よりどりインドネシア

2021年07月08日号 vol.97

ラサ・サヤン(19):コロナ禍で起きている現象(その3)~悲しい道化師たち(2)~(石川礼子)

2021年07月08日 22:02 by Matsui-Glocal
2021年07月08日 22:02 by Matsui-Glocal

前回は、インドネシアの都市部で『悲しい道化師“Badut sedih”』が急増しているという、The Jakarta Post(英字新聞)の記事をご紹介しました。

『悲しい道化師』とは、インドネシア語の“Badut sedih(英語でsad clown)”で、当地では一般的な「路上で稼ぐ道化師(“Badut jalanan”)」を同情半分、皮肉半分にもじった呼称です。

●『悲しい道化師』に関するジャーナル論文

ネット検索している時に、『悲しい道化師』に関するジャーナル論文を見つけました。著者は、西ジャワ州にあるSTIA Bagasari大学と、ジャカルタ首都特別州にあるTelkom大学の学生3人です。STIA Bagasari大学は、国家行政と工業経営が専門の大学で、Telkom大学は、主に情報工学、電気通信工学、ビジネス学などが専門です。

論文の題名は“Fenomena Badut Sedih: Sebuah Kajian Stakeholder Theory”(悲しい道化師の現象:ステークホルダー理論研究)です。

この論文では、『悲しい道化師』には利害関係者が三者いるとし、道化師自身はインターナル・ステークホルダー、コスチューム(着ぐるみ)をレンタルする貸衣装人と、道化師に施しを行う人たちをエクスターナル・ステークホルダーと位置付け、ステークホルダー理論について説いています。ここでは、理論的な部分は省いて今回のテーマに合う要点のみを羅列します: 

  1. 新型コロナウィルスの影響で、インドネシアでは多くの人たちが失業している。そのため、北バンドン地区では、新しい現象が発生している。その現象とは、多くの道化師が主要道路を歩き回る現象である。
  2. 道化師たちは様々なコスチューム(着ぐるみ)を着用して、寄付箱を持ち、幼い子供を連れて、一様にうなだれ、絶望的な印象である。そのような印象があるために、人々は哀れんで寄付をする。
  3. 北バンドン地区には富裕な家庭が多いため、道化師たちが集まる傾向にあるが、生活に余裕が無くても寄付するのは哀れみの気持ちからである。
  4. 道化師たちにコスチューム(着ぐるみ)をレンタルする貸衣装人は、『悲しい道化師現象』の利害関係者である。
  5. 道化師は本来、楽しいものだが、存在する現象は逆説的であり、この道化師現象は悲しい社会背景を表している。

この『悲しい道化師現象』は、前回も書いた通り、パンデミック以降、北バンドン地区だけではなく、ジャカルタをはじめとする主要都市で多く見られるものとなっています。一つの都市で始まると他の都市にも波及していくというのが興味深いところです。

The Jakarta Post記事の抜粋

前号に掲載したThe Jakarta Postの記事の続きで、『悲しい道化師』にコスチューム(着ぐるみ)をレンタルする貸衣装人の「コスチューム・ビジネス」に焦点を当てて書かれた記事の抜粋を翻訳(一部、意訳)しました。

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題目:ジャカルタの『悲しい道化師たち』/ コスチューム・ビジネスの恩恵(2021年2月11日付記事)

副題:コスチュームを着て、通りに出る人々の突然の増加は、コスチューム産業にとっては賜物だが、単純労働と不適切な雇用のセーフティーネットの深刻な課題が指摘される

全てが悲劇とはいえない。本来、不法な道化師の供給側では、コスチュームの小売業やレンタル・ビジネスがパンデミック禍で繁盛しているのである。

コスチュームの新品や中古品を販売するフェイスブック・グループでは、何千人ものユーザーが売買を繰り広げている。その中の一つが「インドネシア道化師のアクセサリー売買」というグループで、会員が少なくとも1,700名はいる。

コスチューム製造者とサプライヤーは、製品をインドネシア全土に発送する準備があり、その種類も数限りない。マーベルのスーパーヒーローのコスチューム?あるよ! 特注のコスチューム?あるよ!

『なんちゃってキャラクター』の多様なコスチューム

新品のコスチュームの価格は手間と質に依るが、50万ルピア(約3,900円)から300万ルピア(約23,000円)程度。中古品は新品よりかなり安くなり、道化師をしながら、ぎりぎりの生活をしている人にも手が届くものである。実際に、一人のフェイスブック・ユーザーが掲示板に40万ルピア(約3,000円)の予算でコスチュームを探していると掲載したら、即座に20名以上の人からコメントが入ったという。

この高い需要は、コスチュームのレンタル・ビジネスを始める良いチャンスでもある。フルネームを名乗るのを拒んだパイマンのような起業家がその一人である。この45歳のジョグジャカルタの住人は、パンデミックの影響で、観光バス運転手の職を失った。ある日、近所にいる50代の無職の未亡人が彼に、レンタル・コスチュームを探すのを手伝ってくれないかと頼んだ。

「俺は、彼女になぜ道化師になりたいのか聞いたんだ」と彼は話す、「彼女は良いお金になるのよ、と言ったんだ。だから、彼女がレンタルするためのコスチュームを買ったのさ」。パイマンが2020年5月に西ジャワ州バンドン市で買った最初のコスチュームは200万ルピア(約15,000円)で、それを一日当たり5万ルピア(約385円)で貸し出す。彼は現在、二着のコスチュームを持っている。一つは日本の人気漫画キャラクターであるドラえもんで、もう一つは猫のコスチュームだ。

