よりどりインドネシア

2018年04月08日号 vol.19【無料全文公開】

大統領選挙とスクマワティの詩の波紋(松井和久)

2020年04月18日 14:01 by Matsui-Glocal

2019年の大統領選挙は、現職のジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領が再選へ向けて出馬を表明しました。各種世論調査でも、ジョコウィ大統領への支持率は40%前後と高く、再選の確率は高いとの予想がすでに見られます。

ジョコウィへの対抗馬としては、前回の2014年と同様、グリンドラ党のプラボウォ・スビヤント党首の出馬が有力視されています。ただし、地元メディアによると、現時点では、支持率でジョコウィに大きく差をつけられている、としています。

でも、2014年のときも、当初はそうでした。本番が近づくにつれて、ジョコウィへの誹謗中傷がエスカレートし、プラボウォへの支持率がじわじわと上がっていったのでした。今回、プラボウォは「インドネシアはこのままいけば崩壊する、と外国機関が分析」「国土の80%を人口の1%が支配」「外国によって富が収奪されている」など、危機を煽る発言をあえて繰り返し、アメリカのトランプと同様の戦略を取る様子が伺えます。

そして今回、直近で、ガトット・ヌルマンティヨ前国軍司令官の立候補を求める声が高まりを見せています。ガトットはすでにプラボウォと面会し、グリンドラ党への入党を進められたと報じられています。プラボウォと組む副大統領候補となる可能性が出ていますが、おそらく、プラボウォが立候補しない場合には、ガトットがグリンドラ党と福祉正義党(PKS)の支持を受けて、大統領に立候補することになりそうです。

支持率の高いジョコウィに勝つには、前回と同様、ジョコウィのイメージをいかに落とすかという戦略と、どのようなきっかけで、イスラムを旗印にした大衆動員を行うか、という点が重要になってきます。

しかし、ジャカルタ首都特別州知事選挙で、キリスト教徒のアホック前知事を落選させ、イスラムを冒涜したという罪を負わせて実刑判決を勝ち取った後、イスラムを旗印にした大衆動員は低調となってきました。大衆デモ1周年記念などと銘打って、大衆動員をかけていますが、大義名分が弱いためか、必ずしも効果を上げていません。イスラムを旗印に大衆動員するための政治的なネタが乏しくなってしまったためです。

そんな彼らにとって、久々に絶好の機会がやってきました。その標的となったのは、スカルノ初代大統領の娘で、メガワティ前大統領の妹であるスクマワティが3月29日に読んだ詩でした。

いったい、どんな詩だったのでしょうか。何がイスラム勢力を怒らせたのでしょうか。以下では、それを見ていきます。

詩を朗読するスクマワティ(出所)https://www.viva.co.id/berita/nasional/1022770-misteri-di-balik-puisi-sukmawati

●スクマワティとは誰か

スクマワティは、1951年生まれの66歳。姉のメガワティが党首を務める闘争民主党(PDIP)には加わらず、父親のスカルノの政党であるインドネシア国民党の名前を冠した政党を率いて、1999年及び2004年に総選挙へ参加してきました。

2011年には、大統領の娘として過ごした15年間の大統領官邸生活を綴った回想記を出版しました。

そのなかで、スカルノからスハルトへ大統領が代わる転機となった、現在のインドネシア政府公認の歴史で「インドネシア共産党によるクーデター未遂」と位置づけられる1965年9月30日事件が、実は、のちに大統領となるスハルトに率いられた国軍による、スカルノに対するクーデターだったと強く主張し、歴史の証人として、スハルトを厳しく批判しています。

スハルトと彼に連なる政治の流れを批判し続けてきたことから、インドネシア政治においては、反体制的な立場を貫いてきました。ときには、政府に対する侮辱罪や転覆を諮ったという疑いも、頻繁にかけられてきました。

現在では、スカルノを尊敬するジョコウィ大統領の時代になり、スクマワティは以前よりも穏当に活動できるようになり、政治活動よりもむしろ文化人的な活動の色彩が増えていきました。

そんなスクマワティが、来賓として出席した3月29日のインドネシア・ファッションウィークで読んだ詩が、大きな波紋を投げかけることになりました。

それは、どんな詩だったのでしょうか。以下に、筆者の拙い翻訳と原文を挙げます。 

●スクマワティの詩「母なるインドネシア」

 

母なるインドネシア

 

