州政府に圧力をかけるため、住民らは2回にわたる大規模デモを行いました。300人以上の住民が参加し、州知事との面会を要求し、住民を支援する学生もデモに合流しました。その数日後のデモで、住民らは警察と衝突し、警察は催涙ガスを使用、殴打により11人が負傷し、数人が病院へ担ぎ込まれました。

州都クンダリの東南スラウェシ州警察前で「ワウォニ島を救え」の横断幕を掲げるデモ隊。(出所)https://potretsultra.com/pt-gkp-diduga-serobot-lahan-ironisnya-pemilik-lahan-malah-jadi-tersangka/  

2019年3月8日、ジャカルタの土地問題・空間計画省での話し合いの結果、コナウェ諸島県の空間計画において、ワウォニ島での鉱業は含められないとの見解が示されました。このため、鉱業事業許可を持つ企業は活動を停止させ、空間計画の内容確定を待つこととなりました。

2019年3月13日、東南スラウェシ州副知事が15件の鉱業事業許可を撤回すると住民に約束しました。しかし4月、州政府は15件の鉱業事業許可のうち9件を撤回する一方、6件は違法性がないとして撤回しないと決定しました。これに伴い、GKP社などが工事を再開させたため、住民が再び抗議行動を起こし、2名が死亡しました。ニッケル鉱石の採掘はまだでしたが、GKP社は道路、積出港、従業員宿舎の建設を開始しました。

2019年8月19日、GKP社が土地に侵入したとして住民が警察へ訴えました。ところが警察は8月22日、GKP社とともにスカレラ・ジャヤ村に現れ、GKP社が土地収用で3回目の侵入を行うなか、掘削機やブルドーザーなどの重機が使われ、カカオ、ココナツ、バナナなどの畑地が破壊されました。そして、GKP社の工事を妨害し、工事作業員を恫喝したとして、住民ら27人が警察に拘束される事態になりました。

その後、2019年8月25日に、GKP社がサイトから重機を撤退させますが、9月14日、住民が再びGKP社側と衝突する事態が起こりました。

(以下に続く)

  • GKP社とハリタ・グループ
  • 沿岸地域・小島管理法と空間計画
  • 県知事選挙、空間計画の承認、MoU締結
  • 鉱物・石炭採掘法改正の影響
  • おわりに

 

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