よりどりインドネシア

2018年03月07日号 vol.17【無料全文公開】

ムスリム・サイバー・アーミー(MCA)とは何か(松井和久)

2020年04月18日 13:53 by Matsui-Glocal

ムスリム・サイバー・アーミー(Muslim Cyber Army)、略してMCAがインドネシアのニュースを賑わせています。MCAは、ソーシャルメディアやインターネットを利用して、広範に様々なヘイトや嘘情報を流布させたとして、問題になっています。

本誌では、2017年10月7日発行の第7号で、「ヘイト嘘情報を流したサラセンとは」という題で、サラセンという団体について説明をしました。今回取り上げるMCAは、そのサラセンとの関係も取り沙汰されています。

(出所)https://www.facebook.com/cybermuslimarmydotid/photos/a.425848841123974.1073741826.424923267883198/443757172666474/?type=3&theater

国家警察は2月末、MCAの管理者6人を含む14人を逮捕し、さらにMCAに関わった人物の摘発を進めています。2018年の地方首長選挙、2019年の大統領選挙を控えるなかで、果たして、こうしたサイバー上の嘘情報の流布を摘発していくことができるのでしょうか。

今回は、その全容の一部が明らかになり始めたMCAについて解説するとともに、それが政治の季節にどのような影響を与えてくるか、分析を行います。

●イスラム聖職者が襲撃された?

昨年ぐらいから、イスラム聖職者(ウラマー)の政治的な傾向がより顕著にみられるようになりました。

先のジャカルタ首都特別州知事選挙でも、「非イスラム教徒のアホック候補を支持する者はモスクに入るな」といった政治的な主張を行うウラマーが現れました。また、アホック候補を批判するためのイスラム教徒による大集会には、多くのウラマーが参加しました。

ウラマーによる差別的な発言などに対して、批判的な意見も出されるようになると、「政府はウラマーを虐げるのか」といった声も上がりました。

こうしたなかで、州知事選挙が近づいた西ジャワ州や東ジャワ州などで、ウラマーが襲撃される事件が相次いで起こっている、という話がソーシャルメディアにたくさん流れてきました。

「精神異常者に襲われた」という話のほかに、「共産主義者が襲ったのだ」という話も流れ、バンテン州では、共産主義者と名指しされた者が襲われる事件が6件も発生しました。

警察は、警察に寄せられる被害情報がそれほど多くないのに、なぜそんなに多くのウラマー襲撃情報があるのか不審に思い、実際に調べてみたところ、2月中に起こった45件のうち、実際にあったのは3件に過ぎず、のこりは事件が何もない全くの嘘であることが判明しました。

ウラマー襲撃の情報と合わせて、共産主義の復活や華人系への警戒などの情報が流れていました。警察は、それらの情報元を捜査し、ついには、サラセンの生き残り組とMCAが政治的意図をもって嘘情報を流していたことを突き止めました。

●誰がMCAに関わっていたのか

これら嘘情報の流布に関わっていたのは、訓練されたテロリストではなく、様々な職業の一般人でした。

なかには、リアウ島嶼州パンカルピナン県の保健所に勤める公務員、ジョグジャカルタのイスラム大学の教員なども含まれていますが、家庭の主婦、学生、求職中の若者など、どこにでもいる一般の人々が関わっていました。

西ジャワ州タシクマラヤ県で逮捕された若者がMCAに関わった動機は、友達が欲しかったからでした。彼は、仕事がつまらなく、飽きるとスマホの世界に入り込み、宗教に関して意見交換する友達ができた、ということでした。

彼は、ウラマーが襲撃されるという情報に激しい憤りを感じており、ウラマー襲撃に関する嘘の情報や写真をアップロードしたということです。

警察によると、MCA関連で今回摘発したフェイスブックのアカウントは、実に10万2064アカウントでした。このことは、誰でも気軽に、ソーシャルメディアを使って嘘情報を流している、ということになります。なかには、嘘と思わずに流しているケースも含まれるかもしれません。

おそらく、こうした人々は、互いの顔も知らず、報酬を目的とせず、MCAの活動に関わっているのでしょう。これらの人々をすべて警察が摘発するのは、困難を極めることは目に見えています。

●MCA内の4つのグループ

警察によれば、MCA内は4つのグループに分けられ、それぞれが役割分担を果たしています。

第1グループはMCAファミリー(The Family MCA)と呼ばれる中枢部です。このグループが活動を計画し、他のグループのメンバーに指示を出します。

9人の管理者がおり、それぞれがフェイスブック・グループなどを管理しています。この管理者は、他のサブグループでの経験を積み、一定の試験を通った者が登用され、管理者には報酬が支払われます。

第2グループはサイバー・ムスリム・ディフィート・アーミー(Cyber Moeslim Defeat Army)と呼ばれ、嘘情報を作り、それをアップロードしてひろめる役目を果たします。このグループには145人が関わっています。

第3グループはスナイパー(Snipper)と呼ばれ、MCAに敵対する人物やグループに対して攻撃を仕掛けます。このグループには177人が関わっています。

そして、第4グループはMCAユナイテッド(MCA United)と呼ばれ、不特定多数の一般に開かれたグループです。MCAに共鳴する個人が勝手に入ってくるもので、先に述べた友達が欲しい若者などがここに含まれます。

●MCAの管理者の手口

では、具体的に、MCAの管理者はどのように活動しているのでしょうか。ここでは、ボビーという管理者でありスナイパーでもある人物の手口を説明します。

ボビーは管理者としてMCAのアカウントを管理します。名前の違う2つのフェイスブックのアカウントを持っています。この2つのアカウントを使って、50以上のフェイスブック・グループに登録し、嘘情報を流しまくります。

それだけではありません。スナイパーとして、敵対するフェイスブック・アカウントをフェイスブックへ報告し、それらを閉鎖させるという役目を果たします。ボビーは、1カ月当たり300ものフェイスブック・アカウントを閉鎖させる能力を持っているといいます。

さらに、自分の管理するMCAのフェイスブック・グループのメンバーに対して、偽のフェイスブック・アカウントの作り方を教えます。その際には、他人の電子身分証明証(e-KTP)や運転免許証やパスポートを使い、グーグルを経由して偽アカウントを作ります。

●MCAの黒幕はグリンドラ党?

