よりどりインドネシア

2021年10月22日号 vol.104

高速鉄道に賭けたはかなき夢の行方(松井和久)

2021年10月22日 23:20 by Matsui-Glocal

政府によると、インドネシアのジャカルタ=バンドン間の高速鉄道建設は、すでに79%の工事を完了し、2023年開業の予定です。しかしここに来て、建設費の大幅な増加をはじめとして、新たに様々な問題が浮かび上がってきました。

インドネシアの高速鉄道建設については、日本からも大きな関心が向けられてきました。なぜなら、最初にインドネシアへ「新幹線」を売り込もうと働きかけたのは日本で、JICAによる周到な調査を時間とコストをかけて実施してきたにもかかわらず、最終的に、インドネシアは中国への受注を決定したからです。

ジャカルタ=バンドン間高速鉄道で使用される予想車輛。(出所)https://www.liputan6.com/bisnis/read/3992128/simak-kecanggihan-kereta-cepat-jakarta-bandung

日本は従来通りの政府開発援助(ODA)に基づく円借款での建設を想定していましたが、インドネシア側は政府債務増加という理由で日本案を退け、政府負担・政府保証不要という破格の条件を示した中国の提案を受け入れました。このインドネシアの心変わりは、それまで懸命に売り込みを図ってきた日本の実業界や政治家の怒りと失望を招き、インドネシアに対する信用を大きく失墜させることとなりました。

インドネシアの高速鉄道建設受注をめぐる日本と中国のせめぎ合いについては、これまでに多くのメディアで取り上げられ、日本でも大きな話題となりました。ただ、その経過をみる限り、できる限り日中双方を平等に見ようとしても、残念ながら、私見では、2014年10月のジョコ・ウィドド(通称:ジョコウィ)大統領就任以降、中国による受注への流れに傾いたことは明白です。

たとえば、日本が2014年にJICAによる詳細な事業化調査を開始したにもかかわらず、ジョコウィ大統領は2015年1月、コスト高を理由に高速鉄道建設の中止を表明します。ところが、中止となったはずの高速鉄道建設に対して、2015年3月、ジョコウィ大統領の訪中に合わせて中国が入札を表明すると、インドネシア政府は一転して2015年7月、「競争入札を行う」と発表しました。

日本がこの流れに反発するなか、日中によるロビー活動が活発化すると、2015年9月3日、ジョコウィ大統領は再び高速鉄道建設計画凍結と発表し、低コストの低速鉄道への変更や民間=民間による事業を志向し、国家予算支出や政府による債務保証を求めない、と表明します。すると、日本が円借款による建設の代替案を出せないなか、中国は9月半ば、すぐにそれらの条件を受け入れると発表、2015年9月29日、中国案の採用が決定しました。その1週間後、2015年10月6日付でジャカルタ=バンドン間の高速鉄道インフラ整備迅速化に関する大統領令2015年第107号が発出されました。そして、同じ10月中に中国とインドネシアの合弁で中国インドネシア高速鉄道会社(KCIC: Kereta Cepat Indonesia China)が設立されるのです。インドネシアにしては珍しいほどの手際の良さが目立ちます。

日本側は、民間=民間かつ国家予算投入ゼロ、政府債務保証なしで高速鉄道建設などできるわけがない、と批判しました。実は、民間=民間といっても純粋な民間ではなかったのです。それは中国の国営銀行がインドネシアの国営銀行へ貸し付ける形であり、インドネシアの国営銀行からの返済が滞れば、国家予算による政府資本参加が必要になる、という意味で、事実上の政府による債務保証が組み込まれていて、最悪の場合はインドネシアの国営銀行が中国の国営銀行に買収される可能性さえ考えられました。国営企業という手段を持たない日本では難しい芸当でした。

当初、2019年8月だった高速鉄道の開業が2023年に延びただけでなく、高速鉄道の建設費は当初予定を大きく上回る状態になり、とうとう、ジョコウィ大統領は2021年10月6日付大統領令により、高速鉄道建設への国家予算投入を認めました。KCIC社に出資するインドネシアの国営企業への政府資本参加のためです。結局、「国家予算支出や政府による債務保証を求めない」という前言を翻す事態となり、中国案を採用した根拠が無意味になってしまいました。

今回は、高速鉄道建設費増加へのインドネシア政府内の対応を簡単に見た後、高速鉄道に業績回復の夢をかけた国営企業、沿線開発に胸躍らせた企業や人々の姿に触れながら、高速鉄道がもたらしたはかなき夢の行方を考えてみたいと思います。

建設中のワリニ・トンネル。(出所)https://ekonomi.bisnis.com/read/20190514/98/922497/kereta-cepat-jakarta-bandung-ditargetkan-tuntas-dibangun-akhir-2020

(以下に続く)

  • 建設費増加、政府出資・政府債務保証へ
  • 高速鉄道に賭けた国営第8農園
  • 乗換指向開発(TOD)ニュータウン
  • まき散らされた夢、消えたワリニ駅建設
  • はかなき夢の先に何があるか
この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

パプアで国体が開かれた意味(松井和久)

2021年11月22日号 vol.106

国軍司令官人事とその裏にある政治シナリオ(松井和久)

2021年11月07日号 vol.105

ラサ・サヤン(21):“GoTo” アナック・バンサ! ~ゴジェックとトコペディア~(石川礼子)

2021年09月07日号 vol.101

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)