よりどりインドネシア

2020年11月22日号 vol.82

2021年、国営企業は海外を目指す(松井和久)

2020年11月22日 19:15 by Matsui-Glocal
2020年11月22日 19:15 by Matsui-Glocal

日本のメディアでは報じられませんでしたが、2020年11月4~6日、エリック・トヒル国営企業大臣ら一行が日本を訪問し、西村経済再生担当大臣はじめ政府関係者や民間企業関係者と面会しました。今回の訪問は、10月20日の菅首相のインドネシア訪問を受けて、新型コロナ対策、EV用蓄電池開発、住宅開発などの分野で、インドネシアの国営企業と日本側との協力の可能性を協議することが目的だったようです。

日本を訪問中のエリック国営企業大臣一行。(出所)https://www.pkpberdikari.id/menteri-bumn-terus-tingkatkan-kerjasama-dengan-jepang-paska-covid-19/

もっとも、エリック大臣は日本だけへ特別に訪問したというわけではなく、日本に先立って、8月にはレトゥノ外務大臣とともに中国を訪問していました。中国にとって、レトゥノ外務大臣は新型コロナ禍で最初に中国を訪問した外国の外務大臣でもありました。

エリック・トヒル国営企業大臣は、インドネシアにおける新型コロナ対策チームの実質的な中心メンバーであり、ジョコ・ウィドド(通称:ジョコウィ)大統領の次の世代のホープと目されている人物です。2019年10月の大臣就任早々、国営企業幹部人事を大胆に断行し、国営企業改革を進めてきました。

エリック大臣は、前大臣・元大臣の時代から続く国営企業の産業別クラスター化と各クラスターでの持株会社設立をさらに進めてきました。産業別クラスターの数を27から12へ減らすとともに、既存の国営企業142社を最終的に40社へ減らすことを言明しています。現政権が任期終了する2024年までに産業セクター9部門で特定の1社を持株会社化し、他の国営企業はその持株会社の子会社とする計画です。

インドネシアの国営企業については、乳を出す乳牛にたとえられるように、政府への資金提供源と見なされ、非効率な経営やコンプライアンスの低さが常に問題視されてきました。このため、日本企業の多くはインドネシアの国営企業とのビジネスには消極的な傾向が見られました。

エリック大臣はそうした国営企業のイメージを払拭するために改革を断行し、シンガポールのテマセクやマレーシアのカザナのような、プロフェッショナルな政府系投資会社をイメージした、強い国営企業団を作りたいと考えている様子です。もっとも、各産業クラスターの持株会社をまとめた、テマセクやカザナのような「スーパー持株会社」(super holding)をいきなりつくる前に、それぞれの産業クラスターの内部の一体化を重視する姿勢を示しています。

こうしたイメージをもとに、これまで手薄だったインドネシアの国営企業と日本企業とのビジネス関係構築へ積極的に取り組み始めたものと見られます。

2020年11月、日本から帰国後、新型コロナ感染拡大が続き、経済活動が低迷するなかで、エリック大臣が宣言したのが「2021年、国営企業は海外を目指す」でした。元々、大臣は、国営企業の海外進出の必要性を強調してきたのですが、国営企業を通じたインドネシアからの輸出増大と海外への投資拡大をより鮮明に主張したものです。

ただし、インドネシアの国営企業は、これまで全く海外投資を行ってこなかったわけではありません。実は、あまり知られてはいませんが、2010年代からかなり積極的に海外へ投資をしたり、事業の可能性を調査したり、様々な試みを行ってきました。とくに、アジア諸国だけでなくアフリカ諸国へ、鉄道や道路などのインフラ投資を積極的に行なう姿勢が見られます。

本稿では、過去の事例も含めて、インドネシアの国営企業の海外展開の方向性と可能性をみていきたいと思います。

●国営企業の海外展開戦略

2020年7月17日、エリック国営企業大臣はレトゥノ外務大臣との間で、国営企業の海外投資と輸出拡大に関する協定書に署名しました。今後、全世界のインドネシア在外公館が国営企業の海外展開を積極的に支援することになりました。

国営企業大臣と外務大臣との協定書を受けて、国営企業省は、国営企業の海外展開のため、3段階の戦略が撮られることを表明しました。

第1段階では、インドネシア・インコーポレイテッド(Indonesia Incorporated)を設立します。これは一種のブランディングで、国営企業の海外支店・事務所をインドネシア・インコーポレイテッドの名の下に置く、というものです。

