よりどりインドネシア

2018年01月22日号 vol.14【無料全文公開】

インドネシア政治のなかで地方首長選挙をどうみるか(松井和久)

2020年04月18日 13:41 by Matsui-Glocal

来年2019年は5年に一度の総選挙(国会議員・地方代議会議員選挙)、及び正副大統領選挙が行われる年ですが、その1年前の今年、2018年も大変な政治イヤーになっています。

スラマドゥ大橋のマドゥラ島側出口に掲げられたバンカラン県正副知事夫妻の横断幕(2013年9月6日)

すなわち、全国17州の州知事、115県の県知事、39市の市長を選ぶ地方首長選挙が一斉に行われ、6月27日に投票が行われます。とくに、州知事は全国34州の実に半数で改選されます(ちなみに、県数は415県、市数は93市)。

インドネシアの地方首長選挙は、2004年地方行政法(法律2004年第32号)により、すべて有権者の直接投票による直接選挙になりました。それ以前は、長い間、各地方議会が各地方首長を選出する形を採っていました。

地方首長選挙が直接選挙となった背景には、民主化とともに2001年から施行された地方分権化が大きな役割を果たしています。それに伴って、インドネシア政治をみていくうえで、地方政治の意味が大きくなってきています。

その大きなきっかけとなったのは、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)大統領の誕生でした。今後のインドネシアの新しい政治指導者は誰になるのか、インドネシアの識者は、第2、第3のジョコウィを探し始めています。

その対象は、有望となりそうな地方首長です。これからの大統領は、地方首長出身者になっていく可能性が益々あり得るのです。

そうした意味で、今回は、インドネシア政治をみていくうえで、なぜ地方首長選挙がとても重要になっているのかについて、3つの視点から考えてみたいと思います。

●地方首長から大統領へというルート

最初の視点は、大統領になる政治家の出現ルートの変化です。

ジョコウィ大統領は「庶民派」というところが強調されていますが、それよりも重要なのは、地方首長経験者という点です。彼はソロ市長、ジャカルタ首都特別州知事を経て、大統領になりました。

地方首長経験者が重要なのは、地方政府のトップという、一国一城の主としての組織マネジメントの経験を持っていることです。もちろん、地方政府と中央政府とでは、組織の規模や許認可権などで違いはありますが、組織マネジメントという点では基本的に同じです。

それ以前の大統領ですが、32年間続いたスハルト時代には軍人でジャワ族、というのが一般的な条件と見なされました。国を力で抑え、多数種族を代表していなければならない、と考えられたからです。

スハルト後に大統領となったハビビ、アブドゥルラーマン・ワヒド、メガワティ、ユドヨノは、いずれも中央政界で著名だった人物です。彼らに地方首長の経験はありません。彼らは政党党首や大臣経験者でした。

共和国という誰にでも政治家を目指せる国でありながら、現実には、中央政界と地方政界とは別世界だったのみならず、1950年代の地方反乱の経験から、中央集権体制が採られ、地方独自の政治は厳しく抑えられていました。これだけ多種多様な要素を含む国を治めるには、強い権力者が中央から抑える以外に方法はない、と思われてきたからです。

今でも、そのように考える政治家や国民は少なくありませんが、地方首長経験者が大統領になる時代が来るとは想像できなかったことでしょう。そして今、第2、第3のジョコウィを目指す動きが地方で見られ始めています。

2014年正副大統領選挙の際のジョコウィ=カラ組の横断幕。横断幕の下の箱にはプラボウォ=ハッタ組のシンボルマーク(ジャカルタ、2014年7月2日)

●威厳よりも実績

第2に、強そうで頼り甲斐がありそうに見えるイメージよりも、実際に政治家として何をしたかという実績が重視されるようになったことがあります。

軍人が政治に口出ししていた時代のインドネシアでは、「軍人だから規律が高まる」「軍人だから犯罪率が低下した」などと、力による政治を肯定する空気が一般的でした。今でも、そうした強面でないと国民は安心しない、と思っている人々も少なくないのです。スハルトのような強権的な大統領を求める声が消えないのは、そうした背景があります。

