よりどりインドネシア

2020年07月22日号 vol.74

いんどねしあ風土記(20):ヌサンタラ・コーヒー物語(後編) 〜コーヒー文化紀行~(横山裕一)

2020年07月22日 15:35 by Matsui-Glocal
2020年07月22日 15:35 by Matsui-Glocal

●コーヒーが導く運命「トト・コピ」~フローレス島マンガライ

引き続きフローレス島マンガライ地区のコーヒー屋台にて。主人と話していると、近くで奥さんが杵と臼でコーヒー豆を粉にする作業を始めた。インドネシア各地で共通のコーヒー豆の伝統的な挽き方だ。1キロの豆を粉にするのに、1時間かけて杵で突くという。

杵と臼による伝統的な方法でコーヒー豆を粉に(フローレス島マンガライ)

このコーヒー屋台を経営する夫妻は、実はコーヒー栽培から製造までを手がけるコーヒー農家だった。しかも全てが伝統的な方法で仕上げられていた。主人はバシリウスさん、奥さんはスサナさん。代々続くコーヒー農家だという。

コーヒー屋台を経営するバシリウスさん(写真上)とスサナさん(写真下)夫妻

ここで奥さんのスサナさんが珍しいコーヒー文化を披露してくれた。マンガライ地区ならではの古くからの風習「トト・コピ」(Toto Kopi)、コーヒー占いである。「トト」はマンガライ民族の言葉で「占い」を意味する。スサナさんのように年配の女性から代々引き継がれた方法を学んだ、特定の女性のみが占えるようになるという。

コーヒーは「トゥブルック」と呼ばれる淹れ方で作ったコーヒーが使われる。「トゥブルック」は挽いた豆に直接湯を入れただけで飲む方法であるため、飲み干すとグラスの底に沈殿した豆の粉が残る。そのグラスを逆さまにして、グラスの内側に流れる豆の粉が描いた幾何学文様を見て占う。

この日も地元の若い男性客がコーヒーを飲み終えると、グラスを逆さまにしてスサナさんに占いを頼んだ。スサナさんは豆の粉が描く模様が乾くのをしばらく待つ。そしておもむろにグラスを持ち上げて、透かすようにじっと見つめて読み解く。

「いいことがあるよ、たくさんの子宝に恵まれるよ」

グラスの内側のコーヒーの粉が乾くと(写真上)スサナさんが模様を見て占う(写真下)

スサナさんが占い終えると、男性は満足そうに微笑む。占いは若者の恋愛占いから伝統儀式の前にも行われるなど多岐にわたるという。「トト・コピ」は一杯のコーヒーを二度楽しむ娯楽的な文化であるばかりでなく、地元住民の生活・風習に深く根ざしてもいるようだ。

このマンガライ地区はほとんどがカトリック教徒であるものの、日常生活では古来からの地域信仰の影響をより強く受けている。神の前では人間は平等で、神を中心にみな等距離の同心円状に位置する、という独自哲学を持つ。

この哲学を体現したもので有名なものが「リンコ」(Lingko)と呼ばれる、先祖代々受け継がれてきた農地の分配方法だ。上空から見るとクモの巣状に浮き出た田園に見えることから観光名所にもなっている。神聖な神の宿る中心点から同心円を描き、大家族ごとの構成員の数に合わせて扇形の幅が決められる。

マンガライ地区で独自の土地分配によってできた、蜘蛛の巣状の田園「リンコ」

こうした地域信仰に基づいた独特な文化・風習を持つマンガライ民族だからこそ、「トト・コピ」といった独自の占い方が生まれたのかもしれない。

フローレス島には大きく分けて、東部のバジャワと西部のマンガライの二種類のコーヒーがある。しかし、東部での流通網がより整備されているため、一般にアラビカ種のフローレス・コーヒーと言えばバジャワのことを指す。

一方、島西部、山岳部の盆地に位置するマンガライ地区のコーヒーはまだ多くが従来通りの産地消費型である。このためロブスター種が多くを占める。バシリウスさんの農園もロブスター種だ。

こうしたなか、マンガライコーヒーもバジャワと肩を並べる有名ブランドにしたいと努力している人もいる。マンガライ地区の中心都市ルテンでコーヒーショップを経営するジェリさん(39歳)だ。店名もマンガライコーヒーならではの「トト・コピ」。穏かな語り口のジェリさんもコーヒーの話には熱がこもる。

 コーヒーショップ「トト・コピ」のオーナー、ジェリさん(写真内左側の人物)

「フローレス島のコーヒーは苦味、味、香りともに強めだけど、アラビカ種はマンガライのコーヒーの方がバジャワよりまろやかで豊かな味なんだ。それなのに、バジャワだけが全国的に有名になっているのが残念でしかたがない」

その要因の一つは、伝統的な製法にあると彼は指摘する。

「もちろん伝統的な製法も我々の文化だから、自分たちで飲むには大切に守るべきだと思う。しかし、全国で競争するためには、最新技術で豆の味を最大に活かせるようにするべきなんだ」

彼はコーヒー豆の焙煎の重要さに注目した。豆の味や香りを引き出すのに適した条件を独自に研究したうえで、農家から仕入れた豆を焙煎業者に特別発注しているという。

「伝統的な大鍋で豆を炒る方法ではどうしても焙煎しすぎてしまう。よく見かける黒い豆はすでに焙煎のしすぎで、焦げた苦味が出てしまう。良い条件で機械焙煎すればバジャワに負けない味の豆になる」

彼の店で淹れてもらった特別焙煎のコーヒーは、たしかに余計な苦味はなく、すっきりとした旨味と香りがした。フローレス島マンガライ地区を訪れて以降、ジャカルタや各地の市場やコーヒーショップを訪れるたびに、マンガライコーヒーがないか無意識に探すようになった。早く出会いたいものだ。

 

(以下に続く)

  • 「フィロソフィ・コピ(コーヒー哲学)」がもたらしたもの
  • 壮大な地球の恵み、王道「スマトラコーヒー」~メダン、トバ湖
  • 驚きの香り、魅惑の「ワインコーヒー」
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