よりどりインドネシア

2020年06月07日号 vol.71

いんどねしあ風土記(17):あるイスラム教徒からみた新型コロナウィルス感染流行 〜ジャカルタ首都特別州~(横山裕一)

2020年06月07日 22:53 by Matsui-Glocal

大規模社会制限などによる自宅待機が始まって2ヵ月余りがたった5月下旬、同じジャカルタに住む、インドネシア人の友人とスマートフォンのテレビ電話を通して久しぶりに会話した。断食月もほぼ終わろうとしている深夜。話題は時節柄、新型コロナウィルスについてとなる。彼から聞いた、イスラム教を通してみた新型コロナウィルス流行下での社会観とは。

●新型コロナウィルスは神の警告

友人所有のコーラン。アラビア語原文とインドネシア語対訳が記載されている。

「自宅待機が続いて時間があるから、断食中に改めて『コーラン』(クルアーン/イスラム教の聖典)を読んで、現在の状況について考えたよ。」

コーヒーを片手に友人が言った。

友人は西スマトラ州出身の48歳。地元の大学を卒業し、オーストラリアで修士課程を修了、現在、ジャカルタで財閥系のある会社で副社長をしている。ビジネスマンであり、いわゆる中間層市民の一人だ。

敬虔なイスラム教徒でもあるが、ジャカルタ首都特別州の前知事でキリスト教徒のアホック(バスキ・チャハヤ・プルナマ)氏の州知事時代の実績を高く評価するなど、宗教的にバランス感覚も持ちあわせている。

そんな彼がコロナ禍の断食月を機に、イスラム教の教えを踏まえて、あくまでも彼なりに考えた現状をこう表現した。

「新型コロナウィルスの流行はバランスがとれなくなった人間に対しての、神からの警告なのではないだろうか。」

疫病については、「コーラン」とともにイスラム教徒の一般的指針である「ハディース」(預言者ムハンマドの言行録)に、「疫病は神のしもべである人間を試すためのアッラーの警告である」とも記されている。

友人は「バランスがとれなくなった人間に対する、神からの警告」について、彼は自分なりの解釈を補足した。

「人間は利益を追求しすぎて、本来のレールから外れてしまった。金を稼ぐ忙しさにかまけて、本来イスラム教で教えられている、家族で過ごすことや助け合うことの大切さをないがしろにしてしまったからだ」

インドネシア人は従来から家族を大切にし、助け合いの精神が高いと言われてきたが、経済優先社会となった現在、とくに都市部では、同じインドネシア人である彼の目を通しても、実感として希薄になってきていると言う。彼が続けた。

「新型コロナウィルスは、当然ながら貧富の差なく感染する。感染から逃れるために金など持っていても意味をなさない。1998年のジャカルタ大暴動の際は、金持ちは外国へ逃げることができたが、今回は世界的な流行だ。さらに国際線はストップするし、各国の入国制限もある。どこへも逃げられない」

「金があるからといって高級車を何台買っても、大規模社会制限下でジャカルタから外へさえ出られない。モールで買い物だってできない」

「神の前では人間は小さなものでしかない。まさに神によって、金があっても意味をなさない状況、世界が作り出されたんだ」

勿論、生活するうえでの金の重要さは彼も認識しており、彼のいう「神の警告」とは、過剰な利益優先により、結果として生み出された格差社会の現状に対するものであるとも受けとれる。

(以下へ続く)

  • 「金があっても意味をなさない世界」で起きたこと
  • 守られなかったレバラン帰省禁止
  • メディアで呼びかけられるイスラム教の新型コロナ禍対応
  • 新型コロナウィルス禍終息への希望
  • 「ニューノーマルへの移行期間」、モスクでの礼拝再開

     

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