よりどりインドネシア

2021年04月08日号 vol.91

往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第17信:「百花繚乱」21世紀インドネシア映画の言語にみる多様性 ~相対主義的愛国もの『スギヤ』から 無国籍西部劇アクション『バッファロー・ボーイズ』まで~(轟英明)

2021年04月08日 17:47 by Matsui-Glocal

横山裕一様

間もなくラマダン(断食月)が始まりますが、いかがお過ごしでしょうか。先日、インドネシア政府はレバラン帰省を禁止するとのニュースを聞きました。その少し前には帰省を禁止しないと大臣が発言していたことを思い出すと、いつもの朝令暮改ぶりではありますが、政府もインドネシア人もそして我々外国人もこの1年コロナウイルスに振り回されている感じは否めません。今年は久しぶりに妻の出身地であるアチェへ家族で戻ることを考えていましたが、まだワクチン接種が遅々として進まずコロナウイルス感染者も相変わらず出ている現状を鑑みると、さてどうしたものか、いまだに迷っております。

さて、第16信で横山さんは鈴木伸幸さんが出演された『スギヤ』(Soegija)について語ってくださいました。2月の読者オフ会「鈴木伸幸さんを迎えて」において、同作はインドネシア映画史に残る非常に画期的な作品と私は明言したこともあり、この場を借りて簡潔に論じておこうと思います。

2012年に公開された『スギヤ』は、ジャンルとしては「独立革命戦争もの」であり「国家英雄もの」と位置付けられます。「インドネシア映画の父」と呼ばれるウスマル・イスマイル監督の1950年作品『ロングマーチ:血と祈り』(The long March: Darah dan Doa)を嚆矢とする前者は、スハルト時代にはインドネシア国軍の全面的な協力もあり『夜明けの出撃』(Serangan Fajar)や『スラバヤ1945』(Soerabaia 45)など多数制作され、改革期に入ってからもプラボウォ・スビヤント現国防大臣の弟ハシム・ジョヨハディクスモが資金提供した『紅白』三部作が『スギヤ』公開の前年に完結していました。

「国家英雄もの」にしても同様で、『チュッ・ニャ・ディン』(Tjoet Nja Dhien)、『スカルノ:独立インドネシア』(Soekarno : Indonesia Merdeka)、『輝きをもたらすもの』(Sang Pencerah)など多数あります。これらの作品は必然的に歴史大作となることがほとんどであり、そのためホラーやティーンズ向けラブロマンスほどの制作本数には及ばないものの、「インドネシアとは何か?インドネシア人はどこから来たのか?」というテーマを追求した重要なジャンルです。また、映画評論家の佐藤忠男氏は1990年代初頭の講演会で、インドネシア映画の特徴は独立革命戦争期を扱ったものに優れた作品が集中していることと指摘していました。他の国ではあまり見られないテーマゆえ、非常にインドネシアらしいジャンルとも言えるでしょう。

『ロングマーチ:血と祈り』(1950)雑誌広告。インドネシア人によるインドネシア人の為のインドネシア人の映画第一作。filmIndonesia.or.id より引用。

独立革命戦争ものであれ、国家英雄ものであれ、共通しているのは、民族主義と愛国主義を肯定する内容であることです。1986年の『ナガ・ボナール将軍』(Naga Bonar)のようにコメディであっても、或いは前回私が言及した『チュッ・ニャ・ディン』のように主人公の敗北で物語が終わるとしても、その基本線が揺らぐことは決してありません。インドネシアという「想像の共同体」において強固に確立している正史を紡ぐことがこの二つのジャンルの目的だからです。そこではインドネシア独立の大義がおおむね大きな声で語られます。時折小さな声で語られることはあっても、国家英雄や独立英雄たちの「我らがインドネシア」への貢献が、独立の大義そのものが問われることは、独立直後にウスマル・イスマイルによって撮られた『外出禁止令のあとで』(Lewat Djam Malam)などを貴重な例外として、ほとんどありませんでした。もはや「ジャンル上のお約束事」と呼ぶのが相応しいほどです。

