よりどりインドネシア

2020年02月09日号 vol.63

インドネシアのニセ王国物語(松井和久)

2020年02月09日 18:54 by Matsui-Glocal
2020年02月09日 18:54 by Matsui-Glocal

インドネシアは、国家元首である大統領を国民が選挙で選ぶ共和国です。もっとも、インドネシアと称される領域には、歴史的に、たくさんの大小の王国が存在してきました。

大王国では、7~13世紀にスマトラ島、マレー半島、ジャワ島などにまたがる領域を支配した仏教国のシュリヴィジャヤ王国、13~15世紀にジャワ島中東部を中心に栄えたヒンドゥー教国のマジャパヒト王国、16世紀末から18世紀半ばにかけてジャワ島中東部で栄えたイスラム教によるマタラム王国などがよく知られています。これらの他にも、スマトラのアチェ王国、カリマンタンのクタイ王国、スラウェシのゴワ王国など、それなりの領域を支配した有力な王国がひしめいてきました。

大王国以外でも、現在のインドネシアの領域には、数え切れないほどの小王国が存在してきました。その規模は、今でいうところの村ぐらいのものも少なくなかったのです。たとえば、国を表すインドネシア語は「ヌガラ」(Negara)ですが、マルク州では、村と同レベルの集落単位を「ヌガラ」と呼ぶことがあります。

そして、これらの王国が、近代国家や行政単位のような境界を定める「面」としての領域支配を行っていたというよりも、支配下にある小王国や集落という「点」を基本にして支配を行っていたと考えられます。その意味で、同じ「国」という言葉を使っても、そのイメージするものは昔の「王国」と今とではかなり異なり、昔の「王国」のほうがずっとあやふやで不確かなものであったと想像できます。

自らを「王」と称する権力者がいて、その者に忠誠を誓う者、その者の支配を受け入れた者の存在する範囲が「王国」として認知されていたにすぎず、それを、後世の我々は、あたかも領域支配としての「王国」だったかのように理解してしまっているのかもしれません。

インドネシアは共和国ですが、インドネシアの人びとの国家意識のなかには、歴史上、長い間存在し続けてきた「王国」のイメージが色濃く残っているように思います。それが故に、どうしても大統領を国王のように見てしまう様子がうかがえます。そして、国が乱れ、社会が危機に至ったときには、そこに救世主としての「正義の王」(Ratu Adil)が現れる、という一種のメシア信仰も根強く見られます。「正義の王」が乱れた治世を正し、国に平安をもたらし、新たな繁栄へ導いてくださる、という信仰で、これは1990年代後半の通貨危機から政治社会危機、スハルト政権崩壊へ至る過程などでも現れました。

インドネシア共和国として独立する以前、植民地支配者であったオランダは、その支配にあたって、支配領域内の14の有力な王国と長期契約を結び、268のその他の王国と短期契約を結び、それらの王国が植民地支配の枠の範囲で存在することを認めたといいます。

これらの王国は、インドネシア共和国の成立とともに、インドネシアの領域内に取り込まれ、地方行政に取って代わられていきました。それらの多くは支配者としては消滅し、多くは文化遺産となりましたが、ジョグジャカルタ特別州だけは、歴代の州知事をジョグジャカルタのスルタンが務めるという形が特別に認められ続けています。

このようななか、2020年に入って、様々な新しい「王国」が出現し、メディアを賑わせています。そのほとんどは、虚偽の情報を流布させたとして、詐欺の容疑で警察に逮捕され、多くの国民の失笑を買う事態となりました。

もっとも、ニセ王国が現れたのは今回が初めてではありません。これまでにも、様々なニセ王国が現れ、消えていきました。そのなかには、宗教になれなかった土着の信仰と結びついたもの、そのように匂わせたものなどがありました。

今回は、2020年に入って話題となったニセ王国騒動を見ていきます。取り上げるニセ王国は、「普遍的で偉大なる王国」(Keraton Agung Sejagat)、「スンダ帝国」(Sunda Empire)、「王の中の王」(King of the King)の3つを中心にし、「クラゲ王国」(Kerajaan Ubur-Ubur)、「スラコ王国」(Kesultanan Selaco)にも触れます。正直いって、彼らの言っていることを真面目に受けとめようとすると、頭がおかしくなってしまいそうな気になってきます。

●普遍的で偉大なる王国(Keraton Agung Sejagat

2020年1月10日、中ジャワ州プルウォレジョ県バヤン郡ポグン・ジュルトゥンガ村にて、とある儀式が行われていました。それは、1518年に消滅したマジャパヒト王国が500年を経てジャワの地によみがえる儀式でした。マジャパヒト王国最後の王は、西欧人代表のポルトガル人との間で、500年後にジャワの地へ戻すという約束をマラッカにて交わした、というのです。

この儀式では、マジャパヒト王国の後継者としての王(Kanjeng Sinuwun Rakai Mataram Agung Joyokusumo Wangsa Sanjaya)と王妃(Sri Ratu Indratanaya Hayuningrat Wangsa Syailendra)が現れました。2020年1月12日、二人は200人の聴衆を前に、マジャパヒト王国の後継であるとの「普遍的に偉大なる王国」の系譜を説明しました。

「普遍的で偉大なる王国」の「王」と「王妃」(出所)https://www.cnnindonesia.com/nasional/20200116093538-12-465811/keraton-agung-sejagat-antara-cuan-dan-mitos-ratu-adil

この続きは1ヶ月無料のお試し購読すると
読むことができます。

関連記事

ジョコウィ大統領とファミリービジネス:~カギを握るルフット海事投資調整大臣~(松井和久)

2024年04月08日号 vol.163

確定集計結果の発表と新政権へ向けての政局 ~プラボウォ安定政権へ向けての2つの道筋~(松井和久)

2024年03月23日号 vol.162

プラボウォ=ジョコウィ関係の行方:~選挙不正疑惑と新政権をめぐる二人の思惑~(松井和久)

2024年03月08日号 vol.161

読者コメント

コメントはまだありません。記者に感想や質問を送ってみましょう。

バックナンバー(もっと見る)