以下は、2009年6月9日付の筆者のブログ「マカッサルと東京の間で(パート2)」の内容に加筆したものです。古い内容ですが、ご笑覧ください。
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2009年6月7日に西スラウェシ州マムジュへ着いた後、かつて友人から会うように勧められていたアブラハムさんに会いに行きました。その友人によると、アブラハムさんは、カルンパン織に関する研究を自前でしている方で、間もなくその成果を冊子にして出版するという話でした(冊子はすでに出版され、筆者も入手済みです)。
アブラハムさんと奥さん
●カルンパン織とは
カルンパン織というのは、西スラウェシ州マムジュ県に属するカルンパン地方(Kalumpang)で織られてきた織布のことで、インドネシア語ではイカット(ikat)と一般に呼ばれている類のものです。種族的には、カルンパンは大きな意味でのトラジャの一部とみなされています。
インドネシア東部地域では、各地でイカットが織られ、日本ではとくに、バリ島のさらに東に広がる西・東ヌサトゥンガラ州各地(ロンボク、スンバワ、スンバ、フローレス、アロール、ティモールなど)のイカットが有名ですが、スラウェシ島でも、同様のイカットがこのカルンパンなど各地でみられます。
ただ、スラウェシ島では、織手がいない後継者不足のため、消えてしまったイカットがありました。しかし、近年、地方政府が地域文化の掘り起こしや振興に力を入れ始め、消えかけていたイカットの一部が復興されています。
筆者は、カルンパン織について、アブラハムさんにいろいろ聞いてみるのですが、「これらの話はぜーんぶ、わしのこの冊子に書いてある」というばかりで、なかなか詳しく教えてくれません。
アブラハムさんがその冊子を書き始めたのは1986年。彼によると、その後、マムジュ県政府に資金的な支援をお願いしたが、何も対応してもらえず、ようやく2009年になって、県政府から補助が出たので、5冊だけ印刷し、州知事夫人、県知事夫人、その他県政府関係者に配る、ということでした。
どうしてもそれを読んでみたい筆者は、「資金提供するから、5冊分けてくれないか」とお願いしました。聞くと、中スラウェシ州パルに住んでいる甥が印刷をしているとのことで、数日後、たまたま筆者がパルへ出張した際に、甥に会ってお願いしてきました。
そんなアブラハムさんとのやり取りを見ていた彼の奥さんが、ニコニコしながら、いろんなものを取り出してきました。
●カルンパン織の染色素材
本来のカルンパン織は、自然のものを使って染色材料をつくり、実際に綿花を植えて棉を取って糸を紡ぎます。すべて自然にある素材を使い、2~3ヵ月かけて織り上げるのです。以下は、その染色素材です。
上の写真は、タルン(tarung)と呼ばれ、根を染色素材として使います。黒色や紺色を出すために用いるそうです。
上の写真は、バン・クドゥ(bang kudu)と呼ばれる植物の葉ですが、染色材料には根を使い、赤色を出します。
上の写真は綿の実です。これは粒が二つずつ並んでいますが、第二次大戦の日本軍による占領時代には、粒が一列で小さい種類の綿の実があったということです。
上の2つの写真ですが、一つ目はパッリ(kayu palli)といい、二つ目はアロピ(kayu aropi)と呼ばれる木の一部で、いずれも色落ちを防ぐために使う灰の材料になります。
●カルンパン織に込められた時間の重み
そして、次の写真が、アブラハムさんの奥さんが手塩にかけて織り上げたカルンパン織です。
材料を山や森から採ってきて、加工して、2~3ヵ月かけて手織りして、という長い時間をかけてでき上がったカルンパン織には、独特の風格が感じられます。こうして織られた織布は、100年以上経ってもボロボロにならないそうで、一生ものといってもよいでしょう。
しかし、そうした時間がかかることを嫌がって、カルンパン地方の人々も、手っ取り早く換金できるカカオ栽培などへ転換していくケースが後を絶たないそうです。
なんとか、カルンパン織の伝統を守るために、若者たちの一部は、外国人がやってくるトラジャに店を出して、そこでカルンパン織を売ってお金にしています。トラジャ地方の観光の中心地・ランテパオの大通りに面した市場の建物にあるトディ・ショップ(Todi' Shop)がそれです。ここで、カルンパン織を購入できるとともに、染色材料の展示や織りの実演なども行われています。
前述のように、カルンパンの人々は、民族的にはトラジャ族に含まれます。かつてトラジャでもこのようなイカットが織られていたようですが、現在では、トラジャでは織られていないということです。
スラウェシ中部の山岳地帯には、木の皮から服を作る技術を持った人々が現存していますが、そうした技術が現存しているのは世界中でスラウェシだけという話もあります。地方政府がそうした技術を守ることに留意するようになってきています。カルンパンでも、まだ木の皮から服を作る技術が残っている様子です。
カルンパンへは、マムジュからかなりの悪路を1日がかりで行かなければなりません。カルンパンは、このイカット以外にも、実は考古学では有名な場所で、スラウェシでの人類のくらしの原初形態を知るための貴重な遺跡があるといわれていますが、保存状態はよくないということです。
カルンパンへ行って、カルンパン織の材料を山や森に取りに行くところから、材料を作って、織っていく工程のすべてを追ってみたい衝動に駆られます。
自然の恵みから、2~3ヵ月かけて100年以上もつモノを作る・・・。それとは対照的に、欲望をかきたて、不要な需要を喚起させながら、経済成長を焦る現代の薄っぺらさ。カルンパン織に込められた、時間というものの意味がずっしりと重く感じられます。
(松井和
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