しかるに、『スギヤ』はこのお約束事を軽々と破ってしまいました。バチカンから大司教に任命された初のインドネシア人である国家英雄スギヤプラナタの伝記ものの体裁を一応は取りながら、実はスハルト時代から続いていた国軍正統史観からの脱却を目指した、異色の独立革命戦争もの且つ国家英雄ものとなりました。では、『スギヤ』のどこが画期的だったのでしょうか。

初めに特筆しなければならないのは作品内で使われる言語の多様性です。主要言語としてはインドネシア語とジャワ語が使われるものの、日本語、オランダ語、英語、さらにはラテン語までが場面が切り替わるごとに何回も使用されています。分かりやすく言えば、これほどインドネシア語字幕が最初から最後まで頻繁に出てくるインドネシア映画はそれまでありませんでした。無論例外はあります。例えば、すでにこの連載で何回か言及した『ティモール島アタンブア39℃』(Atambua 39 Derajat Celcius) ではほぼ全編テトゥン語で話が進行しますが、多言語が同一の画面内に収まることはありませんでした。或いは、異なる文化を持つ人々の言語が、文字通り衝突し、暴発し、摩擦を生むこともありませんでした。しかるに本作では立場と民族が違えば言語も違って当たり前という当然の事実が、決して大きい声ではない形で、日本人・華人・インドネシア人・オランダ人それぞれの立場からそれぞれの言葉で多層的に語られます。同一の画面でこれほど複数の言語が幾度も飛び交うインドネシア映画はおそらくこの『スギヤ』以前はなかったのではないかと思います。

本作では「100%カトリック、100%インドネシア」というスギヤの言葉に象徴されるように、形としてはインドネシア民族主義と独立革命戦争が肯定されますが、実際には彼以外の登場人物の視点が時間配分を含めてかなり公平に割り振られている印象を観客に与えます。日本人やオランダ人を敵としてステレオタイプ的に描写することは避けられており、どの立場にも安易に与しない制作者の態度は終始一貫しています。これまでの独立革命戦争ものでは考えられなかったほどの徹底的な相対化が図られていることは、この「愛国」的なジャンルにおいて画期的と呼ぶほかありません。

さらに驚くべきことに、主人公である超エリートのスギヤ大司教は、その任命式の直前の場面では従者から「まるで道化みたいな恰好ですね」と茶化されています。従者から見ればインドネシア人で初めての大司教ですら、ただの一人の人間に過ぎないことをサラッと語っているわけです。この場面はジャワの影絵芝居ワヤンにおける、王侯貴族と従者である道化とのやりとりを彷彿とさせますが、英雄主義からの脱却を制作者が企図していることは間違いありません。

実際、この映画において主人公の存在感は希薄で、「英雄」のはずのスギヤは分かりやすい目立った活躍をほとんどしません。その代わり本作で繰り返し描かれるのは、圧迫や戦火から逃れる一般庶民の群れであり、教会の讃美歌や流行歌ブンガワンソロなどの美しい音楽の調べであり、或いは離れている家族への思慕の情が登場人物たちの口から語られる場面です。これらは並行的かつ客観的に撮られており、ある場面から別の場面への転換はどちらかと言えば演劇的につながっていく構成となっています。

横山さんも言及されている、鈴木伸幸さんが日本側インドネシア側双方の武力衝突を食い止めようと「とおりゃんせ」を歌いだす場面は、劇場公開で観た私には正直やや唐突に感じられました。奇妙な感覚を覚えたと当時メモしています。が、今回再見して全体の構成を振り返ってみると、いやこれもありではないかと思い直しました。