現時点で、インドネシア国外においては、国営企業17社が26ヵ国に83ヵ所の支店・事務所を開設しています。これらの支店・事務所を、建物を一棟借りするなどして一国につき1ヵ所へ集約し、インドネシア・インコーポレイテッドの名を冠する、というイメージです。コスト削減の意味もありそうです。

インドネシアの国営企業が海外展開している国々(青く塗られた国々)。(出所)https://m.tribunnews.com/kilas-kementerian/2020/09/10/pimpin-rapat-koordinasi-erick-thohir-dorong-penguatan-bumn-go-global

次に、第2段階では、市場調査などを通じてサプライチェーンを整備し、新規市場開拓を進めていきます。後述しますが、インドネシアの国営企業は、アフリカや中東などの市場で新たなビジネス機会を求め続けてきました。

そして第3段階では、サプライチェーンの整備や市場開拓が十分に整ったうえで、具体的に市場へ参入していきます。とくに重視しているのが、海外での企業吸収・買収です。インドネシアの国営企業には、新規企業設立とともに、現地企業の吸収・買収を積極的に行なうことが求められ、政府がそのための投資資金を充当します。そのイメージとしては、たとえば、国営塩会社がオーストラリアに自社の塩田を持つとか、肉を確保するためにニュージーランドに企業設立する、といったことが挙げられています。

国営企業省によると、新型コロナ禍では、とくに製薬関係の国営企業の海外展開に重点を置きたいということです。製薬業は国営企業12クラスターの一つで、PT. Bio Farmaが持株会社となり、他の国営製薬会社をまとめています。これまでにPT. Bio Farmaは、アンゴラ、ソマリア、エチオピアなどでポリオワクチンの製造・流通を行っています。

PT. Bio Farmaは現在、中国のワクチン開発会社シノバックからの技術移転を開始し、新型コロナウィルスに対するワクチン開発を共同で進めており、ワクチン開発にもインドネシアの国営企業が積極的に関わる意向を示しています。

国営企業省が全世界のインドネシア在外公館から集計した数字によると、これまでの国営企業による海外投資額は175億ドル(258.65兆ルピア)とのことです。また、国営企業によるこれまでの輸出実績額は66.8億ドルで、そのうちの56億ドルはアジア地域向け、とくに石炭や鉱物が大半を占めています。国営企業省によると、国営企業からの輸出は潜在的には実績の27倍程度が見込まれる、としています。

2010年代前半はミャンマーが標的

アジア諸国への国営企業の展開のなかでは、2010年代前半のミャンマーへの投資意欲が旺盛でした。ミャンマーは、スハルト時代から民間レベルで木材などへの投資が行われてきたことや、ミャンマーの軍事政権がインドネシアのスハルト体制(ゴルカルによる翼賛政治体制)をモデル視していたこともあって、国営企業にとっても比較的進出しやすい環境がありました。2010年代前半の一時期には、国営企業15社がミャンマーへの海外展開に興味を示していました。

石炭生産国営企業であるブキットアサム社(PT. Bukit Asam: PTBA)はその一つで、まず、ミャンマーへの石炭輸出を行いながら、自社の石炭を使う発電所の建設を計画しました。そこでは、2015年までにフィージビリティ・スタディを行い、出力300 MWの発電所2基を2019年までに操業させる予定でした。そして、発電所を操業させながら、ミャンマー国内での炭田探査を想定しました。

その後、石炭価格が低下したため、事業の中断を余儀なくされましたが、2017年に再開の意向を示していました。その後どのようになったかについては、今のところ情報がありません。

国営企業のミャンマーへの投資については、インドネシア政府によるロヒンギャ問題解決との絡みで、過去に以下の拙稿を書きましたので、よろしければご笑覧ください。 

 インドネシア政府がロヒンギャ問題解決に積極的な本当の理由(松井和久)https://yoridori-indonesia.publishers.fm/article/16275/

また、国営武器製造会社のピンダット社(PT. Pindad)が生産した4億個の銃弾の一部がミャンマーへ輸出されたとの報道があります。ピンダット社は現在、突撃銃(アサルトライフル)の輸出に力を入れており、ミャンマーのほか、アラブ首長国連邦、ブルネイ、イラク、バングラデシュなどの軍で使用されているということです。

ピンダット社製の突撃銃(アサルトライフル)。(出所)https://www.matakota.id/news/66355-senjata-senjata-buatan-pindad-yang-mengguncang-dunia

(以下に続く)

  • アジア諸国への海外展開
  • アフリカへの積極的な展開
  • 特筆される鉄道関連の海外展開
  • 海外展開と国内での国営企業改革は連動
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