彼曰く、9ヵ月後に元が取れたそうだ。パイマンは通常、フェイスブックでコスチュームのレンタルを呼び掛けるが、顧客候補から相当数の連絡が入る。「コスチュームを借りたいという、かなり多くのメッセージや電話をもらうんだ。そのほとんどが主な収入を失った人たちで、俺はコスチュームを二着しか持っていないから、ほとんどの人たちの依頼を断ることになる」と、パイマンは電話越しに話した。「持続可能なビジネスだし、需要はあるというのに・・・。俺にお金があれば、もっとコスチュームを買えるんだけどなぁ」と、パイマンは話した。

24歳のベス・フェブリアンシャは、バンドン市のコスチューム製作者で、まさに『道化師現象』の恩恵を受けている。彼は、親戚のワークショップで修行した後、5年前に自身のコスチューム製作の作業場を立ち上げた。彼の作業場は、独自のデザインのコスチュームを製作する会社が立ち寄る場所となった。「新型コロナウィルスの状況が悪化するにつれ、それらの会社からの注文は減る一方、職を失って食べるために小銭を稼ごうという人たちからの注文が増えているよ」と、ベスは電話口で語った。

パンデミック前、ベスは月に約50着のコスチュームを、主に会社からの注文で作っていた。現在は、月に約30着の注文を受けており、それは6名の従業員を雇うのに十分である。彼の作るコスチュームの価格は120万ルピア(約9,000円)から350万ルピア(約27,000円)で、ジャワ島を中心にスマトラ島やカリマンタン島にまで発送している。

ジャカルタ首都特別州社会局社会復帰課長であるプライットノ氏は、ここ数ヵ月、道化師が増えていることを認識していると、実際のデータは示さずに答えた。法的制裁について、プライットノ氏は社会局にはその権限がないと言う。「道化師が調和を乱したとして、法的制裁を執行して拘束するのは、行政警察隊(Satpol PP)の仕事です」。彼曰く、社会局は「ゲペン」のために社会リハビリを提供するだけだという。「ゲペン」とは、「浮浪者と乞食」を指す略語で、施しを求める未熟練者、または失業者もそのカテゴリーに含まれる。

「彼らは検挙された後、査定のためにシェルターに送られ、その後、我々のリハビリテーション・センターに送られます。そこで、スクリーン印刷や自動車の組立および修理技能を習得します」と、プライットノ氏は言う。道化師の何人くらいがリハビリテーション・サービスを受けたのかと聞くと、彼はコメントを避けた。また、南ジャカルタ行政市の行政警察隊にインタビューを要請したところ、応えてはもらえなかった。

停車する車に物乞いする『ゲペン』

悲しげな顔の『悲しい道化師』

インドネシア大学の人類学者、ヨピー・セプティアディ氏は、道化師の増加は未熟練労働者の数の多さと、政府が本質的な訓練と職を提供しなかった事実を露呈しており、今の医療非常事態(パンデミック)は、その状況を悪化させただけであると話した。「コスチュームは、道化師たちが本来は未熟練労働者であるという事実を隠すカモフラージュに過ぎない」と、ヨピー氏は弊紙に話した。「物乞いと何も違わない、なかにはパフォーマンスをしない道化師もいる。コスチュームを着ているとパフォーマンスをしているかのように見えるが、実際には何もしていないのだ」。

『悲しい道化師』、この通称はネガティブな意味を持つ。頭のコスチュームを外して、汗びっしょりの頭を垂れ、毛皮の付いた足元を重そうに運びながら通りを歩くストリート・パフォーマーが激増していることは誰の目にも明らかである。コスチュームがどれだけ重くて暑いかということを考えれば、このだるそうな姿と動きは理解できるが、一方で故意に哀れみと同情を買おうとしていると不快に感じる人がいるのも事実である。

ダッファ・アンディカは、ジャカルタの小さなレコード会社を経営する26歳だが、道化師に対して、こんなふうに感じている。「ある日、僕が目的地に向かっていると、その道中だけで3人から4人の道化師を見たんだ」。ダッファは、彼らを見ると『同情以外』の疑問が湧くという。「一体、彼らは本当の道化師なのか、それとも道化師の職業を悪用しているだけなのか?」と。また、彼は道化師たちがどのように組織されているのかを疑問に思っている。弊紙は、道化師たちが組織化されている証拠は何も見つけられなかった。

ダッファは最後に、道化師たちがただ単にコスチュームを着て、バスケットを持って施しを乞うだけでなく、手品やアクロバットなど、実際のパフォーマンスや演芸の技を身に付けることを望んでいると言った。「彼らは皆、一様に道路に一人佇み、目は塞ぎがちで、悲しく疲れ切った表情をしている。彼らがパフォーマンスをしているところを見たことがない」と、彼は付け加えた。

この社会現象について、人類学の観点から、インドネシア大学の人類学者のヨピー氏は、路上の道化師になる元手はほんの少しであるから、政府がセーフティーネットの提供に失敗したら、この『道化師現象』はますます多くの失業者を惹き付けるであろうと話した。「こんなふうに考えましょう。コスチュームを身に付けた道化師は神聖で、本来、スキルを伴うものであったが、パンデミックがそれを卑俗なものにしたと。」ヨピー氏はこう話した。

果たして、『悲しい道化師』たちは、彼ら自身の悲劇を乗り越えるために、喜劇的なアプローチを探しているのだろうか。

Adi Renaldi / The Jakarta Post

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