よりどりインドネシア

2020年12月07日号 vol.83

パプア特別自治の行方と分離独立運動の今後(松井和久)

2020年12月07日 19:48 by Matsui-Glocal

毎年12月1日は、インドネシア治安当局にとって最も注意すべき日の一つとなっています。なぜなら、この日は、インドネシアからの独立を主張する独立パプア運動(OPM)などの分離主義者が「パプア独立の日」として、彼らのシンボルである「明星旗」(Bintang Kejora)を掲揚する日だからです。

かつてのスハルト大統領の時代(1966~1998年)には、治安当局が明星旗の掲揚を厳しく監視・阻止してきました。その後、アブドゥルラフマン・ワヒド大統領が2000年1月1日に州名をイリアンジャヤ州からパプア州へ変更すると宣言し、2001年からパプア州(現在はパプア州とパプア州から分立した西パプア州)に特別自治が認められると、いわば州の旗のような存在として黙認されていました。それでも近年、パプア独立を唱える動きが活発化してくると、再び、明星旗の掲揚に対する監視が厳しくなってきました。

今回の2020年12月1日は、パプア分離独立派による「明星旗」の掲揚は行われませんでした。掲揚に伴う騒乱を起こさせないことを優先し、いたずらに治安当局を刺激しないためでした。ジャカルタでも、治安当局による厳重警戒のなか、独立記念塔(モナス)で「パプア独立の日」記念集会がありました。独立を求めるプラカードはあったものの、「明星旗」は掲げられませんでした。パプア分離独立に反対するグループもカウンターで集まっており、衝突を恐れたためでした。

ジャカルタの独立記念塔(モナス)前での「パプア独立の日」記念集会の様子。(出所)https://nasional.tempo.co/read/1410436/hari-ulang-tahun-opm-puluhan-orang-gelar-aksi-di-monas

ただし、在メルボルン・インドネシア総領事館前での集会では、「明星旗」が掲揚されました。

他方、同じ12月1日、パプア分離独立を目指す組織「西パプア統一解放運動」(United Liberation Movement for West Papua: ULMWP)のベニー・ウェンダ(Benny Wenda)議長(在イギリス)が、「西パプア暫定政府の暫定大統領である」とツイッター上で宣言しました。ULMWPは西欧を中心に海外でパプア分離独立への支持拡大活動を続けてきましたが、自ら大統領であると宣言したのは初めてでした。

もっとも、ベニー・ウェンダがパプア分離独立運動全体を仕切っている訳ではありません。パプア分離独立運動には様々な組織・団体が関わっており、統一した運動体になってはいません。実際、最もよく知られたOPMの軍事部門である西パプア国家解放軍(TPNPB-OPM)は、大統領宣言をしたベニー・ウェンダに対して、「イギリス在住のまま外国資本主義者の手先になっている」と厳しく批判しました。

一言で「パプア分離独立運動」といっても、その内実は決してまとまっておらず、それぞれの組織・団体がそれぞれの領域でバラバラに活動している、というのが実態です。それは、パプアという広大な領域に散在するという地理的な要因もさることながら、インドネシア政府がかつてのオランダ植民地政府に倣って、種族・部族間の対立意識も利用しながら、分割統治手法を採ってきたこともその一因に挙げられます。それは、地方分権化に伴うパプアへの特別自治の適用と多額の交付金の供与であり、資源をめぐる地域紛争回避をも目的とする行政区画の分立・細分化であり、プロジェクトや選挙などを通じた地元有力者の取り込みでした。政府は、分離独立運動にはムチを、地元有力者にはアメを与えながら、パプアが一つにまとまらないように、細心の注意を払ってきました。

世界有数の天然資源の宝庫であり、その多くが未開発のままのパプアは、インドネシアにとっても誰にも渡したくない重要な場所です。インドネシア政府は最近、1960年代に開発を始め、長年にわたって金や銅を採掘してきた世界有数の鉱山会社である米国系のフリーポート社の株式を買収して、国内企業化しました。多額の開発初期投資を外資にさせて、ある程度利益が確定したのちにはインドネシア化する、というモデルになった感があります。パプアの資源に関心を持つ外資から見たら、このフリーポート社の教訓はどのように映るでしょうか。そんなことも、昨今のパプア分離独立運動の陰にちらついて見えます。

パプア特別自治法が2001年に施行されてから、来年で20年になります。同法に基づく中央政府から州政府への特別自治資金の供与は来年で終了となります。このため、パプア州の最高議決機関であるパプア人民協議会(Majelis Rakyat Papua: MRP)によって、パプア特別自治の過去20年間のレビューが進められています。 中央政府は、特別自治資金の供与は終了しても、基本的に、パプア特別自治をこのまま継続する意向を示しています。

ところが、このレビューが難航しています。パプア分離独立を志向するグループは、パプア特別自治継続に反対の立場を採り、特別自治の終了、独立の是非を問う住民投票を求めています。他方、中央政府や治安当局は、レビューにおける住民らとの公聴会で分離独立への世論が喚起されることを恐れ、新型コロナ感染拡大防止を理由に、公聴会の開催を中止させる動きを見せています。

