よりどりインドネシア

2021年12月08日号 vol.107

雇用創出法(オムニバス法)の違憲判決をめぐって(松井和久)

2021年12月08日 20:17 by Matsui-Glocal
2021年12月08日 20:17 by Matsui-Glocal

インドネシアへの投資誘致を目的として、ジョコ・ウィドド(通称:ジョコウィ)政権が命運をかけて制定した雇用創出法ですが、2021年11月25日、憲法裁判所から「違憲」との判決を受けました。

通常、違憲判決を受けた法律はただちに執行停止となるのですが、雇用創出法には、改訂のための2年間の猶予が与えられました。この猶予期間中、雇用創出法は有効なままとなります。違憲判決を受けた法律が、一定期間ではあっても、違憲のまま有効となる、という異例の判決となりました。

改訂のための2年間の猶予期間中、雇用創出法の新たな実施規則の制定や雇用創出法に大きな影響を与える戦略の策定などは禁じられますが、雇用創出法の効力は維持されることになります。

雇用創出法への違憲判決を読み上げる憲法裁判所のアンワル・ウスマン裁判長。(出所)https://nasional.kontan.co.id/news/inilah-dampak-putusan-mk-soal-uu-cipta-kerja-terhadap-keberlangsungan-lpi

実際、9人の裁判官で審査された今回の判決では、裁判長を含む4人が合憲、5人が違憲と判断が大きく分かれました。

判決では、雇用創出法のどこが違憲とされたのでしょうか。また、改訂するとは雇用創出法のどこをどのように改訂するのでしょうか。何をもって、改訂されれば合憲と見なしうるのでしょうか。

これらの問いに答えるには、そもそも雇用創出法とはどのような法律なのか、どのような経緯を経て制定されたのか、そしてなぜ問題となったのか、といった点をもう一度復習しておく必要がありそうです。今回は、オムニバス法とも称される雇用創出法についておさらいをしたうえで、今回の違憲判決が意味するものを説明したいと思います。

●雇用創出法(オムニバス法)とは

筆者はこれまで、以下のように、『よりどりインドネシア』で雇用創出法を3回取り上げてきました。

まず、触れておきたいのは、雇用創出法はオムニバス法だということです。正確に言うと、雇用創出法は、「オムニバス法」という手法を使って制定された法律であるということです。

オムニバスというのは、いくつかの独立したストーリーを並べて全体で一つの作品にしたものです。そして、オムニバス法という手法は、様々な法令の関連条文のみを改訂・削除し、その部分を抜き出して合体させて、一つの法律にしたものです。

たとえば、雇用創出法は、次のような形式で書かれています。右側はそれを抄訳したものです。

オムニバス法という手法を用いた雇用創出法の条文の一例。(出所)筆者作成。

上記の例では、労働に関する法律2003年第13号の第13条を以下のように変更する、としたものが記載されています。この後、労働に関する法律2003年第13号の他の変更・削除された条文がずらずらっと続いていきます。そして、これら労働に関する法律2003年第13号で変更・削除された様々な条文をひとまとめにしたものが、雇用創出法第81条になります。これが「オムニバス法」という手法です。

雇用創出法の対象となったのは合計で79法、1,203条文でした。その内訳は、事業許可の簡略化(52法・1,042条文)、投資条件(4法・9条文)、労働(3法・63条文)、零細中小企業・協同組合(3法・6条文)、事業円滑化(9法・20条文)、研究開発・イノベーション支援(1法・1条文)、行政管理(2法・11条文)、罰則(新規)、用地確保(2法・14条文)、国家戦略投資プロジェクト(新規)、経済区(3法・37条文)となっています。

政府が雇用創出法の制定で「オムニバス法」という手法を用いたのは、投資誘致に関連するすべての法令の改訂にも、また、関連する法令間で必ずや生じる齟齬を見つけて調整するのにも、膨大な時間と労力が必要となるため、投資誘致をできるだけ早く進めたい政府としては、オムニバス法という手法で雇用創出法を作ってしまうことを選択したのでした。その背景には、オムニバス法という手法を使った法令改正で投資を呼び込み、インドネシアをはるかに上回る注目度となったベトナムの姿がありました。

そして、このオムニバス法という手法を採ったことこそが、今回の憲法裁判所による違憲判決を招いた要因の一つとなったのでした。

(以下に続く)

  • オムニバス法は法令制定法違反
  • 国会可決後に相次いだ雇用創出法の内容変更
  • 政府にとって違憲判決は朗報だった?
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