よりどりインドネシア

2022年02月08日号 vol.111

いんどねしあ風土記(33)時代を切り取る人々:ドキュメンタリームーブメントの背景とは ~ジャカルタ首都特別州、西ジャワ州デポック~(横山裕一)

2022年02月08日 03:12 by Matsui-Glocal

近年、インドネシアでドキュメンタリー映画の制作に取り組む人が増加傾向にあるという。シネマコンプレックスなど商業用映画館でも、約5年前からほぼ毎年のように上映されるようになっている。ドキュメンタリー映画のテーマは多分野にわたるが、それぞれの時代を反映した社会問題を浮き彫りにすることが多い。この時期になぜ時代を切り取ろうとする動きが増えつつあるのか、その社会背景を考える。

●「ビオスコピ」

毎週日曜日の夜、首都ジャカルタ南郊の西ジャワ州デポックで、『ビオスコピ』と名付けられたドキュメンタリー映画の上映会が開かれている。インドネシアでよく見受けられる「ルコ」と呼ばれる建物、4軒並ぶ店舗兼住居の一角の2階。映画監督ユダ・クルニアワン氏の事務所に設けられた映写室である。

『ビオスコピ』会場の映写室。新型コロナ対策で鑑賞は15人限定。

「普段鑑賞できる機会の少ないドキュメンタリー映画を少しでも多くの人に」

ユダ監督は上映会の動機をこう話した。上映会の名前『ビオスコピ』(Bioskopi)とは、インドネシア語の映画館(ビオスコップ/ bioskop)とコーヒー(コピ/ kopi)をくみ合わせてユダ監督が作った造語だ。コーヒー片手にくつろぎながらドキュメンタリーを鑑賞し、語り合おうとのコンセプトからである。新型コロナウィルス感染対策の活動制限が緩和された2021年10月から上映会を始め、すでに十数回開催されている。

上映作品は、1998年の政変時に起きた人権侵害事件を題材としたものや、セクシャルハラスメントを乗り越えて夢を掴もうと努力を続ける女性を描いたものなどユダ監督自身の作品を始め、獄中で出生した赤ん坊の養育問題、さらにはある程度の年齢に達したため刑期を残した母親を置いて一般社会に出るものの身寄りのない子供の問題を扱った作品、帝王切開による出産にトラウマを持ち通常分娩を望む妊婦と協力する産婆の物語、また2002年にバリで起きた爆弾テロ事件の犠牲者と実行犯それぞれの家族のその後を描いた作品など、テーマは多岐にわたっている。

上映会に作品を制作した監督ら関係者が同席した際には、上映後にミニ講演会が開かれ、作品テーマの問題の背景や詳細などが解説される。参加者は十代、20代の若者が中心で、地元デポックだけでなく、ジャカルタからわざわざ来る人も多いという。

2021年年末には、地元デポックにあるドキュメンタリー制作コミュニティのメンバーや近郊の制作者が集まってディスカッションも開かれた。ユダ監督の事務所は小規模ながらドキュメンタリー映画の発信だけでなく、テーマを深める意見交換や討論などコミュニティの場になりつつある。

ユダ・クルニアワン監督

鑑賞後のユダ・クルニアワン監督とのディスカッション(写真提供・ユダ監督)

ユダ・クルニアワン監督(39)は2000年代前半、ジョグジャカルタの大学で映画を学んだ後、テレビや映画の編集スタジオに勤務した。ドキュメンタリー映画制作に関心を持ったのは2007年、津波災害後のアチェで開かれたドキュメンタリーのワークショップに参加したときだったという。以後、カメラ撮影、ディレクトの勉強を再開し、商業映画作品の助監督などを経て、2010年代から自身のドキュメンタリー映画の取材、制作に取り組み始めた。

2018年に制作した作品『草根の唄』ではインドネシア映画祭でのドキュメンタリー部門最優秀作品賞をはじめ、韓国・釜山やメルボルンなど数多くの国際映画祭で受賞、ノミネートされ、2020年商業用の映画館でも上映されている。

ユダ・クルニアワン監督

ユダ監督が近年ドキュメンタリー映画に対する人々の関心が高まっていることを実感したのは、『草根の唄』の一般上映後だったという。ソーシャルメディアを通じて同作品の出張上映会の希望を募ったところ、二日後には全国各地の団体やコミュニティ、大学などから約100件もの申込みが殺到したためだ。

「若者たちにとって、同作品で取り上げた内容は新たな驚きだったようです」

ユダ監督は一般上映後に聞いた感想などからこのように分析する。作品『草根の唄』は1998年、当時民主化弾圧を続けていたスハルト政権下で、民主活動家13人が行方不明となった未解決事件がテーマで、現政権の人権侵害事件に対する姿勢を問う内容にもなっている。インドネシア史にとって大きなトピックスのひとつであるスハルト長期独裁政権の崩壊と民主化、それに伴う様々な事件、事象は年配者にとっては20年前とはいえ今も記憶に鮮明に残るものの、当時子供だった、あるいは後に生まれた現在の10代後半から20代の世代にとっては空白の時代でもある。学校でも詳しく教えられることもなく、知る機会は極端に限られている。1998年の歴史的動乱のなかで何が起きたか、ユダ監督の作品『草根の唄』を通じて初めて知る若者が多かったのも事実のようだ。