独立革命戦争ものでは激しい戦闘場面が見所の一つですが、本作にそうした場面は皆無で、鈴木さんと同じく帰国間近のオランダ人の兵士ロバートも偶発的な一発の銃弾であっけなく死にます。インドネシア国軍の正規兵か民兵かの区別は画面上はっきりせず、優秀な参謀や兵士が英雄的に活躍することもありません。戦争ものであるにもかかわらず、カメラが躍動することはほとんどなく、戦闘の悲惨さもインドネシア人たちの勇猛さも本作では語られません。独立の喜びすら男女の合唱で慎ましやかに表現されるのみです。この結果、鑑賞後観客の印象に残るのは教会・海岸・避難所・病院など静謐な場所での静かな会話、そして終幕でのあるショット、無名の少年が除隊してどこか寂し気に去っていく後ろ姿です。戦争ものとしては恐るべき禁欲さと言えるでしょう。

こうやって本作の特徴をいくつか書き出してみると、意図的に物語上のクライマックスを拒絶していることは明白で、脱イデオロギーの相対主義的愛国ものと本作は結論付けられます。しかしながら、画期的すぎる手法と内容の代償として、主人公はじめ誰に対しても感情移入が困難で、しかも字幕を多用しすぎたことも相まって、観客を選ぶハイブロウな作品になってしまった、そんな印象も否定はできません。

ただ、本作の評価は観客の立場によって全く異なる可能性が高いと思われます。反発する人は確実にいる一方で、学校で習う正史とはだいぶ異なる、この多層的で静かな語り口に魅せられる若い世代もそれなりにいるのではないか。より多くの人に見てもらうためにも、制作者には高画質高音質の多言語字幕バージョンを各種動画配信サービスから是非とも配信してもらいたいものです。

Soegija 2012 | Film Indonesia。低画質で字幕も読みにくいため、動画配信サービスでの正式な配信を希望! https://www.youtube.com/watch?v=SWZavUZrtxA&t=1595s

以上、『スギヤ』について語るのはここまでとします。ガリン・ヌグロホ監督は作品スタイルを変えることが多い監督のため、まとまった作家論を書くのはなかなか骨が折れるのですが、『スギヤ』の後に発表した『民族の師チョクロアミノト』(Guru Bangsa Tjokroaminoto)では『スギヤ』の主題と手法が発展継承されている様子が伺え、いずれこの連載で取り上げられればと思います。ネットフリックスで配信されていますが、横山さんはすでに鑑賞済みでしょうか。鑑賞済みであれば後日感想などシェアしていただければ幸いです。

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さて、本論に入る前に前回第15信の内容について少し補足説明させてください。やや言い訳じみてしまいますが、第15信での記述と考察はあくまで現時点での調査結果に基づくもので、今後書き換える必要があると考えています。例えば、大衆演劇サンディワラの影響が標準インドネシア語映画の確立に寄与していると書きましたが、映画に隣接する芸能や演劇についてまだ調べきれてないことが多々あり、何かしらの影響を映画産業に与えている可能性があります。例として、1960年に公開された『ガトットカチャの誕生』(Lahirnja Gatotkatja)は伝統演劇ワヤン・オランの演目を映画化した作品ですが、使用されている言語はジャワ語ではなく標準インドネシア語となっています。演者の所作や仕草、台詞回しは映画独自の表現というよりワヤン・オランのそれをそのまま演じているように見えますが、未確認のままです。また、インドネシア映画の歴史と発展を考えるうえで検閲の実態と変遷は外せない要素なのですが、これについてもさらなる調査が必要ですし、映画の周辺メディアとして一緒に発展してきたラジオやテレビ、漫画や文学についても同様です。これらの課題については、長年テレビ局で働いた経験があり、地方へ旅行する際に伝統芸能に接する機会も多いであろう横山さんからもいろいろヒントをいただければと思っていますので、今後のオフ会などの機会に質問させてください。

Lahirnja Gatotkatja 1960。英語字幕付き。特殊撮影もされておりワヤン愛好家は必見。https://www.youtube.com/watch?v=mqJDdo4od-w&t=2047s

それでは、前回第15信の続きということで、今回は2000年代以降の映画内言語の選択について、いくつかの作品を類型化することで、ここ20年のインドネシア映画の発展を振り返ってみようと思います。

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