よりどりインドネシア

2020年10月22日号 vol.80

雇用創出法(オムニバス法)反対デモ暴動化の背景(松井和久)

2020年10月22日 22:58 by Matsui-Glocal

筆者は前号(『よりどりインドネシア』第79号)で、2020年10月5日に国会で成立した雇用創出法(オムニバス法)の概要を説明しました。おさらいになりますが、同法の目的は、様々な関連法令を変更・改訂することにより、雇用機会創出を通じて経済を成長させ、投資を促進させることです。経済や投資を進めれば自ずと雇用機会は創出されるという考えでしょうが、実質的には「ビジネス・投資促進法」という側面が強く、内容と法律名に距離を感じてしまいます。

今号では、雇用創出法反対デモが暴徒化した背景について考えてみます。まず、国会成立後にも違法ともいえる内容変更が行われるなど、法案の確定内容が不明なままで推移し、そのような状態で反対デモが行われた点を指摘します。反対デモに対して、政府は「法律の内容をよく読んでからデモをせよ」と批判しましたが、それは事実上無理だったのです。内容が不明確なままだからこそ、市中に様々なデマが流布する事態となり、それがデモの拡大に拍車をかけました。実際、後に公表された法案の内容と比べると、流布されたデマの内容は相当に過激で、甚だしく間違ったものでした。

次に、今回のデモの暴動化が2019年5月のジャカルタ暴動と酷似している点を指摘します。当初の平和的で比較的秩序だったデモの後、所属不明の暴徒が侵入して暴動化するのですが、その後、警察が暴動の首謀者を摘発する、という展開になりました。政府や警察が暴動の首謀者と名指ししたKAMI(インドネシア救国行動連合:Koalisi Aksi Menyelamatkan Indonesia)という名の団体についても説明します。

さらに、今回の反対デモとその暴動化が今後の政局に及ぼし得る影響についても考えてみます。なかでも、国内最大のイスラム社会団体であるナフダトゥール・ウラマ(NU)とNUに次ぐ会員数を持つムハマディヤが、ともに雇用創出法に反対の立場を採っている点は注目に値します。各々の影響を受ける民族覚醒党(PKB)と国民信託党(PAN)は政権与党であり、マアルフ・アミン副大統領はNUの重鎮です。国会で与党過半数のジョコ・ウィドド政権ですが、今後も盤石のままで推移できるのでしょうか。併せて、国会での法案可決の際、可決は時期尚早とし、法案反対の立場で議場退出した民主党と福祉正義党(PKS)についても触れます。

大統領官邸付近でデモをする学生たち。(出所)https://kabar24.bisnis.com/read/20201008/15/1302738/demo-uu-cipta-kerja-rusuh-bin-sebut-peran-penyandang-dana-aksi-sebelumnya

●国会可決後にも内容変更、内容不明のままでの反対デモ

2020年10月5日に国会で成立した雇用創出法は、10月12日にジョコ・ウィドド(通称:ジョコウィ)大統領に提出され、最長1ヵ月以内に大統領署名を終えて、正式に施行されることになります。ところが、国会可決から大統領への提出の間に、法律条文の内容の変更が密かに行われたことが明らかになりました。本来、法律上では、国会可決後の変更は誤字・脱字などに限られており、内容の変更は重大な法律違反となるはずです。

具体的にいうと、雇用創出法(オムニバス法)案には、審議中の2020年2月版(1,028ページ)、国会で可決した10月5日版(905ページ)、その後に出た10月11日版(1,035ページ)、そして大統領へ提出されたとされる10月12日版(812ページ)の4種類が存在します。これらがすべて正規のものであるならば、10月5日の国会可決後に2回、内容を変更したことになります。

どの条文がどのように変更されていったかについては、現在、筆者が細かく確認中であり、今号では敢えて詳細については触れません。一例だけ挙げると、雇用創出法第81条において、労働法(法律2003年第13号)内に新設した第154条(1)の雇用関係終了(PHK)の事由に関する項目で、10月5日版では雇用者側からの労働者解雇の事由しか述べられていなかったのに対して、10月11日版ではそれに加えて、雇用者側の不当行為による労働者側からの雇用関係終了の事由・条件が書き加えられています。

この内容変更は、明らかに、10月5日の雇用創出法成立後、各地で広まった反対デモを受けて行われたものだと推察されます。これらの内容変更は国会内で秘密裏に行われましたが、このどさくさに紛れて、とくにゴルカル党からの働きかけで、国会内で議論されないまま、一部産業を利するとみられるいくつかの新たな内容が盛り込まれたという情報も流れています。法律の専門家は、こうした法律制定プロセスに重大な問題があると批判しています。

