一般に、経済開発と環境保全はなかなか両立が難しいと考えられています。どうしたら、環境保全がビジネスとして成り立つのか。持続的開発を考えるうえで、これは大きな課題となっています。
そんなビジネスがスラバヤにありました。マングローブ保全活動とコミュニティ開発を両立させているルルットさんのグループの活動です。今回は、それを紹介します。
ルルットさん
●ルルットさんとの出会い
彼女と初めて会ったのは、2009年12月、スラバヤで開催されていたとある展覧会でのことでした。「マングローブ・バティック」という名前に引かれ、いったいどんなバティック(ろうけつ染め)なのだろうか、と見に行ったのです。
ルルット(Lulut Sri Yuliani)さんは、マングローブ・バティックにBatik SeRu(Seni Batik Warna Alami Mangrove Rungkut)という名前をつけています。
ルルットさんが主宰するのは、スラバヤ市のウォノレジョ・ルンクット・マングローブ農民グループです。このグループは、何らかのきっかけで、マングローブ林に落ちている様々な実や葉などを使って、何かできないかと考えました。
たまたま、普通なら放置されたままの実や葉をこすってみたところ、色素が出てきて、しかもそれが簡単に色落ちしないことに気づきました。
そこで、バティックの染色に応用できないかと試してみたら、マングローブ林に落ちているもので様々な色が出せることがわかり、「マングローブ・バティック」を試作してみたのです。
ただ、そのときに展示されていたバティックは、模様や線描があまりに素朴で稚拙でした。ちゃんとしたデザイナーと組まないと、商品化は難しいのではないかと正直思いました。
2009年当時、展示されていたマングローブ・バティック
●ルルットさんのさらなる活動
その後、ルルットさんとは4回ほどお会いしました。最後にお会いしたのは2016年12月です。
ルルットさんは、マングローブの実や種などの成分を分析し、健康によいと判断したものを飲料や食品などに加工し、販売してきました。
2009年当時のマングローブ加工品
2014年訪問時にいただいたマングローブ羊羹
ジューズ、シロップ、せんべいなどのお菓子や石鹸、バティック用洗剤などにも加工してきました。マングローブ加工品はすでに160種類以上開発したということです。
驚いたことに、マングローブの成分を練りこんだ麺まで作っており、2014年12月に訪問した際には、実際に、それを食べました。以下の写真がそれです。サテが2本ついてきました。
ちょっとビミョーなマングローブ麺
感触は普通のツルツルした麺と同じで、特に味がついているわけでもなく、あっさりとしていました。ただし、どのように体に良いのかは不明です。
●全国でマングローブ保全人材を育成
ルルットさんは、2009年に林業省と契約し、スマトラやカリマンタンでのマングローブ保全とマングローブ活用製品開発のコンサルティングを開始したのをきっかけに、全国各地で、ルルットさんの指導を受けたマングローブ保全グループが立ち上がっていきました。
なかには、ルルットさんの指導から自立して、独自に製品開発を行い、それらの製品を外国へ輸出するグループも現れているとのことです。
「これまで何人を指導したのですか」とルルットさんに尋ねると、「数え切れないわ」と言いつつ、ちょっと恥ずかしそうにしながら「数千人」と答えました。
インドネシア全国で、ルルットさんの教えを受けた数千人がマングローブ保全活動とマングローブの恵みを活かしたコミュニティ開発に関わっている、と考えただけで、私たちの目の見えないところで、様々な環境を守り、再生させる努力が地道に行われていることを想像しました。
ルルットさんは、今でも「活動の第一目的はマングローブ保全だ」ときっぱり言います。彼女によれば、マングローブを活用するコミュニティ・ビジネスとして成り立たせていくには、最低でも2haぐらいのマングローブ林が必要で、それまではとにかくマングローブを植え続けることが重要なのだそうです。
素材となる様々なマングローブ
そうでないと、住民はマングローブ林を伐採し始めます。彼女が先日行った東南スラウェシ州クンダリの状況は、本当に酷く破壊されていて、まだまだ頑張らねば、とのことでした。
とはいえ、ビジネスとして大きくしていくつもりは、あまりないそうです。マングローブ産品の売り上げやルルットさん自身のコンサルタント報酬のほとんどは、マングローブ保全の活動に使っているので、利益はほとんどないそうです。
少なからぬ民間企業が共同ビジネスを持ちかけてくるそうですが、全部断っているといいます。彼女が持っているマングローブ加工のノウハウや成分の活用法などは、絶対に門外不出です。
もっとも、彼女は、民間企業がマングローブ保全活動を行うように働きかけてもいます。マングローブ林を破壊したり、海を汚染したりする企業に対して、単に反対運動を仕掛けることはしません。
そうではなく、むしろ、それらの企業のコンサルタントとなって、「マングローブ保全を行うほうが、漁民や住民による反対運動やデモを避けることができる」と説き、排水・廃棄物処理の方法などを企業側にアドバイスする、そうしてコンサルタント報酬もちゃっかりいただく、という、なかなかしたたかな側面を見せていました。
●彼女がマングローブ保全にのめり込む理由
それにしても、なぜ、ルルットさんは、そこまでしてマングローブ保全にのめり込んでいるのでしょうか。
20年以上前、ルルットさんは難病を患い、体が動かなくなり、歩けなくなって、死を覚悟したそうです。真摯に神に祈りを捧げると、不思議なことに、動かなかった足が少しずつ動き始め、その後2年間のリハビリの末、日常生活へ復帰することができました。
この経験をきっかけに、自分が取り組んできた環境保全の道を命ある限り進んでいこう、と決意したそうです。そんなルルットさんは、本当に、マングローブ保全活動に命をかけているように見えます。
政府からは様々な支援の申し出があるそうですが、ルルットさんはその多くを断り、自前資金で活動を進めることを原則としています。メディアへは、マングローブ保全のさらなる普及のために積極的に出ていますが、それに流されることはありません。
ルルットさんのような方が現場でしっかり活動しているのは、とても心強いことです。我々のような外国の人間は、ともすると、インドネシア政府やメディアでの評判を通じて良い事例を探しがちですが、それは本物を見間違える可能性を秘めています。
筆者自身、ルルットさんの活動を今後も見守り続けるとともに、彼女のような、地に足をつけて活動している本物をしっかり見つけ出し、他の活動との学び合いの機会を作っていきたいと考えます。
●環境保全がビジネスになる事例を探していく
環境を守ることがビジネスとなってコミュニティの生活を改善し、持続的開発につながる。ルルットさんの事例以外にも、きっとインドネシアには、まだまだ様々な事例が埋もれている予感があります。
そんな事例をもっともっと見つけ出し、我々を含む、地球環境の保全に関心を持つ様々な人々がそれらへ気軽にコミットできる、そんな仕組みを作れたらと夢見ています。
(松井和久)
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