インドネシアは、世界中で最も国内のイスラム教徒人口の多い国です。インドネシアのイスラム教徒が過激化・急進化し、欧米諸国や日本と敵対する国になることは、どうしても避けなければならないことです。
世界中で最も長く赤道を国内に持つ国であるインドネシアは、マラッカ海峡をはじめとして、世界の物流の大動脈を握っており、万が一、インドネシア領海内で海峡封鎖などが起ころうものなら、世界経済はストップしかねないのです。日本にとっても、中東からの石油ガスやオーストラリアからの石炭はインドネシア領海内を通らざるを得ず、ここで何かあれば、日本という国の安全保障が崩れてしまいます。
このような理由から、日本をはじめ世界の各国は、インドネシアが穏健で安定した国家として存続していけるように、様々な形で外国援助や海外投資を行ってきたのでした。直近の国際協力銀行の発表では、日本企業の海外進出先としてのインドネシアへの関心は低下傾向にあるということですが、日本にとってのインドネシアの重要性は、今までと全く変わってはいません。
アジアでは、日本のほか、韓国や中国にとっても、安定したインドネシアは自国の発展や世界戦略のうえで必要条件です。ただし、日本や韓国にはなくて、中国のみに関わる大きな棘が存在します。華人問題もその一つですが、現時点では、むしろイスラム問題の棘のほうがより深い状況にあります。
なぜなら、中国には、新疆ウイグル自治区でのイスラム教徒をめぐる問題が大きいからです。中東アラブ世界と中国中心部との間に位置する新疆ウイグル自治区では、イスラム国(IS)などの影響も受けた過激派勢力による反政府運動が根強くあり、世界的なテロ対策との関係でも注目を浴びています。中国が進める「一帯一路」構想の成否は、この地区の安定にかかっているといっても過言ではありません。
他方、欧米のメディアは、新疆ウイグル自治区での中国政府によるウイグル族管理政策が非人道的であるとの批判を繰り返しています。BBCなどがイスラム教徒を対象とする再教育キャンプの実情をたびたび報道してきましたが、とくに、2019年11月16日付『ニューヨーク・タイムズ』は、中国政府によるウイグル族管理政策に関する400ページ以上の内部文書をリークし、中国が極めてシステマティックにウイグル族に対する管理政策を進めていることを暴露しました。
インドネシアでも、イスラム団体が同じイスラム教徒であるウイグル族住民への中国政府による人権侵害を批判し、ウイグル族への連帯を表明、中国への抗議デモを繰り返してきました。とくに、2018年12月に再教育キャンプの実態が広く報じられると、12月21日、中国大使館前でデモを起こし、会員数で国内第2位の規模を持つイスラム社会団体のムハマディヤが、ウイグル族への人権侵害行為について中国から説明を求める公開書簡を発出する事態となりました。
ジャカルタの中国大使館前でのデモ(2018年12月21日)(出所)https://www.bangkokpost.com/world/1598662/indonesian-muslims-protest-chinas-detention-of-uighurs
それに対して、中国大使館はすぐに対応しました。2019年大統領選挙を控え、イスラム団体による中国批判が親中国とされるジョコ・ウィドド(通称:ジョコウィ)大統領の再選に影響を及ぼす可能性も鑑みたためと想像します。中国大使がムハマディヤ本部を訪問し、ムハマディヤのハエダル・ナシル議長に対して、新疆ウイグル自治区へ招待することを約束したのです。
こうした流れで2019年2月17~24日、インドネシアのイスラム指導者ら18名が、中国政府の招きで新疆ウイグル自治区を訪問しました。
ところが、この訪問に関して、2019年12月11日、『ウォールストリート・ジャーナル』が「中国は新疆キャンプについてあるムスリム国をどのようにして黙らせたか」という標題の批判的な記事を掲載し、インドネシアのイスラム指導者に対する中国による懐柔工作の実態を暴露しました。
この記事はどのような内容なのでしょうか。それに対して、インドネシアのイスラム関係者はどう反応したのでしょうか。そして、実際に、彼らは新疆ウイグル自治区で何を見てきたのでしょうか。以下でそれをみていきます。
(以下へ続く)
- 新疆ウイグル自治区を訪問
- 訪問後のイスラム指導者の評価
- 中国による懐柔工作が奏効
- 中国の意に添わない記事への攻撃
- 『ウォールストリート・ジャーナル』報道を否定
- イスラム指導者の親中国化を面と向かって批判できない
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