よりどりインドネシア

2020年05月22日号 vol.70

インドネシアと新型コロナウィルス対策(6):新型コロナウィルス感染状況と「ニュー・ノーマル」(松井和久)

2020年05月22日 23:03 by Matsui-Glocal

5月24日は、本来ならば、インドネシアが一年で最も喜びにあふれるイスラム教の断食明け大祭(イドゥル・フィトゥリ)。しかし、今年は、おそらく初めて、大勢で喜びを分かち合えない、断食明け大祭になります。

前日の日暮れで断食は終わり、人々は夜じゅう、太鼓を鳴らし、「アッラーは偉大なり」と叫びながら、街中をまわる、タクビランと呼ばれる喜びの行進を行います。かつては手に松明を持ち、徒歩でまわったものでしょうが、今では、トラックの荷台に太鼓を据えて、スピーカーから「アッラーは偉大なり」と大きい声を流しながらまわります。オートバイに乗った若者たちがそれに続くのです。

夜が明けて翌朝、断食明け大祭の最初のイードの祈りは通常、大勢のイスラム教徒が街の広場などの野外に集まり、土や草の上に新聞紙やサジャダー(礼拝用のカーペット)を敷いて、皆で一緒に祈ります。その人数の多さの壮観なこと、そして同時に、終了後の捨てられた新聞紙の半端ない量に圧倒されます。

2019年のボゴール市でのイードの祈りの様子(出所)https://bogor.tribunnews.com/2019/05/29/bacaan-niat-sholat-idul-fitri-2019-simak-tata-cara-dan-sunnah-sebelum-rayakan-idul-fitri-2019?page=all

人々は、新しく購入した服や装飾具を身につけ、イードの祈りを終えると、家族や近しい人々と集まり、大勢で一緒に食事をとったり、近所の人々や友人・知人宅を訪問したり、あいさつに行ったりします。そんな日々が翌日も、場合によっては翌々日も続き、過去1年の過ちや不義理の許しを請うあいさつを繰り返しながら、一年で最も喜びにあふれる日々をおくるのです。

その様子は、1年間でついた厄を落とし、清らかな気持ちで新しい年を迎える、日本のお正月と本当によく似ています。

でも、ご承知の通り、新型コロナウィルスの感染拡大を受けて、これらの喜びあふれる様々な断食明け大祭の一連の行事が、今回はなくなるのです。その喪失感は、初詣やその他祝賀行事ができない日本のお正月を想像すれば、よく分かるのではないでしょうか。

インドネシア政府は、断食明け大祭へ向けての故郷への帰省を事実上禁止したうえに、断食明け大祭に係る大勢でのイードの祈りやモスクでの礼拝をせず、イードの祈りは各自が家で行うように求めました。これに呼応して、イスラム社会団体として国内最大会員数を持つナフダトゥール・ウラマ(NU)や、それに次ぐ規模の会員数を持つ団体のムハマディヤが、会員に対して、イードの祈りを各自が家で行うように指示しました。

しかし、国内のイスラム団体をまとめるイスラム・ウラマー審議会(MUI)や一部の地方政府は、ソーシャル・ディスタンスの確保などの条件付きで、イードの祈りやモスクでの礼拝を認める意向を示しています。これらが新たなクラスターを発生させるのではないかと危惧します。

 

(次へ続く)

  • 新型コロナウィルス感染は地方へ大きく拡散
  • インドネシアの「ニュー・ノーマル」
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