よりどりインドネシア

2020年10月07日号 vol.79

政府は雇用創出法(オムニバス法)の成立をなぜ急いだのか(松井和久)

2020年10月07日 21:14 by Matsui-Glocal
2020年10月07日 21:14 by Matsui-Glocal

インドネシア国会は2020年10月5日、雇用創出法(UU Cipta Kerja)を成立させました。国会法務委員会での審議は10月3日に終了したばかりで、そのわずか2日後に成立というはやさでした。雇用創出法を成立させた国会は、10月9日から休会となります。

国会で雇用創出法(オムニバス法)が成立。(出所)https://nasional.kompas.com/read/2020/10/06/11164111/kecewa-uu-cipta-kerja-disahkan-sekjen-mui-sebut-dpr-bela-kepentingan-pemilik?page=all

雇用創出法の審議も、他の法案よりもスピード感のある審議でした。これまで6ヵ月の間に国会法務委員会が63回の会議を行いましたが、その議事録や一部配布資料が以下の国会のサイトからダウンロードできるのには驚きました。

http://www.dpr.go.id/uu/detail/id/442

雇用創出法は一般に「オムニバス法」とも呼ばれています。オムニバス法は、様々な法律の関係する条文のみを取り出し、その修正版を並べて全体で一つの法律にする、という形を採ります。すでに私は、『よりどりインドネシア』第59号(2019年12月8日発行)で、「オムニバス法で投資誘致は進むか」という拙稿を書きましたので、興味のある方は、以下のサイトからご笑覧ください。 

https://yoridori-indonesia.publishers.fm/article/21433/

10月7日現在、労働者団体や学生らによる雇用創出法反対デモがインドネシア全国各地で起こっています。このデモは10月6~8日の3日間予定されていますが、バンドゥンなど一部では騒乱も起きた様子です。一方、新型コロナウィルス感染者が累計で30万人を超え、ドイツを抜いて世界第22位になるなか、雇用創出法反対デモがさらなる感染拡大を引き起こすのではないかとの見方も強まっています。警察は、新型コロナウィルス感染拡大防止を理由に、デモ隊に対して厳しい態度で治安維持に当たる様子もうかがえます。

雇用創出法の成立に反対する労働者団体のデモ。10月5日、タンゲラン市にて。(出所)https://tirto.id/dampak-omnibus-law-uu-cipta-kerja-rugikan-buruh-hingga-abaikan-ham-f5Cs

他方、新型コロナウィルス対策に集中しなければならない今、なぜ雇用創出法の成立を政府・国会は急いだのかという疑問も出されています。テレビ・トーク番組「ナジワの眼」の人気司会者で、対談を欠席したテラワン保健大臣がいないまま対談番組を進行したことで注目を集めるナジワ・シハブさんは、新型コロナウィルス対策をおざなりにしたまま、雇用創出法を早急に制定した政府を批判する動画を公開しました。

雇用創出法に対しては、政財界が一刻も早い成立を切望してきた反面、ビジネス優先で一部大企業家を利する一方で、労働者の権利を奪い、さらなる環境破壊の恐れを抱かせるものという見解も多々見られます。

今回は、雇用創出法の成立を政府はなぜ急いだのか、雇用創出法のベースとなる政府の考え方はどのようなものなのか、労働者団体はなぜ反対するのか、といった点について、大まかに見ていきたいと思います。なお、時間の関係で、雇用創出法の条文一つ一つや議事録等のチェックはまだできていないなかでのまとめとなることをご容赦ください。

●雇用創出法の目的と構成

政府によると、雇用創出法の目的は、様々な関連法令を変更・改訂することにより、雇用機会創出を通じて経済を成長させ、投資を促進させることです。具体的にどのように雇用を創出させるかということよりも、経済や投資を進めれば自ずと雇用機会は創出される、ということのように見えます。そう考えると、雇用創出法という名前とは裏腹に、「ビジネス・投資促進法」という意味合いのほうがどうしても強いと感じざるを得ません。

雇用創出法には、様々な法律の条文の何条をどう修正したか、何条を省いたか、といった内容がずらずらと書かれています。たとえば、「第●条:○○に関する法律○○年第〇号第▽条は以下のように改訂する」という文章の後に、第▽条の改訂された文章がずらずらと書かれていきます。これがずっと続いて、条文ごとの解説ページも含めた総ページ数は1,000ページをゆうに超えるボリュームとなっています。

雇用創出法で対象となったのは合計で79法、1,203条文でした。その内訳は、事業許可の簡略化(52法・1,042条文)、投資条件(4法・9条文)、労働(3法・63条文)、零細中小企業・協同組合(3法・6条文)、事業円滑化(9法・20条文)、研究開発・イノベーション支援(1法・1条文)、行政管理(2法・11条文)、罰則(新規)、用地確保(2法・14条文)、国家戦略投資プロジェクト(新規)、経済区(3法・37条文)となっています。

これらを踏まえ、雇用創出法は以下のような章立てになっています。 

  • 第1章 一般規定
  • 第2章   意義と目的
  • 第3章   投資・ビジネス事業のエコシステム強化
  • 第4章   労働
  • 第5章   零細中小企業・協同組合の事業円滑化・保護・育成
  • 第6章   事業円滑化
  • 第7章   研究開発・イノベーション支援
  • 第8章   用地確保
  • 第9章   経済区
  • 第10章  中央政府投資と国家戦略事業円滑化
  • 第11章  雇用創出支援のための行政実施
  • 第12章  罰則
  • 第13章  その他の規定
  • 第14章  移行規定
  • 第15章  おわりに

●政府はなぜ成立を急いだのか

新型コロナウィルス感染拡大が続き、収束の目途が全く立たない現状で、インドネシア政府はなぜこの雇用創出法の成立を急いだのでしょうか。

そもそも、この雇用創出法が政府内で議論されていたおおよそ1年前、第2次ジョコ・ウィドド(通称:ジョコウィ)政権が発足した頃で、新型コロナウィルス感染の話はまだありませんでした。当時、大統領は、経済が高成長を続けているベトナムを意識し、その秘密を探っていました。そして、以前から注目してきたインドネシアの複雑な許認可制度を簡素化し、許認可プロセスをスピードアップさせる必要を痛感していました。

そのために、関連する法令を一つ一つ、重複や齟齬のないように改訂するには膨大な時間と労力がかかり、いつ完結するかも分かりません。そこで注目したのが、ベトナムが導入したオムニバス法という手法でした。ビジネス・投資関連の改訂条文を一つの法律の下に集め、一気に改訂するというやり方でした。ジョコウィ大統領は、このオムニバス法に賭ける決意をしたのでした。

それは、新型コロナウィルス感染拡大のなか、感染対策とともに経済回復を目指すうえで、この機会に一気に進める必要性を感じたようです。単なる経済回復に留まらず、経済構造改革も進めてしまうためでした。

同時に、先進国化を2045年に達成するという中長期目標へ向けて、インドネシアがいわゆる「中進国の罠」から抜け出すためにも、雇用創出法による抜本的な改革が必要であると認識しているようです。中進国の罠とは、後進国に対しては労働コストの面で競争力がない一方、先進国に対しては生産性や技術の面で競争力がないため、中進国から抜け出せない状況に陥ることです。インドネシアの2045年までの長期計画では、2036年に中進国の罠から抜け出すことを目標としています。

(以下に続く)

  • リスク・ベースでの許認可
  • 空間計画と環境
  • 労働者団体はなぜ雇用創出法に反対するのか
  • 筆者なりの印象

 

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