よりどりインドネシア

2021年07月08日号 vol.97

往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第23信:未だ見ぬ「パプア映画」(轟英明)

2021年07月08日 22:03 by Matsui-Glocal
2021年07月08日 22:03 by Matsui-Glocal

横山裕一様

前回第21信を送った直後に、1年以上閉鎖されていたチカランの映画館が開き始め、ああようやくスマホのちまちましたモニターではなく大きなスクリーンで映画を楽しめる!と喜んだのも束の間、ジャカルタ首都圏のコロナウイルス感染者はあっという間に倍増して、とうとう緊急活動制限が発令されるまで事態が悪化してしまいました。

直接の知り合いや友人でも感染者はもはや珍しくなくなり、間接的な知り合いとなると亡くなった方もあちこちで聞こえるようになってきました。日々勤務先に出勤している割には幸いなことに私はまだ感染していませんが、この状態が続くようなら、日本へ一時帰国してワクチンを接種したほうがいいのかなと考えないでもありません。いやはや、本当に頭の痛いことです。ただ、コロナ禍は未曽有の世界的規模の災いですが、自分の人生を改めて見つめ直すには良い機会になったことも確かです。事態が鎮静化したら、やってみたいこと、始めたいことが定まってきたので、まずはそれまで生き延びられればと思います。

さて、前回第22信での「パプア独立運動に関する映画作品はあるか?」との横山さんから私への問いについて、はじめに答えておこうと思います。多民族群島国家インドネシアにおいて「辺境」であるパプアを舞台とした作品、或いはマイノリティであるパプア人を主要な役として起用した作品は数えるほどしかないのが実情でしょう。

敢えて踏み込んだ表現をするなら、パプアが「未開の地」であることを強調し、パプア人の男性はみなコテカ(ペニスケース)をつけた全裸姿、こうしたステレオタイプを強化しそうな作品なら『パプアで行方不明』(Lost in Papua)が挙げられます。私自身は未見なので、具体的な評価はできないのですが、30年前に撮られた香港映画『魔域飛龍』を連想させるポスターとあらすじではあります。ちなみに、同作はジャッキー・チェン作品でのちに世界的に有名になったスタントマン出身のスタンリー・トン監督のデビュー作でした。

『パプアで行方不明』(Lost in Papua)ポスター。Filmindonesia.or.id より引用。

香港映画『魔域飛龍』DVDジャケット。http://kungfutube.info/25026 より引用。

ここまであからさまなステレオタイプな作品は別としても、『太陽の東に』(Di Timur Matahari)や『デニアス、雲の上の歌』(Denias, Senandung di Atas Awan)は児童を主人公とした教育もの、『ワメナから愛をこめて』(Cinta dari Wamena)はパプアで深刻なエイズ問題を扱った作品と、明快な娯楽作品が多いとはいえません。数少ない例外がネットフリックスで観られる『エペン・チュペン』(Epen Cupen the Movie)でしょうか。ただ、パプアが舞台なのは冒頭のみで、物語の大半はジャカルタで進行、後半はアクション満載のやや冗長なコメディです。テレビで人気だったシチュエーションコメディ(インドネシア語でシットコム)シリーズを映画化しただけにキャラクター造形は悪くなく、パプア出身のクレメンス・アウィとメダン出身のバベ・カビタ、主人公2人の掛け合いはなかなか飽きさせないので、一見の価値はあります。

『エペン・チュペン』(Epen Cupen the Movie)ポスター。Filmindonesia.or.id より引用。

そうそう、パプア人が主役を務める数少ない映画としては、同じくネットフリックスで観られる『白紙』(Tabula Rasa)に触れないわけにはいきません。パプア州都ジャヤプラを本拠地とするサッカーチーム「プルシプラ・ジャヤプラ」がインドネシア国内リーグの強豪であることが示すように、パプアにはサッカーの才能を持った少年が数多くいます。本作の主人公ハンスもその才能をスカウトに見込まれて未知の土地ジャワへ渡ります。が、負傷したためにサッカークラブを放逐され、やがてはホームレス状態になったところ、可哀そうに思ったパダン料理店の女主人に食事を恵んでもらいます。それから彼女の半ば居候になったハンスはパダン料理作りを手伝うことで自暴自棄だった自分を省みて徐々に自己回復していきますが、やがて従業員同士の仲たがいが発生。紆余曲折の末、めでたしめでたしと思われた時にハンスが取った行動とは・・・。

『白紙』(Tabula Rasa)の一場面。Filmindonesia.or.idより引用。

パプア人の青年男性とミナンカバウ人の初老の女性という、全く属性も育ってきた環境も違う二人が、互いに抱えている傷を料理という共同作業を通して共に癒していく様子を丁寧に描いた本作は、最初から最後まで実に見ごたえのある作品となっています。普通のグルメドラマとも一味違う、おススメ作品です。ただ、残念ながらパプアを舞台にするのは冒頭場面のわずかな箇所で、当然ながら独立運動の話が絡むこともありません。

結局、政治的に非常にセンシティブな独立運動をパプア人の視点から描いた作品は、少なくともメジャー系劇映画では無理、よくてドキュメンタリーを探すしかないのでしょうか?いいえ、実は一本あるのです、正面からではないもののパプア独立運動を扱った作品が!

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