しかし、スハルトもそうでしたが、実際には、自分の所属する軍の組織を利するようなビジネスによる資金稼ぎを追求したり、果ては自分の家族を守るために特権を与えたりするような態度を進めていました。

権力を握れば何でもできる。多くの政治家は、そんなスハルトらの姿を羨望の眼差しで見ていたのです。今でも、多くの政治家は権力志向のままです。

そうした点から見て、「地方首長の経験はあるといっても、中央政府に強い権力基盤を持たないジョコウィ大統領は、果たして中央でうまくやっていけるのだろうか」という声が巷でずいぶんありました。

そのとき、彼は、「市長も州知事も大統領も、同様の仕事だから」とつぶやきました。大統領といえば権力の頂点、権力欲の強い普通の政治家ならば、誰もが「自分の思う通りに国を動かすぞ」と思うはずです。ところが、ジョコウィには権力者としての気負いはなく、ただ「仕事」と捉えているのです。

ジョコウィの仕事スタンスは、市長のときや州知事のときと、あまり変わっていないように見えます。時として、国家の長として必要な鳥瞰的・長期的な視点が彼には不足していると感じるのですが、目の前の問題を一つずつ解決していくという従来からの姿勢をとり続けています。

地方首長を経験し、権力者として振る舞うのではなく、仕事として飄々と首長・大統領職を務める、そして具体的な実績を積み重ねていく。ジョコウィは、雲の上の威厳を持った存在として民を治める「王」としてではなく、実際にやった仕事の実績を重視する「仕事人」としての大統領という新たなスタイルを短期間で確立したことになります。

威厳よりも実績を重視する傾向は、首都ジャカルタだけでなく、地方でも強まっています。それは、地方分権化の進展により、メディアを通じて、汚職や不正など、地方行政に対する監視や要求が高まっていることがあります。

●第2・第3のジョコウィを目指す地方首長

そして第3に、実際に、ジョコウィと同じようなスタイルを目指す地方首長が注目され始めていることです。

これまで、中央政府で閣僚や政党党首にならなければ大統領になれないと思い込んでいたのが、地方首長から大統領になるルートが現れたからです。

実際、メディアは、注目すべき行政運営を行っている若手地方首長のなかから第2、第3のジョコウィを探す動きを見せています。

それは前ジャカルタ首都特別州知事だったアホック氏であったり、スラバヤ市のリスマ市長であったり、バンドン市のリドワン市長であったりと、何人もの「スター」が現れています。そして、いずれ彼らがジョコウィ・モデルを踏襲して、中央政界へ出てくるとみられているのです。

すなわち、今は、地方政府で具体的な実績や成果を上げた地方首長が次のステップへ進むことが自他ともに期待され始めているのです。

例えば、ジャカルタ首都特別州知事だったアホック氏は過激な言動や振る舞いで墓穴を掘ってしまいましたが、住民登録や事業申請などの手続をオンライン化により簡素化するなどの実績を残しました。スラバヤ市のリスマ市長は、行政部局による予算執行を市長がオンラインで瞬時にモニタリングできるシステムを導入したほか、東南アジア最大の売春街ドリーを閉鎖し、多目的機能を持った公園の環境美化で国連表彰を受けるなどの実績を示しました。

彼らのほかにも、あまり全国レベルで報道されてはいないものの、許認可手続のワンストップサービス導入、地方首長自身が出演するラジオ番組での住民との対話、年間を通じたイベントカレンダーの作成、中小事業向けの低利融資制度など、地方首長が様々な新しい政策を実施し、実績を残しています。

そして、そうした善政に関する情報が地方首長間で広がり、共有されて、地方政府間での視察や協力といった動きも活発化しています。どこかの地方首長が良い政策を行うと、他の地方首長も意識づけられて良い政策を行おうとします。それらの中には、中央政府が注目して、全国展開となるものもあります。