私はイスラム法を知らない

知っているのは、母なるインドネシアの結い髪の見事な美しさ

あなたの被るベールよりもきれいだ

カーブする垂れ髪は神聖だ

あなたの姿を覆う布と同じぐらい神聖だ

創造する感覚は実に様々であり

まわりの自然の姿と一体化する

両手には森の木々の樹液の匂いが溢れ

汗は海風に触れている

 

ごらんなさい、母なるインドネシアよ

あなたの姿がどんどん変わっていっても

民が知る本来の美しさを忘れることのないよう願う

あなたがずっと綺麗で、健康で、賢く、創造的でありたいのならば

私の世界、母なるインドネシアの地へいらっしゃい

 

私はイスラム法を知らない

知っているのは、母なるインドネシアの美しく麗しい歌声

あなたの唸るアザーンよりも心地よい

踊りの動きは優雅で祈りのようだ

神に対する祈りのリズムと同じぐらい純粋だ

祈りは創造と一緒になり

一つ一つ、糸を織る

一滴一滴、ダマールを垂らす

チャンティン(バティックの蝋を垂らす道具)が天上の自然の調べを描く

 

ごらんなさい、母なるインドネシアよ

あなたの姿がどんどん色褪せても

民が知る本当の愛らしさを忘れないことを願う

ずっと昔から、この礼節をわきまえた民は、母なるインドネシアとその人々を愛し、敬ってきたのだから

 

Ibu Indonesia

 

Aku tak tahu Syariat Islam

Yang kutahu sari konde ibu Indonesia sangatlah indah

Lebih cantik dari cadar dirimu

Gerai tekukan rambutnya suci

Sesuci kain pembungkus ujudmu

Rasa ciptanya sangatlah beraneka

Menyatu dengan kodrat alam sekitar

Jari jemarinya berbau getah hutan

Peluh tersentuh angin laut

 

Lihatlah ibu Indonesia

Saat penglihatanmu semakin asing

Supaya kau dapat mengingat

Kecantikan asli dari bangsamu

Jika kau ingin menjadi cantik, sehat, berbudi, dan kreatif

Selamat datang di duniaku, bumi Ibu Indonesia

 

Aku tak tahu syariat Islam

Yang kutahu suara kidung Ibu Indonesia, sangatlah elok

Lebih merdu dari alunan azan mu

Gemulai gerak tarinya adalah ibadah

Semurni irama puja kepada Illahi

Nafas doanya berpadu cipta

Helai demi helai benang tertenun

Lelehan demi lelehan damar mengalun

Canting menggores ayat ayat alam surgawi

 

Pandanglah Ibu Indonesia

Saat pandanganmu semakin pudar

Supaya kau dapat mengetahui kemolekan sejati dari bangsamu

Sudah sejak dahulu kala riwayat bangsa beradab ini cinta dan hormat kepada ibu Indonesia dan kaumnya.

 

●この詩の何が問題となったのか

この詩の何が問題になったのでしょうか。政治家などからの批判を総合すると、主に以下の3点が挙げられます。いずれも、イスラム教への冒涜、と捉えられています。

第1に、「私はイスラム法を知らない」と繰り返し、イスラム教という特定宗教を題材として取り上げたことです。このくだりは、明らかに、マジョリティ性をもって大衆動員とプレッシャーをかけるイスラム勢力への批判と受け止められます。

第2に、「結い髪」と「ベール」、「歌声」と「アザーン」とを比較したことです。イスラム教徒にとって、髪を隠すベールやコーランの詠唱であるアザーンは聖なるものであり、それを比較対象としたことへの反発です。

第3に、スクマワティ自身がイスラム教徒であるにもかかわらず、「私はイスラム法を知らない」と繰り返し、自身の信ずる宗教をないがしろにした、という批判です。

いずれも、詩という表現方法を用いて、意図的にイスラム教を冒涜したとイスラム強硬派からは捉えられ、演説にイスラム冒涜のニュアンスがあったとして実刑判決を受けたアホックよりも悪質、との意見さえ出ています。

筆者の理解では、スクマワティはイスラム教を冒涜したり批判したりする意図はないものの、近年のイスラムの名の下に進む「アラブ化」「イスラム第一主義」への批判が込められているように読めます。

インドネシアが本来持つ独自性や豊かな多様性よりも、外来のイスラム教の価値観が優先・強制され、インドネシア自体が己を失い始めている傾向への警鐘の意味を込めていた、と思われます。