前号にも書きましたが、政府は法律制定をとにかく急ぎました。国民の雇用を促進することが目的にもかかわらず、国会での議論の過程で、法案の内容が広く国民に知らされることはありませんでした。実際、賛成も反対も、その基になる法案の内容がどう書かれているかに基づいて行うことができなかったのです。しかも、国会成立後にさえ内容の変更が行われているのです。

ジョコウィ大統領は、雇用創出法の施行に並々ならぬ意欲を見せてきました。雇用創出法が成立した10月5日、翌日からの反対デモを予定する労働組合団体の代表2名を大統領官邸に招き、デモを中止するよう直接説得しました。一部には、デモ中止なら労働副大臣就任という取引さえあったと報じられました。さらには、労働組合団体代表名でデモ中止を命じる文書まで出回り、それがニセ文書だったことが暴露されました。労働組合団体以外にも、政府は、デモを予定している大学などへもデモ中止のための様々な懐柔策を行っていました。

それでも、デモは強行されました。ジョコウィ大統領は、全国へ広がった反対デモが誤った情報やデマによるものだと批判し、そのデマのいくつかについて正しい内容を伝え、国民に雇用創出法を正しく理解するよう求めました。閣僚たちは反対者に対して「法案の内容を読んでから批判せよ」と求めました。しかし、その段階で、10月11日版と10月12日版はまだ公表されていませんでした。

すなわち、雇用創出法反対デモは、法案の個々の正しい文面を理解したうえで行われたものではなく、ビジネス優先により労働者・農民がより厳しい立場に立たされるという漠然とした不安や単純な資本による搾取論がもとにあり、それに様々な「デマ」が流れて不安感と政府への怒りを駆り立てた、という性格のものだったと言えます。

では、どのようなデマが流れていたのか、例を挙げてみます。

●雇用創出法に関して流布したデマの例

雇用創出法をめぐっては、様々なデマが流れました。前述のように、法案の確定内容が一般国民向けに発表されなかったことが、根拠のないデマが流布する大きな原因となりました。ここでは、とくに労働関連のデマのいくつかの例を挙げます。

退職金は廃止 ⇒ 廃止されないが、退職金算定要素を構成する「不当解雇に対する権利補償金」の規定がなくなったため、最終的な退職金の算定額が不明。ただし、解雇補償金と褒賞金の算定方法に変更はなかった。

賃金は時給で計算 ⇒ そのような規定はなく、従来通り、労働協約等で企業側と労働者側で決めることになる。

常雇のステータスはなくなる ⇒ そのような規定はない。ただし、アウトソーシングによる請負労働者の契約期限がなくなり、解釈によっては、常雇になれないままずっと請負労働者のステータスということも起こる可能性がある。

最低賃金は廃止 ⇒ 最低賃金は存在。ただし、それを決めるのが州知事となった。県知事・市長ではなくなった。州知事は必要に応じて県・市レベルの最低賃金を決定する。

生理休暇、妊娠休暇、出産休暇がなくなる ⇒ そのような規定はない。

企業はいつでも一方的に労働者を解雇できる ⇒ 10月5日版でそのように読めてしまう部分があったが、10月11日版と10月12日版で条件の歯止め。

社会保障がなくなる ⇒ そのような規定はない。新たに、保険料を支払った労働者を対象とする失業保険制度を導入し、退職金に補填する。

外国人労働者が自由に入国できる ⇒ 企業による外国人使用計画が政府により承認されなければ外国人労働者は雇用されない。同計画が免除されるのは、企業幹部やインドネシア人では代替できない技術者などに制限。

レバラン休日は公定祝日のみとし、金曜礼拝は1時間に制限 ⇒ そのような規定はない。

すべての労働者は日雇となる ⇒ そのような規定はない。

労働者は抗議したり、不当解雇を訴えたりしてはならない ⇒ そのような規定はない。

こうしたデマがSNSなどを通じて広範に流布すると、雇用創出法によって、労働者の立場が圧倒的に悪くなるような印象を与えることになります。警察のサイバー監視チームは、以前よりこうしたデマの監視に当たってきており、上記のようなデマをツイッターで流したとして、マカッサル在住の36歳の女性が逮捕されました。

デモを主導した労働組合団体KSPIのサイド・イクバル代表は、雇用創出法案を議論する国会法務委員会から法案の内容についての情報を得ていたとし、自分たちは間違った情報を流してはいないと主張しています。しかし、一歩間違えれば、同代表もまたデマを流布したとして逮捕されるかもしれなかったでしょう。警察からすれば、そう相手に思わせるだけで効果は十分なのです。

(次に続く)

  • デモの暴動化のプロセスが2019年5月暴動に酷似
  • 暴動化の「首謀者」KAMIとは
  • 今後の政局へ影響するか
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