「知らなかったことを新たに認識することは大切なことです。知識を深め、視野を広げることにつながります。ここにドキュメンタリー映画を観る価値、意義があり、多くの若者に観て、感じてもらいたいと思います」

上映会『ビオスコピ』を主催するユダ監督はこのように話した。一見、平穏にみえる日常社会のなかにも、ここに至るまでに何があったのか、また日常の裏側にどんな問題が潜んでいるのか、上映会を通じて、これらを見極める「目」を若い世代に育んでもらいたいと願っているようだ。

●高まるドキュメンタリームーブメント

2020年3月、南ジャカルタにドキュメンタリー制作者が自由に使えるコミュニティスペースがオープンした。1階は作業やミーティング用で、2階には試写室が設けられている。映画作品やテレビ番組の編集などを手掛ける制作プロダクションが教育文化省の支援を受けて整備したものだ。関係者をはじめ、芸術大学の学生やアマチュア制作者が参加し、初日はオープンを記念してドキュメンタリー映画の上映と意見交換会が開かれた。

ドキュメンタリー・コミュニティスペースのオープンイベント(2020年3月)

参加した20代半ばの女性はアマチュアで、何を撮影しているか聞いてみた。

「大家族制をテーマに家族の様々な様子を撮影しています」

インドネシアでは現在も大家族制度が多く引き継がれているが、首都圏をはじめとした都市部では、日本のような核家族化の兆しも見え始めている。こうした社会変化の記録を試みているようだ。

ドキュメンタリー作品を手掛ける制作者のための全国組織として2019年に結成されたヌサンタラ・ドキュメンタリスト協会(ADN)によると、現在全国に34支部あり、正会員は約380人が登録しているという。首都圏だけでも50人いる。このように全国組織を立ち上げたのも、近年のドキュメンタリー制作者の増加を反映してのことだ。

結成後まもなく、新型コロナウィルス流行によるパンデミックの時代になるが、ここでこの全国組織ADNは活躍の場を得た。2020年4月、政府が社会活動制限を実施するなか、教育文化省が国民に対して感染予防の必要性を訴える啓蒙も兼ねて、ADNに活動制限下の人々の生活を描いたドキュメンタリー番組の制作を依頼したためだ。

ADNの呼びかけで全国のドキュメンタリストたちが撮影を開始し、わずか2ヵ月間で400時間分に及ぶ映像が各地から寄せられたという。各エピソードは1分から数分とごく短いものの、パンデミック初期の人々の生活の変化が蓄積され、国営放送TVRIで放送された。番組タイトルは『パンデミックの記録』(Rekam Pandemi)である。

TVRI番組『パンデミックの記録』(2020年6~8月放送)

内容は、家庭でオンライン授業をする子供や伝統舞踊が課題でパソコンのカメラを前に踊る学生、伝統市場での過密を避けるため食材をバイクで巡回する業者から購入する主婦、夜間外出の原則禁止に伴い治安を守る地域の自主夜警団の活動、マスクの必要性などを歌にのせてネット配信する芸術家など多岐にわたる。前述のユダ・クルニアワン監督も何本か撮影取材し出品している。

近年、全国各地でドキュメンタリストたちが増加しはじめた背景として、ヌサンタラ・ドキュメンタリスト協会(ADN)のエルラン・バスリ事務局長は技術環境の向上を要因のひとつにあげた。

「撮影機材がコンパクトになり手が届く価格になったことと、インターネットメディアの充実で撮影したものを手軽にアップロードできるようになったことで、誰もが取り組みやすくなったのが大きな要因のひとつです」

インドネシアでは、日本のように家庭用のビデオ専用カメラが普及していない一方で、ビデオ撮影もできるデジタルカメラの保有率が比較的多い。近年は特に大ぶりで高額な一眼レフカメラだけでなく、より小型でありながら高画質で安価なミラーレスカメラが充実してきたことから、本格的なビデオ撮影を試みる人が増えた。

さらに動画アップサイトなどの普及で、自ら制作した作品を簡単にアップロードできるため、インターネットさえつながっていれば地方のどこからでも作品を発信できる環境が整い、ドキュメンタリー制作活動に拍車をかけたという。

今回の『パンデミックの記録』の場合、各地方で撮影され、ネット送信されたドキュメンタリストたちの映像を中央でまとめて編集するなど、効果的な作業ができたとして、今後、各地方制作者と中央とをつなぐモデルケースにもなったという。ADNのエルラン事務局長は「我々の今後の活動において記念碑的な取り組みだった」と評価する。さらに撮影環境の技術的な整備と合わせて次のように言及した。

「インドネシアは民主化の時代に入って以降、言論表現を自由に行えるようになったのに伴い、多くの人々が様々な分野において注視し、問題を見出そうとする視点を持つようになってきています。このためドキュメンタリーは新時代の新メディアになりうる存在だと考えています」

(以下に続く)

  • 製作現場から
  • ドキュメンタリーウェーブの背景にある民主化後退への危機感
  • 「アジ・サカ」
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