よりどりインドネシア

2020年03月23日号 vol.66

いんどねしあ風土記(12):祖先・自然崇拝息づく島の勇壮騎馬戦「パソラ」〜東ヌサトゥンガラ州スンバ島ワノカカ~(横山裕一)

2020年03月23日 14:37 by Matsui-Glocal
2020年03月23日 14:37 by Matsui-Glocal

「馬と人は同じ魂を持つ家族」。西スンバの人々は言う。古来より馬とともに暮らしてきた東ヌサトゥンガラ州スンバ島の人々。とりわけ西スンバの各地では、年に一回、木の棒でできた槍を投げ合う騎馬戦の伝統儀式「パソラ」が行われる。そこには先祖代々受け継がれてきたスンバ島の地元信仰が生き続けていた。

●スンバ島、西スンバ県ワノカカ

Google Mapより

東ヌサトゥンガラ州スンバ島は、バリ島から東に続くロンボク島、スンバワ島のさらに東側に位置する。スンバ島の北にフローレス島が、東にティモール島があり、さらに南東方向約600キロ先には、オーストラリア大陸がある。

スンバ島は丘陵地が島ほぼ全体を占める。丘陵地には牧草地が広がり、スンバ島原産の馬(サンダルウッド・ポニー)の生育に適した地になっている。スンバの馬はサラブレッドよりひとまわり小さいが、頑強で知られる。植民地時代を通して世界に知れわたり、現在でも世界中に愛好家がいる。

スンバの人々にとって、歴史上、馬は移動手段、狩猟の伴であり、冠婚葬祭の贈り物、そして伝統儀式「パソラ」の主役と、生活上なくてはならないものである。まさに家族として、伝統家屋の一つ屋根の下で暮らしてきている。

スンバ馬(Sandalwood Pony)

スンバ島北西部にあるタンボラカ空港から車で島を縦断するように南へ1時間半、西スンバ県ワノカカに到着する。地元の人はスンバ語でワヌカカと言う。伝統儀式「パソラ」はスンバ島西部の4ヵ所で行われるが、ワノカカが古来より継承した伝統形式を一番残しているといわれている。

●スンバ民族と地域信仰マラプ

西スンバ県ワノカカ(Wanokaka)遠景。丘陵地に集落が点在する。

地図: Google Mapより

ワノカカの人口は約2万人。そのほとんどの人が信仰するのが、先祖代々受け継がれてきた地域信仰「マラプ」(Marapu)である。祖先の霊を崇拝し、アニミズムにも通じた、自然に神々が宿ると信じ崇めている信仰だ。

2016年、憲法裁判所が全国各地の根強い地域信仰の存在を認めた決定に基づき、彼らの国民証明書(KTP)の宗教欄には、建国五原則パンチャシラで認められた6つの宗教ではない、地方信仰「マラプ」(Marapu)の文字が記されている。

一般に「パソラ」と呼ばれる伝統儀式は、「伝統拳闘」、「ニャレ」、そして「パソラ」と三つの儀式からなり、いずれもマラプ信仰が色濃く反映されている。そして、どの儀式とも次のような伝説に基づいて生まれたとされている。

昔、ワノカカにあるウェイウアン集落の長ウブ・ドゥラが、飢餓に苦しむ村人のため、食料を求めて3人で旅に出た。しかし何年たってもウブ・ドゥラたちは戻ってこなかった。村人たちは、3人は死んだものと思い葬式をあげた。ウブ・ドゥラの妻は悲しんだが、やがて遠く離れたコディ村から来た青年と恋に落ち、周囲の反対を押し切って駆け落ちしてしまった。

ウェイウアン集落の伝統家屋

同集落に残るウブ・ドゥラの墓(写真の二枚の石板)

ところがその後、ウブ・ドゥラたちが戻ってきた。妻の顛末を聞いて驚き怒り、コディ村に攻めこもうとまでしたウブ・ドゥラ。しかし、元妻が戻る意思がないことを知ると、ウブ・ドゥラは諦める代わりにかつて結納として元妻の実家に贈った馬や水牛など数十頭を返すよう元妻の新しい夫に求めた。

この新しい夫の実家で和解の食事をもてなされた際、ウブ・ドゥラは海ミミズの料理の美味しさに驚き、入手方法を教えるよう求めた。この入手方法の儀式が「ニャレ」で、あわせて騎馬戦「パソラ」も開くことを条件にウブ・ドゥラは「ニャレ」を自分の集落のものにした。

以上のように伝説では、争いを避け、平和を守ったことから、ワノカカの人々は「パソラ」を始め、食糧につながる「ニャレ」を得たと伝えられている。

(以下へ続く)

  • 騎馬戦「パソラ」へ向けて
  • 最初の行事「伝統拳闘」
  • マラプ信仰、月との神聖な関係
  • 祖先の霊、神々からの収穫のお告げ「ニャレ」
  • 勇壮騎馬戦「パソラ」開始
  • 「パソラ」クライマックスと意外な結末
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