よりどりインドネシア

2021年07月08日号 vol.97

感染拡大の陰でイベルメクチン狂騒曲 ~新規感染者3万人超、事態はさらに悪化の様相~(松井和久)

2021年07月08日 22:01 by Matsui-Glocal

2021年7月6日、インドネシアの新型コロナウィルス新規感染者数が1日3万1189人となり、初めて3万人を超えました。2万人を超えてからわずか12日後でした。そして翌7月7日はさらに増えて3万4,379人となり、最多記録を更新しました。また、新規死亡者数も7月6日は前日までの500人台から一気に728人へ増え、7月7日には1,040人と1,000人を超えました。

インド由来のデルタ株による感染拡大は簡単には収まりそうにありません。新規感染者数が1日5万人台、いや、ジャカルタ首都特別州の最悪予想が当たれば10万人台にまで達する可能性さえも、絵空事と片づけることができなさそうな状況です。実際、病床が埋まって入院できない患者が多数おり、酸素や酸素ボンベの不足も深刻です。しばらく前のインドの状況を彷彿とさせます。

新型コロナウィルス感染拡大推移(2020年3月18日~2021年7月7日)

(注)青:新規感染者数、薄赤:新規回復者数、グレー:新規死亡者数、赤:ワクチン接種1回目終了者数(単位1,000人)

(出所)政府発表データから筆者作成。

●変異株感染はスマトラ島東部から始まり、ジャワへ、東へ

この変異株による感染拡大は、実は急に勃発したものではありませんでした。レバラン前、4月から5月にかけて、スマトラ島東部のリアウ州の新規感染者数が増え続け、それに呼応するように、西スマトラ州でも増え始めました。おそらく、リアウ州で増えたのは、マレーシア半島由来だったのではないかと思われます。では、西スマトラ州はスマトラ島西部なのになぜ増えたのでしょうか。

実は、経済的に、リアウ州と西スマトラ州は密接な関係があります。それは西スマトラ州をホームランドとするミナンカバウ人が商業に進出し、近年では、リアウ州の経済にも隠然たる影響を与える存在となっているためです。ミナンカバウ人といえば母系社会であることが有名ですが、男子は成人になる前に故郷を離れて出稼ぎ(「ムランタウ」と呼ばれます)をするのが一般的です。インドネシア全国各地にパダン料理レストランがあるのは、ムランタウしたミナンカバウ人が経営しているためです。商業に長けたミナンカバウ人はリアウ州の州都プカンバルにも多数移住しました。ミナンカバウ人は移動する人々なのです。

リアウ州の州都プカンバルと西スマトラ州の州都パダンとを結ぶスマトラ横断幹線道路は、リアウ州と西スマトラ州を結ぶ重要な役割を果たしています。そして、この幹線道路を経由して、リアウ州からの感染が西スマトラ州へ広がったのだと考えられます。

その後、新規感染者数はリアウ州から西スマトラ州へ、北へ向かって北スマトラ州からアチェ州へ、南へ向かって南スマトラ州へと拡大していきます。加えて、マレーシアやシンガポールからリアウ群島州のバタム島やビンタン島へも感染が広がります。

ジャカルタに広がり始めるのはレバラン後、5月後半以降にいったん増えて、それが6月半ばから劇的に増え始めました。ジャカルタは4月半ばから6月初めまで新規感染者数が1日当り1,000人に満たないほどでしたが、6月10日に久々の2,000人台になるとそこから増え続け、6月17日に4,000人台に突入、7月4日には1万人を超える状況へ急変しました。

ジャカルタの感染者が増えれば、自ずと周辺の西ジャワ州、そして中ジャワ州への感染が広まります。それとは別に、中ジャワ州ではクドゥス県のように局地的なかなりの規模のクラスターも発生していました。中ジャワ州で感染が拡大するとジョグジャカルタ特別州にも波及し、ジョグジャはかつてない規模の感染拡大に見舞われています。そして、それらは東ジャワ州へと感染を拡大させていきます。

ジャワ島以外では、西カリマンタン州、東カリマンタン州などで最初はスポット的に感染者数が増えますが、次第に周囲の州へ広がり始めます。今回の変異株感染拡大で注目されるのは、北マルク州、マルク州、東ヌサトゥンガラ州、西パプア州といった、ジャワ島からみるとかなり離れた遠隔地で感染拡大傾向が見られることです。

