よりどりインドネシア

2021年08月23日号 vol.100

往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第26信:インドネシアの反戦アニメ映画(横山裕一)

2021年09月01日 00:08 by Matsui-Glocal

轟(とどろき)英明 様

昨年に続き、コロナ禍でのインドネシア独立記念日を迎えました。テレビでは来賓のいない大統領宮殿での国旗掲揚式典の模様が中継されています。「建国」からあまりにも時間が経ちすぎている日本国民にとっては抱きづらい「自分たちの国家の誕生」に対する喜び、誇りの感情が高まる日で、イデオロギーは別としてうらやましくも感じられます。東京五輪・バドミントン女子ダブルスで金メダルを獲得したインドネシア選手がメダル授与式直後に大統領からのテレビ電話で祝福を受けていた時に、選手の背後にいたコーチ(あるいはスタッフ)が感極まって「インドネシア独立76周年おめでとう!」と叫んだのが印象的でした。

インドネシア独立に関しては轟さんにご説明するまでもないですが、第二次世界大戦で日本が敗戦した二日後にスカルノ初代大統領が独立宣言をします。その後再度植民地化しようとするオランダとインドネシアの間での独立戦争を経て1949年国連で正式な独立が認められます。

インドネシアの人々は独立戦争などを通じて「自らの手で勝ち取った国家」という歴史に誇りを抱き続けていますが、6年前、それも含めてあえて「戦争に栄光はない」と反戦を訴えるアニメ映画が公開されました。今回はそのアニメ映画作品『スラバヤの戦い~戦争に栄光なし』(Battle of Surabaya - There is No Glory in War)を通して、作品制作の背景を考えてみたいと思います。

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その前に、前回の轟さんの書簡について、私の考えを述べておきたいと思います。まず映画『?(疑問符)』(Tanda Tanya / Netflixでの邦題「信じるものは」)についてですが、轟さんはエンディングで華人である主人公がイスラム教に改宗したこと、またその元恋人の女性が別れても元恋人の店で働いていること、さらに他の登場人物のイスラムからキリスト教へ改宗した経緯が不明なことなどを指摘されました。

たしかに、私もそれぞれ疑問に思いました。ただ、元恋人の店で働くことはありえないことではないかと思います。作品中でも夫が失業中であることが明確にされていて、彼女が生計を立てざるを得ない状況であること、さらに店の経営者の息子と恋人関係がなくなったからといって他の就職口がすぐに見つかる社会状況でないこと、などを加味できるのではないかということです。周囲もあまり気にしていない様子なのは、元恋人関係だったからこそ波風を立てぬように知らぬふりをしているのではないか、と私は思いました。逆に言えば、認識しながらもあえて生活環境に波風を立てないそぶりをするのは、いかにもインドネシア人らしい行動傾向なのではないかと。

そして、問題の主人公である店の経営者の息子が仏教徒からイスラム教徒に改宗する件ですが、本稿第18信でも言及させていただいたように、私も個人的には安易で意外な結末展開という感想を持ちました。しかしだからと言って、これらをもって轟さんが指摘されたように失敗作で片付けるべきではないとも考えられます。

同作品のハヌン監督は経験、実績ともにある人で、主要人物を大多数であるイスラム教徒に改宗させる結末を描くことで、どのような批判、反響があるかは映画のプロとして当然予測できたことです。それなのになぜ、そうしたのか。深読みすぎると言われるかもしれませんが、私はあえて一番「え?」と思われる極端な結末を描くことで、観客に再度問いかけて物語を終わらせたのではないかとも考えられます。ラストシーンは改宗した主人公を含めたイスラム教徒たちの和気あいあいとした、大団円の雰囲気を持った画面で終了します。ただそれはあくまで見せかけの大団円であって、ハヌン監督は「本当にこうした結末で良いのだろうか?」と観る者にタイトルである疑問符(?)を投げかけ、シーンの裏側に別の命題を含ませたのではないかと感じられるからです。

イスラム教、キリスト教、仏教といった他宗教間での軋轢、さらには第18信にも詳述させていただきましたが、個人の感情を宗教に置き換えて(利用して)対立構図を作る問題など、この作品はタブーとされている宗教間にまつわる様々な問題を可能なかぎり盛り込んで問題提起された意欲作です。事実、盛り込みすぎて、肝心な説明が不足している部分もありますが、この作品の評価を揺るがせるものではないと思われます。本作品は勿論、インドネシア人を対象に制作されたものですが、インドネシアの宗教問題を理解するうえで日本人を含めた外国人にも適した作品だともいえます。そしてインドネシアの状況をあまり知らない人でも、「最後は長いものに巻かれろということか、それでいいの?」と思う人が多いかと思います。そんなときハヌン監督は、鑑賞者が自問自答する過程に対し、心中ニヤリとするのかもしれません。

さて、轟さんの書簡を読んで、私も久しぶりに『三日月』(Mencari Hilal / 2015年公開、原題の意味:新月を探して)を観なおしました。イスラム教の教えに真摯に向き合う父親の姿と合理主義、世俗主義のなかで生きる息子との確執など静かな物語展開のなかにも気持ちが伝わってくる良い作品ですね。

