よりどりインドネシア

2021年03月07日号 vol.89

民主党の「臨時党大会」と「新党首」の選出 ~2024年大統領選挙へ向けて民主主義は遠のくのか~(松井和久)

2021年03月08日 20:37 by Matsui-Glocal
2021年03月08日 20:37 by Matsui-Glocal

今回は久々に政治の話を書きます。そう思ったきっかけは、3月5日、民主党(Partai Demokrat)の「臨時党大会」が開催され、大統領府長官のムルドコ(Moeldoko)氏が「新しい党首」に選出された、というニュースです。インドネシアでは今、このニュースが大きな注目を集めています。

民主党というのは、もともと第6代大統領のスシロ・バンバン・ユドヨノ(Susilo Bambang Yudhoyono:通称SBY)氏が設立し、現在はユドヨノ氏の長男であるアグス・ハリムルティ・ユドヨノ(Agus Harimurti Yudhoyono:通称AHY)氏が党首を務めてきています(現在、ユドヨノ氏は党最高顧問会議議長)。2期10年のユドヨノ大統領の時代(2004~2014年)、民主党は政権与党でしたが、現在は議席数を減らし、今のジョコ・ウィドド(通称:ジョコウィ)政権に対しては、与党でも野党でもないと称し、是々非々の立場を採っています。

ユドヨノ氏(左)と長男のアグス民主党党首(右)。(出所)https://fajar.co.id/2020/09/26/%E2%80%8Eahy-kenang-keberhasilan-sby-tangani-krisis-ekonomi-indonesia-bagaimana-sekarang/

この民主党で、ムルドコ氏を「新党首」に担いで、ユドヨノ親子を追い落とそうとするかのような動きが表面化しました。アグス党首とユドヨノ氏は、自らの正統性を主張し、党の外部者であるムルドコ氏を「新党首」に据えるのは「クーデター」であると強く非難しました。そして、ムルドコ氏が大統領府長官という政権中枢で重要な役目を担っていることから、今回の「クーデター」をジョコウィ政権が仕掛けたのではないかという疑念を強めています。

この民主党をめぐる事件はまだ現在進行中ですが、インドネシアの政治史を振り返ると、スハルト時代から、政権側が介入して標的とする政党や団体に内紛を引き起こし、2つの党執行部を二重に並立させ、最終的に政権の意を受けた執行部が正統性を得る、ということが何度も何度も繰り返されてきました。これまでの経緯を見る限り、今度もそうした介入の事例のように見えます。

現在のジョコウィ政権は、与党勢力が国会内で過半数を大きく上回る議席を得ている安定政権です。与党に入っていないのは、明確に野党を標榜している福祉正義党(PKS)と是々非々の立場のこの民主党の2党に過ぎません(最大野党だったグリンドラ党は、プラボウォ党首が2019年10月の第二次ジョコウィ内閣に国防大臣と入閣したことを契機に与党へ転じました)。それなのに、なぜ、今回、政治的な脅威とも思えない民主党に介入したのでしょうか。

今回は、この民主党をめぐる「事件」の背景をさぐりながら、それが2024年大統領選挙を意識した動きである可能性を考えてみます。

●民主党「臨時党大会」と「新党首」の選出

前述のとおり、3月5日、北スマトラ州デリ・スルダン県で開催された民主党の「臨時党大会」は、ムルドコ大統領府長官を「新党首」に選出しました。「臨時党大会」主催者側発表では、約1,200人が出席するとされましたが、不思議なことに、新型コロナ禍にもかかわらず、警察は、この「臨時党大会」を解散させることはありませんでした。

北スマトラ州デリ・スルダン県で開催された民主党の「臨時党大会」。(出所)https://news.detik.com/berita/d-5482349/klb-partai-demokrat-dibuka-moeldoko-belum-terlihat

民主党最高顧問会議のユドヨノ議長(前大統領)によると、民主党の規約では、臨時党大会の開催には、党最高顧問会議による発議、あるいは、34州支部長の3分の2または514全支部の過半数からの発議とそれに対する党最高顧問会議による承認が必要とされています。しかし、党最高顧問会議には16人の委員がいますが、誰も臨時党大会を発議していません。州支部長も誰も発議しておらず、514全支部のうちの7%に当たる34支部が発議したにすぎない(当然、党最高顧問会議は承認していない)ということです。

民主党のアグス党首は、今回の「臨時党大会」について、党の規約にある条件を満たさない違法な集会であり、党を除名された不満分子によるクーデターであると強く非難しました。同時に、民主党のどの党支部からも「臨時党大会」への承認状は発出されておらず、「臨時党大会」出席者が承認状を持っていたとすればそれはすべて偽物である、としました。

「臨時党大会」で新党首に選ばれたムルドコ大統領府長官はもともと民主党員ではありません。しかし、「臨時党大会」実行委員会は、特別な待遇で民主党員になった、と発表しています。

民主党の「臨時党大会」にて「新党首」に選出されたムルドコ大統領府長官。(出所)https://nasional.tempo.co/read/1439329/jadi-ketum-demokrat-versi-klb-moeldoko-bicara-kepemimpinan-seorang-panglima

ユドヨノ氏も息子のアグス氏も、そして「新党首」のムルドコ氏も軍人出身です。アグス氏は国軍の将来を担うとみなされた優秀な中級軍人でしたが、2017年、ジャカルタ首都特別州知事選挙に州知事候補として立候補するために退役し、以後は民主党の若手幹部として地歩を固め、党首に選出されました。

ムルドコ氏は、ユドヨノ大統領時代の2013年5月20日に陸軍参謀長に就任し、その後すぐ、同年8月30日に国軍司令官に就任しました。この異例の人事を見れば、ユドヨノ大統領(当時)のムルドコ氏に対する信頼がいかに厚いものであったかがよくわかります。

そのムルドコ氏が今回、「新党首」に就任したことに対して、ユドヨノ氏は失望し、自分に人を見る目がなかったことを深く後悔するとともに、軍人出身者にあるまじき行為である、我々は断固として戦う、と極めて強い調子でムルドコ氏を非難しました。

(以下に続く)

  • 「臨時党大会」開催の背景にあった民主党内の不満
  • ムルドコ氏の政治的野心?
  • 民主主義はますます遠のくのか
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