こうして実績を積んだ地方首長がメディアに注目され、県知事や市長であれば次は州知事へ、州知事であれば次は大統領や中央政界へ、という流れができ始めています。

●まず人物、政党は後付け

ただ、こうした変化はまだ始まったばかりです。権力志向で、自分が首長になったら何でもできる、と思っている地方政治家も少なくありません。それは、地方での政治ボスの影響が過去から延々と続いているためでもあります。

振り返ってみると、1998年5月、32年間続いたスハルト政権が崩壊し、政権交代が起こり、中央集権から民主化・地方分権の時代へ変化した際、地方首長はスハルト時代のまま引き継がれました。地方での政治ボスは生き残り、その後継者たちが地方政治アクターとなっています。

そうした地方政治ボスのなかには、過去の王族や貴族の直系や末裔が今でも力を持っているところが少なくないほか、新興の地方企業経営者なども入ってきます。地方首長選挙では、こうした有力者が候補者になったり、あるいは候補者を応援したりすることで、地方政治ボスの影響力が維持されていくことになります。

政党は、勝ちそうな地方政治ボス関連の候補者を探し、それを推すことになります。政党が自ら党員を立てる場合もありますが、地方政治ボス関連の候補者に便宜的にお願いして党員になってもらう、という形もあります。どの政党とどの政党が組むかは、その地方やその時の状況によって異なるので、中央での与党・野党が入り混じって、候補者に付くような形態になります。

親から子、夫から妻、というような形で、任期を終える地方首長が自分の親族を立候補させる傾向もよく見られます。ネポティズムに対する一般的な批判はよく見られますが、地方首長選挙では、地元ということもあり、なかなかそうした批判が強まるようには見えないのが現状です。今でも、地方首長ファミリーが「王朝」をつくるような傾向も一部にはまだあります。

今回の地方首長選挙の候補者を色々と見てみると、県知事・市長候補には県・市議会議員や州政府高官、州知事候補には県知事・市長が立つケースが多く見られます。ただし、実際、なかなか適当な人材が見当たらず、人材不足の様子もうかがえます。

出自が地方政治ボスの一族だとしても、第2、第3のジョコウィを目指すケースは当然出てきます。今はまだ、古い流れと新しい流れとがせめぎあっている状態ですが、地方首長から大統領へというルートができたことで、地方首長のスタイルも大きく変わっていくような予感がします。

●今回の地方首長選挙をどうみるか

今回の地方首長選挙の統一投票日は6月27日で、8月には2019年正副大統領候補者の登録が開始されます。このため、地方首長選挙の結果を来年の正副大統領選挙結果を占う前哨戦と捉えるのが自然です。

しかし、当選した地方首長を支持した政党がどのように分布しているか、を見るだけで判断するのは不十分です。前述の通り、地方首長選挙では、まず人物があり、その人物をどの政党が担ぐか、という形になります。

どの政党が誰を担ぐかは地方によってまちまちで、正副大統領選挙での候補者別の支持政党の分布とは必ずしも一致しません。日本のように、国会での与党と野党が明確で、それが地方選挙での候補者にも反映されることはありません。このため、政党のみで支持の票読みをすることは難しいのです。

むしろ、注目していくべきなのは、当選した地方首長が正副大統領選挙のどの候補者ペアへの支持を打ち出すか、という点です。自分を支持してくれた政党に気兼ねして、自分の支持する正副大統領候補者が誰かを表明しない場合もありえます。それでも、当選した地方首長が来年の正副大統領選挙でどのような動きをするかには、注目していく必要があります。

正副大統領選挙との観点では上記の通りなのですが、もう一つ、第2、第3のジョコウィになりそうな人物が誰かを見ていくことです。

東ジャワ州知事選挙で副知事候補に挙げられたバニュワンギ県のアズワル・アナス県知事は、全国的にも注目される極めて有能な改革派知事でしたが、様々な誹謗・中傷を受けて、副知事候補を辞退しました。こうした事態は今後も頻発することが予想され、それも含めて見ていく必要があると思います。

以上のような観点で、「よりどりインドネシア」は適宜、地方首長選挙の話題を取り上げていきます。よろしくお願いいたします。

(松井和久)

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