よりどりインドネシア

2020年12月07日号 vol.83

往復書簡-インドネシア映画縦横無尽 第10信:インドネシアのドキュメンタリー映画(横山裕一)

2020年12月07日 19:20 by Matsui-Glocal

轟(とどろき)英明 様

前回のサッカー2部作映画『ガルーダを胸に』は、轟さんもおっしゃる通り、2作目のほうが内容も深まり見応えがありましたね。また、私が書き忘れていたところ、轟さんが指摘してくれましたが、シュート・シーンとゴール・シーンのカットが別カットに割られているなど、スポーツプレー自体の醍醐味を魅せる意味ではインドネシアのスポーツ映画はまだこれからというところかもしれませんね。インドネシア初の五輪メダリストを描いた『3スリカンディ』(3 Srikandi / 2016年公開)も、矢を放つシーンと的に刺さるシーンがことごとく別カットになっていたかと思います。

ところで、本稿を書いている今夜(12月5日)、インドネシア映画祭の表彰式が行われました。2019年10月から2020年9月までの作品が対象で、最優秀作品賞にホラー映画の『地獄の女』(Perempuan Tanah Jahanan)が選ばれ、最優秀監督にも同作品のジョコ・アンワル(Joko Anwar)監督が受賞しました。

残念ながら、私はホラー映画をほとんど観ないのですが、同作品にも大物女優のクリスティン・ハキム(Christine Hakim)が出演しているように、毎年、実力派女優がホラー映画に挑戦していて、何か魅力はありそうだなとは感じていたところです。以前、轟さんから面白いものが何本かあると聞いたことがあります。是非、近々ホラー映画についてお話しいただき、見るきっかけにしたいと思っております。

また、ジョコ・アンワル監督作品でいうと、現在ネットフリックスに『私の心のコピー』(A Copy of My Mind / 2016年公開)が配信されています。ジャカルタ・コタ地区の下宿に住むテラピストの女性目線で、ジャカルタのやるせない裏社会事情が描かれているだけでなく、実力派監督だけに、臨場感あふれる映像が味わえて、好きな作品のひとつです。

前置きが長くなりましたが、インドネシアでは季節感がないため実感は湧かないものの、今年も師走に入りました。そこで今回は今年劇場で観た作品から一番印象に残ったものを取り上げたいと思います。

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今年は新型コロナ感染のため、3月上旬までしか新作上映はありませんでしたが、2ヵ月あまりで8本鑑賞することができました。このうち特に印象に残ったのが、『草根の唄』(Nyanyian Akar Rumput)と『スムスタ(あらゆるもの)』(SEMES7A)の2本で、偶然にもどちらもドキュメンタリー映画でした。

このうち、今回はネットフリックスでも配信されている『スムスタ』(SEMES7A)についてお話しします。同作品は気候変動に伴い環境に悪影響を受けた地方の5民族と2グループがどのように向き合っているかを記録した7つのエピソードからなるオムニバス映画です。

インドネシアは赤道の8分の1を占める範囲に領土・領海を持ち、世界で3番目に多くの熱帯雨林を有しています。しかし、熱帯雨林で見れば森林火災や開発伐採により、カリマンタン島で過去半世紀に50%が消滅(WWF資料)、スマトラ島でも1990年以降50%が消失(同作品引用)していて、残念ながら、インドネシア発で地球全体の15%の気候変動の要因となっているとも言われています(同作品引用)。

映画『スムスタ(あらゆるもの)』(SEMES7A)公開時ポスター

その気候変動により、インドネシアも当然ながら深刻な影響を受けていて、同作品でも、異常気象による洪水に見舞われた東ヌサトゥンガラ州フローレス島の僻地集落や、海面上昇でサンゴや海産物に影響を受けた西パプア州ラジャアンパット、生息域の減少に伴い象が人里の畑などを荒らすアチェ州の山間部などが取り上げられています。

フローレス島で舞台となった村は電気が通っていないため、各家庭による自家発電機の使用で、騒音とともに排気ガスの大量排出が問題となりました。このため、村の教会が中心となって小さなダムを設置して電気を確保していました。しかし6年後、たった2時間半のゲリラ豪雨ともいうべき集中豪雨でダムは崩壊し、タービンのある小屋も洪水に飲まれ破壊されてしまいました。村の問題は全て神父を中心に教会で話し合われます。「どうすれば神の創造した環境を守ることができるのか」。神父の試算ではダムの修復工事費用は、家庭ごとに等分しても貧しい村の人々には払えない額です。「どうしましょうか?」。神父の問いかけに、自らで修復することを住民たちは選択します。

西パプア州ラジャアンパットでは、海岸域の女性は皆、海女としてロブスターやナマコ、貝などを採って、子どもの教育費や医療費などを賄っています。一時期の乱獲、密猟に加え、地球温暖化に伴う海面の上昇でサンゴが死にはじめ、魚介類の減少に直面します。そこで教会の協力を得ながら彼女たちが行ったのが、伝統風習であるサシ(Sasi)でした。サシは海産資源を保護するために一定期間漁を自主的に禁止する東インドネシアでみられる風習です。半年間で1週間のみ漁を解禁し、事前に女性たちは漁獲量やサイズの小さいものは放流することを申し合わせます。まさに代々培われた資源の安定確保のための知恵が気候変動に対応するために再度利用されることになったわけです。

このように、各地で気候変動による影響と真摯に向き合う人々が紹介されていきます。しかし、お気づきになられたとは思いますが、これらは環境破壊、気候変動に対しての抜本的な解決策の提示にはなっていません。ただ逆に言えば、これこそが同作品が観る者に訴える強いメッセージなのだと思われます。

我々が直接的間接的に恩恵を受けている自然をいかに維持、回復させていくか。ラジャアンパットの鏡のように反射する美しい海でさえ、海中では大きな変化が起きている警鐘をその地の住民たちは強く感じ取っていることを知り、我々も何を感じとるべきか。各地で自然とひたむきに向き合う人々の姿を通して、我々も何をすべきか。

同作品では生活レベルで何ができるか、ライフスタイルのヒントを最後に2つのエピソードで示しています。

ひとつはジョグジャカルタでゴミを出さないリサイクル生活を目指した有機栽培を行う男性を中心としたグループ、もうひとつは、ジャカルタ郊外で家庭菜園を人々に広める若夫婦の活動です。ジョグジャの男性は「自然はあるべき姿で常にある。(環境を守るには)人間が変わらなければならない」と話し、ジャカルタ郊外の夫婦は「都市での問題は解決策も都市にあるはず」とそれぞれの信念を強く持って活動しています。

環境破壊の最大要因はインドネシアでいえば熱帯雨林の減少であり、ゴミ問題、都市部での渋滞や冷房などによる温室効果ガス排出などですが、環境に対する意識を一人一人が認識することの大切さが作品を通して訴えられています。

そんな答えの小さなひとつとして、現在で言えば、プラスティックゴミの削減でスーパーやコンビニエンスストアでビニール袋を禁止したことが挙げられるかもしれません。バリで先行して始まり、現在ジャカルタでも実施後半年余りが経ちます。今や外出時にカバンの中にエコバックを入れるのも習慣になりました。4年前、西ジャカルタのムアラアンケから船で出航して間もなく見た、各地の河川から流出したおびただしい量のゴミで一面埋め尽くされていた海が今どうなっているのかとたまに思うことがあります。

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