しかし、イスラムをことさらに取り上げたことで、イスラムへの冒涜というイメージを作りやすくなり、久々の大衆動員の格好のネタとして使える状況が現れたのでした。

●スクマワティの弁明と詩に対する批判

スクマワティは当初、「この詩は自分の個人的考えを述べたに過ぎず、特定の宗教や人種を批判したものではないので、謝罪する必要はない」とコメントしていました。

ところが、この彼女の説明はさらなる批判を促してしまい、弁護士、イスラム系の学生団体、国会議員、2016年12月2日デモ参加者同窓会などが次々に批判し、一部は「イスラム教への冒涜」で警察へ告発する動きになりました。

騒ぎが大きくなるなかで、4月4日、スクマワティは記者会見を行い、この詩について謝罪しました。詩は芸術家としての作品であり、純粋な文学作品であることを強調しました。自分がイスラム教徒であることを誇りに思いつつも、多くのイスラム教徒に不快な思いをさせてしまったとして、謝罪するに至ったのでした。

そして、彼女は、インドネシア・ウラマー審議会(MUI)のマアルフ・アミン議長と面会し、謝罪しました。これを受けて、マアルフ・アミン議長は、イスラム教徒に対して、誠心誠意の謝罪を続けるスクマワティを赦すよう、呼びかけました。

しかし、スクマワティを赦したとしても、法的な裁きは受けなければならないと考えるイスラム教徒は多く、一部は大規模な抗議デモを志向しました。

MUIのマアルフ・アミン議長が赦しを呼びかけたのは、まさに、大衆動員によるデモの計画を抑えるためでした。しかし、4月6日、ジャカルタで、警察に対してスクマワティの取り調べを要求するデモが決行されました。警察は、スクマワティの詩に絡んで、14件の告発状を受理したことを明らかにし、捜査を続けていると説明して、デモ隊に平静を呼びかけ、収束を図りました。

「スクマワティは生意気だ」と書かれた垂れ幕を持つデモ隊(出所)http://jateng.tribunnews.com/2018/04/06/demo-di-depan-mapolresta-solo-dsks-ingin-sukmawati-diproses-hukum-terkait-puisinya

●イスラムの政治利用は続く

もともと、スクマワティは反スハルトであり、スハルトとともにスカルノを退陣に追い込んだイスラム勢力とは、対立関係にありました。近年も、強硬派のイスラム擁護戦線(FPI)に対して、とくに厳しい批判を行っています。

他方、スクマワティは体制に順応することはなく、今もジョコウィ政権とは一定の距離を保っています。その意味では、スクマワティを追い詰めることが必ずしもジョコウィ批判には繋がらない面があります。

そうはいっても、イスラムを冒涜したという理由で、デモによる大衆動員を図れる機会は招来しました。デモを起こしたい側は、目を皿のようにして、さらなるネタ探しに邁進し、少しでもその兆候があれば「イスラム冒涜」のレッテル貼りに精を出すことでしょう。

インドネシア国内では、現在の多数派イスラムによる攻勢を「イスラム」としてではなく、外来の「アラブ化」と批判的にとらえる見方も大きいです。今回のスクマワティの詩の件についても、スクマワティが政治的な人間であることは意識しつつも、共感を持って見守っている人々も少なくないようです。

しかし、イスラムを政治利用し、先のジャカルタ首都特別州知事選挙と同様、大統領選挙でも、プラボウォへの投票の「強制」が起こる可能性は十分にあります。アメリカでトランプが採った手法を参考にしながら、多数派であるイスラムを活用し、メディアを取り込んだ情報操作と恐怖の喧伝によって、それを起こさせるのです。

もしそれが本当に起これば、インドネシア社会の分断がより深刻なものになりえます。インドネシア分断の危機を訴えるプラボウォ自身が、実は分断を促す張本人という、マッチポンプ的な状況とも言えます。

ジョコウィは、安定的な支持の上に立って、外国人労働者活用に関する規制緩和や外資導入を進めようとしています。国際競争を考慮すれば、そのような施策は必要なものですが、おそらく、それらもプラボウォ側からの批判の矛先となり得ます。

日本では、中国寄りとされるジョコウィよりもプラボウォを選好する人々もいるようですが、まだまだ起こると予想できるイスラムの政治利用のなかで、インドネシア社会が今後も安定的に推移していけるかどうか、一定の危機感を持ちながら見ていく必要があると思います。

(松井和久) 

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