2020年12月30日、政府は、6閣僚・高官の共同決定書により、イスラム強硬派団体として名高いイスラム擁護戦線(FPI: Front Pembela Islam、以下FPIとする)のシンボル・標章の使用禁止と活動停止を決定しました。
この共同決定書は、内務大臣令(No. 220-4780/2020)、法務人権大臣令(No. M.HH-14.HH05.05/2020)、情報通信大臣令(No. 690/2020)、最高検察庁長官令(No. 264/2020)、国家警察長官令(No. KB/3/XII/2020)、国家テロ対策庁(BNPT)長官令(No. 320/2020)によるものです。これにより、FPIは活動禁止となり、事実上、組織解散となりました。
もっとも、マフド政治・法務・国防治安調整大臣が述べたように、FPIは社会団体としての登録証明の延長が認められなかったため、法的には2019年6月21日時点で組織解散となっていました。それにもかかわらず、今日までFPIの名で活動を続けてきましたが、法律違反だったと政府は解釈しています。
政府見解によれば、社会団体は政府に登録する必要があり、登録しない社会団体は違法で、政府が解散・活動禁止を決定できる、と解釈しています。他方、2013年の憲法裁判所決定第82号(No. 82/PUU-XI/2013)によると、社会団体は政府登録するかしないかを選択できるため、未登録の社会団体の存在も認める内容になっています。この憲法裁判所決定をもとに、FPIは、今回の政府による決定に対して不服申し立てを行うことを表明しました。
そうはいっても、現状では「イスラム擁護戦線」の名前でFPIは活動できなくなったため、組織名を改称し、新たな団体として再出発することとしました。当初、新名称を「イスラム統一戦線」(Front Persatuan Islam: FPI)としましたが、その後、2020年1月5日になり、「イスラム同胞戦線」(Front Persaudaraan Indonesia: FPI)という名前が浮上しました。いずれも、短縮形はこれまでと同じFPIとしているところがミソです。ただし、政府登録を行うかどうかについては、現状では否定的な意見が多い様子がうかがえます。
今回は、このFPIをどのように見ればよいかについて、考えてみます。一般に、FPIは、イスラム法の適用を求め、アルコール飲料の販売停止、娯楽施設への恐喝など、ときには示威行為や暴力行為を伴う、イスラム強硬派、イスラム原理主義団体と見なされています。他方、2019年6月に事実上解散したにもかかわらず、FPIが活動を続けられてきました。もし、FPIが国家や政府の敵と位置づけられるならば、かつてのインドネシア共産党や、国際イスラム過激派テロ組織のように、政府は徹底的に壊滅させようとするはずです。でもそうはなっていないのは、なぜなのでしょうか。
以下では、FPIの議長であるリジク・シハブ(Rizieq Shihab)師(以下、リジク師とする)に焦点を当てながら、FPIを単にイスラム強硬派と見るのは一面的であることを明らかにしてみたいと思います。
●サウジアラビアからの帰国後のリジク師
2020年11月10日、FPI議長のリジク師がサウジアラビアから帰国しました。彼は2017年4月26日にサウジアラビアへ飛んで以降、3年半ぶりに帰国したことになります。
帰国したリジク師は、スカルノハッタ空港第3ターミナルから出ると、FPI関係者や支持者ら数千人が出迎えました。リジク師を出迎える群衆によって、ジャカルタ市内からスカルノハッタ空港へ向かう高速道路は一時通行不能状態になったほどでした。そして、多くの人々は、新型コロナ感染拡大中にもかかわらず、マスクをせず、社会的距離も取らない状態でした。
リジク師を迎える群衆。ジャカルタ・スリピ付近。(出所)https://news.detik.com/berita/d-5249037/habib-rizieq-pulang-fpi-sumut-ke-petamburan-gnpf-u-bicara-revolusi-akhlak
そして11月14日、中央ジャカルタのプタンブラン通りにある自宅で、リジク師はマウリド(ムハマド聖誕祭)を祝う宴会を催し、多数の支持者が集まりました。そして、ここでも多くの人々はマスクをせず、社会的距離も無視されました。
サウジアラビアに3年半も滞在していたにもかかわらず、また新型コロナ感染拡大中にもかかわらず、ある程度予想されていたとはいえ、FPIのリジク師が見せた大衆動員力は、警察や軍にとっても改めて注目されるものでした。
実際、リジク師の帰国を祝うために、彼の写真入りの大きな立て看板や垂れ幕がジャカルタなどの各所でゲリラ的に貼り出され、警察が軍とともにそれを撤去する事態にもなりました。
警察や軍は、リジク師の想定以上の影響力と大衆動員力を警戒したのかもしれません。12月7日、リジク師の乗った車を守るように移動するFPI関係者の車がチカンペック高速道路のカラワン付近で警察によって停止され、FPI関係者6人が殺害される事件が発生しました。この事件に関するFPIと警察の見解は大きく異なっていますが、人権団体などからは、警察の行き過ぎた行為だったのではないかとの批判が出される事態となりました。
この事件の真相解明がなされないまま、12月12日、ジャカルタ州警は、新型コロナ対策の衛生プロトコルを順守しなかったとして、FPI議長のリジク師を逮捕して拘束しています。リジク師は、内容次第では禁固6年の刑になると見られています。
(以下に続く)
- リジク師帰国のタイミング
- FPIのそもそもの始まり
- 警察と軍の思惑の違い
- FPIの大衆動員力と今後の政治
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