●十分に予想された感染拡大、シノバックの有効性判断は封印

こうした感染拡大は、点から点への飛行機による人の移動が契機になっていると考えれば納得できます。そしてそれは、十分に予想されたはずでした。

ジャカルタから各州の州都へは直行便ないし経由便が飛んでおり、とくにジャワ島から離れたところでは飛行機による人の移動以外に感染源は考えられないからです。これらの遠隔地の医療体制はジャカルタよりもはるかに脆弱です。ジャカルタ自体の感染者数が増え続けて相当に深刻な状況になっているため、医療資源のほとんどがジャカルタなどに費やされる一方、遠隔地では感染者数は相対的に少ないものの、ワクチン接種も医療機器も後回しになり、じわじわと感染者数が増えるなかで感染拡大を抑える手立てのない状況となる可能性が強いと思われます。

メディアもまた、厳しい状況のジャカルタを中心とする報道が主となり、遠隔地での状況は省みられなくなるものとみられます。レバランの時期に重なったという面もありますが、5月初め頃からのスマトラ東部からの幹線拡大の動きをメディアがもっと注意深く警告し続けていれば、事態は変わっていたかもしれません。人の移動が感染拡大の最大の原因であることはわかっていた話であり、それがいずれジャワ島やインドネシア東部へ広がっていくことは予想できたことです。5月のジャカルタやジャワ各州の感染者数が比較的少なかったことから、対策が後手に回った印象が拭えません。

点から点への人の移動が感染拡大の要因であるならば、本来なら効果的に水際対策を打って感染を拡大させない手立てが可能なはずでした。しかし、実際には、それは絵に描いた餅に過ぎませんでした。PCR検査陰性証明などの偽造や係員の買収など、水際対策はザルと化しました。同様の手口で、ビジネストラックを通じて日本へ入国したインドネシア人技能実習生たちの少なからぬ人数が、日本入国後の検査で陽性反応が出たのでした。同様のことがマレーシアやシンガポールからインドネシアへの入国でも起こっていたと想像できます。保健省はようやく、偽造防止のために紙での証明書からデジタル式の証明書の導入へ動きました。

ニューヨークタイムズをはじめとする複数の新聞報道によると、中国シノバック製のワクチンを2回接種したのに陽性となり、死亡した人もかなりの数いるということです。保健省もその事実を認めていますが、シノバック製ワクチンの有効性を理由とすることは否定しています。それはある意味当たり前のことで、今、もしもシノバック製ワクチンの有効性への疑問が生じれば、これまでのインドネシアの新型コロナウィルス対策のすべてが否定されることになってしまいます。もっとも、シノバック製ワクチンの有効性については中国もまだ正式データを発表しておらず、インドネシアもわずか数千人の治験者による65%という数字で特別許可を出して接種を強行しています。日本人の眼からすれば、これは怖いものです。

シノバック製ワクチン。(出所)https://www.taiwannews.com.tw/en/news/4136005

インドネシアのワクチン接種状況は、7月6日時点で1回目終了者が3,317万6,029人、2回目終了者が1,426万7980人であり、1回目と2回目の両方を合わせても5,000万人に満たず、全人口の17%程度に留まっています。ワクチン接種の遅れに加えて、そのワクチン自体の有効性への疑問が高まってくると、一気に政権批判、社会不安へ向かい、暴動が各地で起こるかもしれません。

筆者の眼には、インドネシアでは一般に、ワクチン接種や薬投与で病気や痛みがすぐに回復する、とインスタントに認識しているように見えます。日頃の栄養摂取バランスよりも数錠のビタミン剤、漢方薬よりも1回でよく効く薬、といったものを選好しがちで、今回も、かなり前からワクチン接種で感染抑制は可能と考えていた様子がうかがえます(日本も似たようなものですが)。だから、効かないワクチンを投与し続けたとなれば、国民を「騙した」政府への怒りが爆発するはずで、政府は絶対にシノバック製ワクチンの有効性を否定することは避けなければならないのです。

そして、効き目がよくなければ、別の速効性のより効く薬を探す、という態度を採ります。新型コロナ感染拡大が大きくなるなかで、今、注目度を急速に上げたのがイベルメクチンという薬でした。

