よりどりインドネシア

2021年10月22日号 vol.104

ウォノソボライフ(45):未確認生物口伝(神道有子)

2021年10月22日 23:21 by Matsui-Glocal

先日、ネットニュースを見ていて、驚いたことがありました。

「アス・キキック(Asu Kikik)って実在してたの!?」

記事は1年ほど前のものです。西ジャワ州のクニンガン県にて、とある村々に『アジャグ』(Ajag)が出て家畜のヤギが十数頭ほど襲われて死んだ、という内容でした。

https://bali.tribunnews.com/2020/12/20/terkuak-ajag-makhluk-beringas-penghisap-darah-di-balik-misteri-matinya-puluhan-kambing-di-kuningan?page=4

アジャグというのはスンダ語で、ジャワ語ではアス・キキック…キキック犬、またインドネシア語ではアンジン・フタン(Anjing Hugan: 森の犬)と呼ぶ、とあります。

アス・キキックについてはこのあたりでも話を聞きます。ディエン高原に出るというアス・キキックは、「獲物の内臓を好んで食べる獣」なのだそうです。しかし奇妙なことに、その食べ方は、獲物の肛門から内臓を吸い出すというもので、そのため一切の外傷は残らないのだとか。死んだ羊や山羊の皮を剥がしてみると、お腹の中身が空っぽになっていて、アス・キキックの仕業だと分かるのだそうです。

西ジャワでの事例でも、死んだヤギたちは肢体が損傷しておらず、ただ一点、穴が開いていてそこから全身の血を吸われているという、不思議な死に方をしていると報じられていました。住民は夜に数頭のアジャグを目撃しており、退治しようとしたものの逃げられたのだと。

スンダでも同じようなやり口で語られる存在なんだなと、私は半ば感心しました。

ところが、改めてアス・キキックとはどんな妖怪なんだろうと検索してみると、なんと実在の動物の名前として情報が出てくるではありませんか。

私は、てっきりそういう名前の怪異や妖怪の類だと思っていたのですが、そうではなかったようです。

というわけで、今回は「目撃談や記録にはあるけれど実際のところはどうなってるの?」という生物(?)たちのエピソードをまとめてみます。

●実在と架空と

アジャグ、アス・キキック、アンジン・フタンといった名で紹介されているのは、この動物でした。

出典:https://id.m.wikipedia.org/wiki/Ajak

犬・・・という名前の割には、ほっそりとしたプロポーションで、狐に似ている印象を受けます。学名はCuon alpinus。英語ではDhole、日本語では同じくドールまたはアカオオカミと呼ぶそう。リカオンやジャッカルに近い、イヌ科の動物です。

南アジアや東南アジアに広く分布しているようで、インドネシアではスマトラ島とジャワ島に生息しています。森林に住み、群れで狩りをするといった、いかにもイヌ科らしい生態です。

なるほど、これは森の犬という名前にふさわしい存在。家畜を襲うのも充分あり得る話で、畜産農家が害獣として手を焼いてきたのも想像に難くありません。

しかし、イヌ科の動物であるのなら、肛門から内臓を吸い出す、小さな穴から血だけを啜るといった食べ方をするものなのでしょうか?

そもそも、どれだけ強力な吸引力があったとしても臓器を吸い出すなど現実離れしています。

私は、最初にアス・キキックの話を聞いたときに「キャトルミューティレーションみたいだな」と思いました。

【キャトルミューティレーションとは】1970年代のアメリカで起きた、惨殺された家畜が次々と見つかった事件のことです。臓器のみがすっぽりと消えている、全身の血が抜きとられているといった、およそ方法が不明な犯行だったために、UFOや宇宙人の仕業とされました。オカルトブームの頃に日本でも広く紹介されています。

これらも、後に現実的な解答として「死んだ動物の死体は柔らかい部分から腐って溶けていく」「血は地面に染み込んで無くなったように見える」といった説明がなされるようになりました。

本当のところはわかりません。が、家畜が臓器や血を失くして死ぬといったことは普遍的にあり、アメリカではそれに宇宙人、ジャワ島ではアス・キキック/アジャグという理由づけがされて理解されていたのではないか、というのが私の考えです。

実在の動物に、実際以上の能力や意味づけをすることは日本でもお馴染みです。

狐や狸は人に化けるし、蛇は神の使いで、カワウソもイタチも猫も狼も年月を経たものは妖怪になります。

それらは、奇妙でおよそ理解しがたい現象を宙ぶらりんにしておくことは気持ちが落ち着かず、犯人や理屈がわかれば安心するといった心理の証左でもあるでしょうし、またそうした動物がいかに人の生活の近くにいたかという証拠ともなるのでしょう。

(以下に続く)

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