MCAの攻撃ターゲットはジョコウィ大統領、警察長官、閣僚や政府高官、国会議員などです。このことから分かるように、MCAは、警察が指摘するように、明らかに政治的目的を持って動いている、ということになります。

そこで示唆されるのが、ジョコウィの対抗馬となる可能性が高いグリンドラ党のプラボウォ党首周辺とMCAとの関係です。

実は、プラボウォ党首とファドゥリ・ゾン幹事長がMCAの管理者と一緒に写っている、という写真がインターネットに出回りました。二人は即座に否定しましたが、そこでボロが出ました。

すなわち、二人は、そこに写っていたのはエコ・ハディ(Eko Hadi)という人物で、先のジャカルタ首都特別州知事選挙の際に、グリンドラ党が擁立したアニス=サンディ組を応援するため、中ジャワ州のマゲランからジャカルタまで徒歩で来た人物である、と主張し、「エコ・ハディ氏はMCAとは何の関係もない」と述べました。

ところが、その人物はエコ・ハディ氏ではなかったのです。その写真をソーシャルメディアに掲載したマクランベトゥラ氏によると、それはMCAの管理者であるロイ・ジャニル(Roy Janir)という人物だと言うのです。

パニックに陥ったグリンドラ党のプラボウォとファドゥリは、すぐに名誉棄損で、マクランベトゥラ氏らを訴えました。

また、警察に逮捕された管理者の一人のツイッター・アカウントが、ジャカルタ首都特別州知事選挙でアニス=サンディ組に対抗したアホック=ジャロット組を応援するツイートをたくさん流していたことから、MCAは、プラボウォを貶めるための政府の自作自演だ、との主張も出てきました(警察は、過去のアカウントが乗っ取られた可能性があるとして、それを否定)。

グリンドラ党は、他党に先駆けて、サイバーチームを組織し、選挙の際に様々な嘘情報を流す活動をこれまでもしてきました。2014年の大統領選挙やさきのジャカルタ首都特別州知事選挙のときには、それが奏功したと言われています。

ところが最近、ランプン州や東カリマンタン州などでのチームの成果が思わしくないため、グリンドラ党がMCAへ資金を提供して、ヘイトや嘘情報を流す活動を強化している、と一部のツイッターがつぶやいています。

グリンドラ党のファドゥリ幹事長は、「MCAに対する警察の捜査は民主主義を脅かすものとなる可能性がある」と、首をかしげたくなるようなコメントをしていました。

このファドゥリについては、1998年5月のジャカルタ暴動のとき、彼がプラボウォと諮って、華人攻撃、ウィラント国軍司令官追い落としなどの策略を巡らせて動いた過去を思い出すと、グリンドラ党とMCAとの関係は当然あり得る話だと思わずにはいられません。

その意味で、今の警察によるMCAの摘発は、闘争民主党支持での立候補を表明したジョコウィ大統領の再選戦略の一環であることは、もちろん言うまでもありません。

●もう一つのMCAという話

しかし、話はこれで終わりではありません。今回、摘発されたMCAを指して、「あれは本物のMCAではない」という話があります。

これまで述べてきたMCAは、インドネシア国内の政治的目的で動いている勢力で、必ずしも、イスラム的な何かを実現するために動いているわけではありません。イスラムは、あくまでも政治的目的のための手段として活用しているに過ぎない印象が強いです。

しかし、もう一つのMCAは組織を持たず、リーダーも持たず、政治的に動くことなく、報酬をもらうこともなく、嘘情報や憎しみを広めることなく、イスラムを支持しひろめる個々人がMCAである、という考え方だということです。

もう一つのMCAは2012年、当時のジャカルタ首都特別州知事選挙でジョコウィ=アホック組のソーシャルメディア・ボランティアへの対抗として始まった者ですが、2014年の大統領選挙のときに、闇の汚いメディアに対抗するため、さらに活動を強化したということです。

でも、もう一つのMCAの流れを見る限り、警察が摘発しているMCAとの接点はどうしてもあるような気がします。おそらく、一部がグリンドラ党に取り込まれ、イスラムよりもヘイトや偽情報を中心にするようになった、ということのように見えます。

もしそうだとするならば、このもう一つのMCAもまた、2019年の大統領選挙へ向けて、動いていくはずです。そして、「もう一つの」というステートメントは、あくまでも、警察の摘発から逃れるための方便と考えたほうがよいような気がします。

ともかく、不特定多数の人間が無秩序にヘイトや偽情報を流せる現代において、それらを完全に止めることは不可能に違いありません。MCAの動きは、名前を変えながらも、間違いなく続きます。

やはり、個々人が、正しい情報を読み解く感度と知識を磨いていくほかはないのです。それは、インドネシアだけでなく、日本でもどこでも、同じなのです。

(松井和久)

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