よりどりインドネシア

2021年11月22日号 vol.106

ウォノソボライフ(46):ウォノソボ三傑物語(1):キアイ・ワリックと街づくり(神道有子)

2021年11月22日 23:41 by Matsui-Glocal

朝、日が昇り始め学校に仕事にと人々が行き交う頃。街の中心部にある広場「アルンアルン」(Alun-alun)も活気づいてきます。

ウォノソボは小さな地方都市で、商業施設や娯楽も限られています。そんななかで、このアルンアルンはいつでも人々の憩いの場として、あるいは運動やエクササイズの場として活躍しているのです。

インドネシアの特にジャワ島各都市に見られるアルンアルンですが、実はただの公園ではありません。そこにはある規則や歴史的意味が含まれています。

とりわけ、ウォノソボのアルンアルンはとある人物の伝説と切り離すことができません。ウォノソボの成り立ちに関わるとされる三傑(Tiga Kelana)。そのうちの一人が現在に至る都市デザインに与えた影響とは・・・?

伝統的広場アルンアルンの構造、三傑伝説、そしてウォノソボ最古のモスクなど、今回は街の中心部をクローズアップしていきます。

●統治者と市民をつなぐアルンアルン

ジャワをあちこち移動していると、ふと景色が開けて大きな広場に行きあたることがあります。大概は地面が芝生に覆われていて、大きなガジュマルの木があって・・・。アルンアルンと呼ばれる広場です。

場所によってはアスレチックがあったり、噴水などのオブジェやモニュメントが建っていたり、と細かなデザインは様々ですが、基本的な様式はおよそ共通しています。すなわち、敷地が四角形をしていて、それを取り囲むように木が植えられており、そして、周辺に自治体の庁舎やモスクなど重要な機関があること、などです。

ソロやジョグジャカルタのものが特に有名でしょうか。王宮のすぐそばにあります。

そう、アルンアルンは、王宮あるいは知事などの地方諸侯の住まいとワンセットのものなのです。

王宮の前面に広がるアルンアルンは、王と国民との接点でありました。王宮に用事のある者は、直接王宮には入らず、まずはアルンアルンでじっと待ちます。そして、王宮へ入ることが許されると、そこから静々と王宮へ進む、というのが作法でした。待合室のような役割があったのです。

また、王が国民にお触れを出す場、または国にとって重要な儀式や式典を執り行う場でもありました。王侯貴族による競技もここで行われています。

いつからアルンアルンがあったのか、はっきりとはしていません。が、植民地が始まった頃にはすでに現在のような様式となっていたようで、ヒンドゥー王国時代からあったのでないかという見方もあります。

王宮に関連した構造であるという特徴から、基本的にアルンアルンは一つの都市に一つとなっています。ソロとジョグジャカルタは王宮を挟んで北のアルンアルン、南のアルンアルンと2つ存在していますが、これは例外的なケースと言えるでしょう。そうした点も、アルンアルンが一般的な公園とは異なる意味合いを持った広場であるとわかります。

さて、ウォノソボのアルンアルンは以下のような位置、構造となっています。

南北に細長い中心街のなかに、ぽっかりと四角の空間が開けているのがわかります。

アルンアルンを中心とし、北側に歴代県知事の住まいであるプンドポ(Pendopo Bupati)、東に県庁、南には図書館や各種銀行が集中し、刑務所も。さらにその先には県内最大の市場があります。西側は地区軍(KODIM: Komando Distrik Militer)の基地があり、その他にも、この周辺には検察庁や県議会議事堂など、行政にとって重要な機関が集中しています。

アルンアルンのなかの北西、北東にあるパセバン(Paseban)とは、東屋タイプの休憩所のことです。

かつて、県知事に面会希望の人がここでプンドポ入場の許可がおりるのを待っていた場所です。今は、日中の強い日差しや雨を避ける場所として、人々が思い思いにリラックスするところになっています。

ぐるりとアルンアルンを取り囲むように植えられているのと、中央にドンと据えられているのはいずれもガジュマルの木です。

(インドネシア語でberingin。正しい日本語名がシダレガジュマル、ベンガルボダイジュ、あるいはもっと別の名なのかよくわからないので、ここでは便宜的にガジュマルと呼びます)

インドネシアにおいてガジュマルは神聖さを象徴するものとして捉えられています。建国5原則にも国民統一の象徴として登場するほどにポピュラーな植物です。ガジュマルの木の下で儀礼を行なったり、また精霊や幽霊が住むと噂されたりするなど、常にどこかミステリアスなイメージを持っているようです。

アルンアルンには、中央にガジュマルが2本あるタイプと1本のタイプがありますが、ウォノソボは後者ですね。

以上、Googleマップなどで他の近隣都市のアルンアルンと比較しても、オーソドックスなつくりと言えると思います。

このアルンアルンですが、今の形を整えたのが、三傑の一人、キアイ・ワリック(Kyai Walik)であるとされています。

キアイ・ワリックとは一体どんな人物なのでしょうか?

(以下に続く)

  • 三傑伝説
  • ウォノソボ最古のモスクと聖なる墓所
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