こうした動きと並行して、パプアでは、分離独立運動の武装グループやインドネシア治安当局による殺傷事件や人権侵害が相次いで起こり続けています。また、パプア州では11県で12月9日投票の県知事選挙が行われます。通常、パプアでの選挙では、対立候補間での騒乱や暴動などが頻発しており、今回の選挙でもそうした懸念が出ています。

今号では、最近の殺傷事件・人権侵害の事例を見ながら、パプア特別自治をめぐる分離独立グループや中央政府の動きを踏まえ、パプア分離独立運動の今後について筆者なりの展望を試みます。

●パプア特別自治について

ここで簡単に、パプア特別自治について触れておきます。地方分権化が開始された2001年、パプア州とアチェ州には特別自治法が制定されました。パプア州には天然資源の歳入分与で2025年まで石油ガス収入の7割(2026年以降は5割)が州政府へ配分(中央政府は3割)されたり、中央から全国の地方への一般配分金(Dana Alokasi Umum)総額の2%を教育・保健向けを想定した特別自治資金として配分されたりするなど、他州よりも相当に優遇されました。

たとえば、2019年度のパプア州政府の歳入では、歳入総額13兆9781億1782万ルピアの61.8%は前述の特別自治資金、31.5%は中央からの交付金(税の歳入分与、資源の歳入分与、一般配分金、特別配分金)で、自己財源はわずか6.7%に過ぎません。特別自治とはいっても、パプア州政府予算の実に9割以上は中央政府からの資金で賄われていることになります。また、西パプア州政府も同様で、州政府予算の95%は中央政府からの資金で賄われています。

同様に、2019年度のパプア州内の全県・市政府の歳入合計を見ると、総計42兆234億8561万ルピアの95.7%は中央政府からの資金で賄われています。同様に、西パプア州内の全県・市政府の歳入合計16兆7209億6928万ルピアの95.5%は中央政府からの資金で賄われています。

パプア特別自治法によると、州知事・州副知事になれるのは、パプア現地民(orang asli Papua)であるインドネシア国籍保持者となっているほか、就職の場合にはパプア原住民の雇用を優先することが定められています。県知事・市長については同様の規定はありませんが、パプア人民協議会は、いずれについてもパプア現地民とすることを強く推奨しています。すなわち、パプアにおける政府系機関のトップはパプア現地民とすることが一般的になっているのです。

このように、パプア特別自治では、行政トップをパプア現地民が占めることで、パプア人による自治が行われる体制ができている一方、パプアに何代も長く居住していても、先祖がパプアの外からやってきた者は、どんなに優秀でも、行政のトップには就けないようになりました。

しかし、行政が動かす資金の9割以上は、中央政府から送られてくる資金であり、自前の資金はほとんどありません。自分たちの給与等も中央政府からの資金なしでは支払えない状況です。パプア州・西パプア州は、全国の州で見ても極端に自己財源比率が低く、2001年の特別自治法開始時と比べても、さらに少し低くなっているほどです。逆に言うと、中央政府からの潤沢な資金供与があるために、自己財源収入を増やす努力をこれまで20年間する必要を感じなかった、ということかもしれません。

行政トップにはパプア現地民が就き、使える資金が自前の資金でなく他所からの資金だったら、何が起こるでしょうか。その資金活用に対する責任の所在があやふやになるはずです。実際、特別自治実施後、地方首長やその家族のジャカルタとの往復回数が増え、汚職や蓄財に走るケースが多数発生しました。ジャカルタの高級宝飾店の得意客にはパプアからの地方政府高官やその家族が多かったという話もよく聞きます。

パプア特別自治のおかげで、地方首長はとても美味しいポジションとなったわけですが、そのポジションに就けなかった者の恨みや妬みは想像に余りあります。その恨みや妬みが部族対立や資源権益などと結びついたり、場合によっては一気に分離独立のような話へ飛んでしまったりする可能性もあります。中央政府もまた、それらが分離独立に結びつかないように、ときには県・市や郡、村などを分立させて新しく地方首長ポジションの数を増やすなどして、懐柔を図ってきた経緯があります。

パプアは特別自治とはいえ、財源を中央政府に過度に依存したままの危うい状況を深化させました。そして、同じパプア現地民でありながら、利権の恩恵に預かれた者と預かれなかった者との分断が起こりました。パプア現地民を分断させて一つにまとまれないようにする、という意味では中央政府の思惑通りになったのでしょうが、他方、不遇を囲った者たちは、深く考えることなく、不満のはけ口を分離独立運動に求める可能性もあるように思えます。

パプア州ジャヤプラ県の小学校を訪問したジョコ・ウィドド大統領(2019年10月11日)。(出所)https://nasional.republika.co.id/berita/pz79qe430/jokowi-akan-evaluasi-otsus-papua

(以下に続く)

  • 特別自治拒否行動とオムニバス法反対デモの連動
  • 特別自治レビューの公聴会が開催不能
  • インタンジャヤ県での神父殺害事件など
  • 焦る治安当局、紅白戦線の強化
  • 「パプア」という一般化からの脱却を
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