よりどりインドネシア

2018年11月24日号 vol.34

独立英雄・ラトランギ博士のこと(脇田清之)

2018年11月24日 04:28 by Matsui-Glocal

本稿は、初代スラウェシ州知事で北スラウェシの空港、大学、マカッサルやマナドの大通りの名称などにその名を残すインドネシア独立に貢献した英雄(1961年第590号)サム・ラトランギ(Dr. Gerungan Saul Samuel Jacob Ratulangi)(1890-1949)についての話です。

偶々インターネットで見た北スラウェシの観光案内には「北スラウェシ出身の医師」と書かれていました。戦後70年以上が経過し、世代交代も進んでいます。ここで改めて太平洋戦争当時に遡って彼の足跡を辿ってみたいと思います。

ラトランギ博士は北スラウェシのトンダノに生まれ、地元ミナハサの学校を出た後、バタビア(ジャカルタ)の工業学校を卒業し、鉄道技師を務めました。その後、1912年からオランダのアムステルダム大学で数学、教育学を学び、さらにスイスのチューリッヒ大学に学び、1919年に理学博士号を取得しました。

スイス留学中、駐在武官として留学中の東条英機(1894~1948)と知り合い、今後のアジアの発展のモデルとしての日本に関心を深めたといいます。蘭領東インド(現在のインドネシア)に戻った後は、教師、保険会社の設立、バンドンの市会議員、ミナハサ同盟の書記長(後に議長)を経て、戦前にあった植民地参議会議員などを務めていました。

1962年発行の切手となったラトランギ博士(出所)https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sam_Ratulangi_1962_Indonesia_stamp.jpg

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