●イベルメクチンとは

イベルメクチンとは、日本の大村智博士が微生物から発見、抽出した「​エバーメクチン」をもとに、米国の製薬会社メルクによって開発された寄生虫駆除薬のことです。この微生物は、大村博士が静岡県伊東市内のゴルフ場近くで採取した土壌から発見された新種の放線菌「ストレプトマイセス・アベルミティリス」というものでした。この微生物からつくられたイベルメクチンは、中南米やアフリカなどで毎年2億人以上に投与され、風土病などの感染症の撲滅に大きく貢献しました。また、年間3億人以上の人々が感染しながらそれまで治療薬のなかった疥癬症や沖縄地方や東南アジアの風土病である糞線虫症の治療薬としても威力を発揮しています。これらの功績により、大村博士は2015年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。

このように、イベルメクチンとは日本発祥の薬です。すでに何億人もの人々に投与されていて、副反応の可能性は低く、安全な薬とみなされています。

新型コロナウィルス感染拡大の中で、世界中の医学者が新型コロナウィルスの動きを抑制させる薬の発見・開発に勢力を傾けてきました。そして2020年4月、オーストラリアのモナシュ大学チームが「1回量のイベルメクチンで本ウイルスの複製を48時間以内に止めることができた」と発表しました。その直後、アメリカのユタ大学チームもイベルメクチンを投与した新型コロナ患者の死亡率が大きく低下したとの論文を発表しますが、内容の信頼性に疑義が生じ、論文が撤回されました。その後、イギリス、フランス、イスラエル、ブルガリアなどで治験が行われ、イベルメクチンに新型コロナウィルスの抑制効果があるとの発表が続きました。

日本でもイベルメクチンの治験が進められています。2020年5月に北里大学が新型コロナ抑制薬としてのイベルメクチンの承認を目指す治験を開始しました。イベルメクチンは医師の指示で投与できるため、日本国内の一部の病院では新型コロナ患者に対してイベルメクチンの投与がすでに行われています。また、厚生労働省は2020年12月、「新型コロナウイルス感染症診療の手引き」第4版の中で、国内で医師主導治験等が行われている薬剤としてイベルメクチンなど3品目を追記しました。2021年1月には東京都がイベルメクチンの新型コロナウィルスに対する治療効果を調べるための治験を都立病院で開始する意向を示し、東京都医師会の尾崎会長が自宅療養者の重症化を防ぐためにイベルメクチンの緊急使用を提言しました。

現時点で、世界保健機関(WHO)は、治験データが不十分であるという理由で、新型コロナウィルス予防・治療薬としてのイベルメクチンの使用を推奨していません。しかし、世界各国では、寄生虫駆除薬であるイベルメクチンを新型コロナウィルス治療薬として認可し始めています。すでに南アフリカ、スロバキア、チェコ、ペルーなどで、イベルメクチンは新型コロナウィルスの予防・治療薬として、一部では条件付きながら、承認されています。

イベルメクチンの主要生産国であるインドでは、多くの州でイベルメクチンが投与されました。医療施設に患者が殺到し、人工心肺装置「エクモ」や医療用酸素が足りなくなり、病院にかかれない患者が激増したことは記憶に新しいかと思います。そこで、新型コロナウィルスの初期症状への効果が期待されるイベルメクチンの使用に踏み切る州が続出しました。最初に使用したのは2020年8月のウッタル・プラデシュ州でした。その結果、9月11日に600万人だった感染者数は10月末には140万人まで急激に減少しました。イベルメクチンを使用した他の州でも同様に感染者数の減少が見られました。

他方、インド人のWHO主任科学者が新型コロナ予防・治療薬としての治験データが少ないイベルメクチンの使用に警鐘を鳴らしたことを受け、その主任科学者の出身地であるタミルナドゥ州ではイベルメクチンの使用を取り止めました。すると、同州の感染者数が増加の一途をたどり、インドで最多の感染者数を記録するまでになりました。事態を重く見たインド弁護士会は、この主任科学者に対してイベルメクチン使用を否定する言論を中止するよう警告しました。

寄生虫駆除薬のイベルメクチンが新型コロナウィルスの予防・治療薬として注目されているという話は、かなり前からインドネシアでも知られていました。このデルタ株感染拡大を背景に、イベルメクチンをめぐる様々な話がメディアで取り上げられるようになりました。一部では、すでに個人輸入でインドからイベルメクチンを大量に調達しているケースも見られます。ワクチン接種の遅れ、シノバック製ワクチンの有効性に対する疑問などを背景に、インドネシアでイベルメクチンの確保へ走る人々の「狂騒曲」を見てみます。

(以下に続く)

  • 民間企業 PT. Harsen Laboratories によるイベルメクチン製造
  • 国営企業 PT. Indofarma によるイベルメクチン製造
  • イベルメクチン狂騒曲はまだ続く
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