宗教をテーマにした作品は『?(疑問符)』含め、近年に観た作品ではインドネシアの世俗イスラムとアラブからの改革派イスラムの確執を描いた『ビダー・チンタ』(Bid’ah Cinta / 2017年公開)、イスラム教徒と仏教徒の恋人をめぐる家族間の問題を描いた『イスラム教を教えて』(Ajari Aku Islam / 2019年公開)などのように、他宗教間の確執が取り上げられがちななか、『三日月』のようにイスラム教徒とはどうあるべきなのかを誠実に見つめる作品は稀であるとともに、親子世代間の違いがイスラム教に向き合う姿勢の違いとしても対比され、じっくりと好感を持って観ることができます。

内容的に若干不自然に思われるシーンはあるものの、あくまでも枝葉的なことで大木たる物語全体には影響しないのですが、あえて枝葉的でありながら撮影的な面でいうと、作品終盤の2カットが気になりました。父親が一人で砂浜を歩くロングショットで、画面奥で父親が倒れるカットです。それまでは車の荷台の上だろうと砂浜だろうとミドル、ロングショットになるシーンは必ず固定カメラで安定したカットで、作品全体の静かな物語の流れ、安定さを支えてきたのですが、肝心なこのカットだけ手持ちでロングショットを撮影しています。

時に不安感を表現する目的でロングショットを手持ちで撮影し、あえて画面に揺れを入れる手法などはありますが、このシーンでは父親が倒れてしまうとはいってもこうした手法を入れるにはふさわしくなく、さらに実際に使用されたカットは見るからにしっかりとロングショットを撮りたいが手持ち撮影がゆえに手ぶれが入ってしまう、といった画面になっています。このカットだけ別行動した息子の視線だからかとも一瞬思いましたが、それまでのしっかりとした構成の流れからは不自然すぎる故にそうでもなさそうです。終盤の大事な場面で、そのカットまで気持ち良い画面が続いていただけに非常にもったいない感じがします。

そしてもう一つのカットは人によっては気にならないかもしれませんが、作品全体の「決めカット」でもある、父親と息子が砂浜に立つ、背後からのロングショットです。とても美しく、固定カメラによる良いカットなのですが、海の水平線が二人の首に位置してしまっています。日本ではスチールを含めてカメラマンはこうした構図を業界用語で「クビチョンパ(首切り)」として落ち着かない構図のため避ける傾向にあります。ちょっとしたことですが、水平線が頭の部分や胸にかかっていれば、画面を見る鑑賞者の印象が大きく変わります。本作品のカメラマンが気にしてるかどうかは不明ですが、作品中最も重要なカットだけに残念でした。いずれのカットも作品の本質部分に影響は与えませんが、より効果が上がり、気持ちのいいエンディングを迎えられたように思われます。

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映画『スラバヤの戦い~戦争に栄光なし~』ポスター。(引用:http://filmindonesia.or.id/)

さて冒頭に述べたように、独立記念日に絡めて作品『スラバヤの戦い~戦争に栄光なし~』についてお話しします。この作品は公開当時、子供向け長編アニメ映画として報道されましたが、大人にも十分鑑賞に耐えられる内容で、さらに日本人も登場するなど、日本との関わりもある歴史を認識する上でも日本人に是非とも観てもらいたい作品です。作品は、字幕なし版ですがYouTubeで観ることができます(https://www.youtube.com/watch?v=UI2ERb0a6Qs)。

スラバヤの戦いは、第二次世界大戦の戦勝者である連合国軍として東ジャワ州スラバヤに駐留したイギリス軍と、独立宣言直後のインドネシア国軍や民兵らによる戦闘で、1945年11月10日から本格的な激戦となっています。連合国、とくにオランダがインドネシアを再び支配することに抵抗するもので、11月10日はイギリス軍がインドネシアに対して、旧日本軍から得た武器の引き渡しやオランダ軍司令部への抗戦停止を求めた期限でもありました。戦闘はスラバヤ陥落を含めて約3週間続き、死者は連合国側が約2千人、インドネシア側が6千人とも1万人以上ともいわれています。

作品の物語は日本敗戦の象徴として、広島原爆投下のシーンから始まります。日本敗戦後、再びスラバヤに上陸した連合国側であるオランダに対する抵抗の意思を表して起きたヤマトホテル事件や、オランダ軍に対抗するため日本軍から武器を奪おうとする戦闘も描かれます。主要登場人物は架空ながら、背景となる事象や人物は史実に忠実に物語が進められます。初代大統領となるスカルノの独立宣言やスラバヤでインドネシア独立をラジオで呼びかけるストモの声は実際の録音音声が使用されています。

ヤマトホテル事件が起きた旧ヤマトホテル建物(スラバヤ、現マジャパヒトホテル)

主人公は十代前半の少年ムサで、病弱な母親を支えるため、靴磨きの傍ら、スラバヤの独立派幹部と戦闘部隊間での密書の運び屋をしています。ムサは母親が日本軍政時代に婦人会だったことを通じて知り合った旧日本軍幹部の「ヨシムラ」を父のように慕っていましたが、流れ弾に当たって死に別れます。そんなムサを励まし、何かと助けていた少女がユンナです。彼女の過去も当時の歴史を反映していて、オランダ植民地時代に母親がオランダ人の召使いをしていたものの、日本軍の上陸後、日本兵に捕えられて従軍慰安婦となり生き別れてしまった経緯を持つ設定です。

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