よりどりインドネシア

2020年02月24日号 vol.64

ウォノソボライフ(26):音なき世界の子供たち(神道有子)

2020年02月24日 22:28 by Matsui-Glocal
2020年02月24日 22:28 by Matsui-Glocal

2020年、年が明けてすぐのこと。ウォノソボのとある学校で、一冊の本が出版されました。全84ページの小ぶりな冊子ですが、ここに掲載されているのは聴覚障害を持つ生徒たちが心中を綴ったものです。

ウォノソボには聴覚障害児専用の学校が2校あり、地元だけではなく全国各地から入学希望者が集っています。社会福祉や支援制度が行き届いているとは言い難いインドネシアで、聴覚障害児たちはどう生きているのか。教育現場の様子や本の出版に至った経緯など、関係者に話を聞かせていただきました。

●文字で伝える子供たちの声

『Semesta kami』(私たちの全て)と記された本の表紙は、黒地に白線のみでデザインされた、シンプルなものです。

真っ黒な背景は、音のない世界を表しています。白は子供たちの純粋な心。それで、どんな荒波が来ても進んでいく船を描きました。月は夜空に輝く子供たちの夢です。彼らに起こったすべてのことを記したくて、このタイトルにしました。

カルヤ・バクティB級特殊学校(Sekolah Luar Biasa bagian B Karya Bakti)、通称ドン・ボスコ校(Don Bosco)で授業のサポートをしているアントニウス・テジョ・プラニョト(Antonius Tejo Pranyoto)さんは、そう語ります。アントニウスさんが今回の出版の企画、編集を行いました。

本書には、47の作品が収められています。10代の児童生徒が身近な親兄弟との思い出、休暇に帰省した時に行った場所、食べたもの、または友人のことなどを書いたものです。挿絵も生徒が描きました。作品はどれも1ページで終わる短いもので、文章はごく簡単な言葉遣いです。

子供たちは、入学した時点では全く言葉を持たない状態であることがほとんどです。そこから少しずつ、物、動作、概念などに名前があることを学ぶため、同年代の健常な子供に比べたら語彙や表現は稚拙でしょう。しかし、音の力を借りずにここまで書けるようになったことは、驚くべきことなのです。

各作品には子供らの聴覚の度合いも記載されています。インドネシアでは、26〜40デシベルを軽度、41〜60デシベルを中度、61〜90デシベルを重度、90デシベル以上を最重度としています。ほとんどが重度と最重度の子供たちばかり、100デシベルを超える子も珍しくはありません。

音のない世界で、彼らが何を感じ、考えているのか。私自身、街中でドン・ボスコ校の生徒らを見かけることは何度もありましたが、彼らが何をやり取りしているのか、理解できたことはありません。しかし、こうして文字になると、私でも彼らの内面に触れることができたのです。それこそが、アントニウスさんたちの目的でした。

彼らが、僕たちと変わらない普通の人間で、僕たちと同じように感情があり、考え、夢を持っていることを多くの人に伝えたかった。兄弟と喧嘩したり、親と離れて暮らすことを寂しく思ったり、欲しいものや行きたい場所があったり、そうした当たり前の彼らを、文章という形でなら皆に見てもらえると思ったのです。

ある日、アントニウスさんがインドネシア語の授業で、長期休暇をテーマに作文を書かせてみたところ、魅力的な文章が次々に上がってきました。彼らは、得られる情報が制限されているせいか、普通の人よりも記憶力がいいように思う、とアントニウスさんは言います。先生が一度言ったことをずっと覚えていて、驚かれされることがあるのだそうです。休暇中の出来事もよく覚えていることが伝わってきました。

これは、書き続けさせなければいけないと思いました。一文を書くのにもサポートが必要な子もいます。しかし、文字でコミュニケーションすることは彼らには必要なスキルです。作品としてまとめ、広く発表する。是非取り組んでみたいと思いました。

作成には半年かかりました。授業ごとに少しずつ書き進めていったそうです。生徒たちも、作品集になると知ると俄然やる気になり、先生らが来るのを待つようになったのだとか。

本という形になったのを見た時の、生徒たちの笑顔。誇らしさ、自信、そうしたものに満ちた輝きは、僕たちにとっても嬉しいものでした。努力は無駄ではないと皆が感じた瞬間です。

ドン・ボスコ校は、SNSを通じて本の販売を始めました。出版を記念したイベントでは、生徒たちがアンクルン(竹製の楽器。ハンドベルのように一つで一音になっており、大小多数のアンクルンを順に鳴らして音階を表現する)のアンサンブルを披露しました。

指揮者をよく見て、ピタリと合った見事な演奏。聴くことはできなくても、情緒を豊かにするために楽器や芸能には積極的に触れさせているそうです。

彼らは視野も広く、物事がよく見えています。しかし、声のする方を注視するという経験がないため、視線があちこちに行きがち。楽器演奏は、指揮者に視線を固定する訓練になります。リズム感を得ることも大事です。

演奏が終わると、先生方が両手を上げてヒラヒラと振りました。これが彼らへの拍手です。文章に音楽と、自分を表現する方法をたくさん身につけておくことが、彼らの財産になるはずだ、とアントニウスさんは言います。

(以下へ続く)

  • 学校の沿革と理念
  • この社会で、生きていく
この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

ロンボクだより(73):ジョコウィ大統領がやってきた(岡本みどり)

2022年08月08日号 vol.123

ジョグジャ・ドタバタ日記(6):「ないものはない」西スマトラ、「ないけどある」クロンプロゴ県 ―地方における大手コンビニ出店から考える―(沼澤うらら)

2022年08月08日号 vol.123

いんどねしあ風土記(37)ミナンカバウ物語:現代に生きる母系社会とムランタウ ~西スマトラ州パダンパンジャン~(横山裕一)

2022年08月08日号 vol.123

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)