よりどりインドネシア

2017年11月07日号 vol.9【無料全文公開】

コラム:「アラブ主義」とイスラム(松井和久)

2020年04月18日 13:13 by Matsui-Glocal

西洋人は「アラブ主義」(Arabisme)と「イスラム」を区別できていない。「アラブ主義」にはポジティブなものとネガティブなものがある。イスラム急進グループはそのネガティブなものである。

以上は、インドネシアの代表的なイスラム知識人であり、国内第2の会員数を持つイスラム社会団体・ムハマディヤの元中央幹部会議長だった、ブヤ・シャフィイ・マアリフ氏が10月28日に語った言葉です。シャフィイ氏は、これまでにも誤った「アラブ主義」と不寛容さがインドネシアの多様性にとっての脅威である、とたびたび語ってきました。

私はアラブ地域に関する専門家ではないので、もしかしたら間違っているかもしれませんが、彼の用いる「アラブ主義」という用語は、よく聞くようで実はあまり一般的ではない用語です。日本では、中東における国家を超えたアラブ民族の連帯をめざす思想である「汎アラブ主義」「アラブ民族主義」という用語は知られていますが、「アラブ主義」という用語が用いられることはほとんどありません。

シャフィイ氏の指す「アラブ主義」とは、アラブ民族の持つ特性・特質というような意味で使われているように思います。そこでは、テロ対策の名のもとに、アラブ世界とイスラム世界を同一視する見方が世界に広がっていることを懸念し、民族と宗教とを分ける見方を提示するという目的もあります。

しかし、過激派組織がイスラム教を旗印としてテロ行為を行う以上、たとえイスラム教を単にテロ行為のための手段として利用しているにしても、「テロとイスラム教は関係がない」と言い切ることはできません。

汎アラブ主義やアラブ民族主義は、アラビア語を話すアラブ民族という「民族」を前提としてまとまろうとする動きだと思われます。しかし、第二次世界大戦後、イスラエル国家建設や石油ガス利権をめぐる諸大国の思惑もあり、種族や首長同士の対立だけでなく、分断されてできた国家同士の争いや果ては戦争までが起こることで、アラブ民族としてのまとまりを実現することは困難となってしまいました。

アラブ民族でまとまれない以上、連帯させるにはイスラム教を前面に出すしかないと考えた者たちがいたことでしょう。そのイスラム教もまた、スンニ派とシーア派の強烈な対立が高まり、それに様々な集団がやはりイスラム教を旗印に諸大国の後ろ盾を得て動くようになり、中東地域は厳しい状況となってしまいました。

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その中東地域の戦火から遠く離れたインドネシアでは、今、イスラムの名のもとに過激思想を広める動きがかなり進行しているとの指摘がよくなされるようになってきました。

よりどりインドネシア第1号の「イスラムにみる排他主義とラディカリズムの源泉は何か」でも書きましたが、こうした過激思想は、一部のモスクでの説教を通じて広まるほか、過激思想に染まった教師らを通じて、幼稚園から大学へ至るまで、学校教育の現場で広まっています。彼ら教師は、卒業した大学でこうした思想に触れた者たちやモスクでの説教に感化された者たちです。

中ジャワ州テガル市の公立実業高校では、女子生徒に黒いチャドルの着用を義務付けました。国立ガジャマダ大学では、入学試験でコーランの一説をアラビア語で詠唱させることが提案される事態もありました(学長により却下)。

シャフィイ氏によると、こうした過激思想に染まる学生たちの多くは理系で、白黒が明快で直線思考の者が感化される傾向があるということです。

それは、イスラム教を深く理解したからではなく、ただのカルト信者に過ぎないのではないでしょうか。日本で新興宗教に染まってしまうのと、基本的には同じものです。

イスラム教とカルトとを区別すること。イスラムという衣を被っているために、なかなかカルト認定できないという困難はありますが、これが今、インドネシアに求められていることであり、インドネシア政府はそれをきちんと理解しているものと思います。

スラバヤ市内、グベン地区のモスク

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もう一つ注目されるのは、イスラム過激思想をインドネシア固有のものではなく、海外から流入したものとして警戒すべきだ、という議論が起こってきたことです。黒いチャドルの着用義務化などは、インドネシアの外からの影響で好ましくない、という考え方です。

インドネシアで根強い民族主義は、以前から外国による経済的・文化的支配に対して強く警戒してきました。「外国資本がインドネシアから富を収奪する」という類の議論がよく聞こえますが、昔からのインドネシアのイスラム社会団体からすれば、たとえイスラムの衣を纏っていても、イスラム過激思想は、富を収奪しに来る外国資本と同様の位置づけとみなされるものでしょう。

よりどりインドネシア第8号で「プンチャックの『アラブ村』」という記事を書きましたが、そこはアラビア語が主役の世界でした。そこでのアラブ人の世界は、純潔で高邁なイスラムの世界とはかけ離れた、人間臭い世界でした。 

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コーランはアラビア語で書かれており、インドネシア人がアラビア語を学ぶ動機のほとんどは、コーランを原語で読めるようになるためです。そのためか、イスラムとコーランとアラビア語は、密接に結びついたものとして、インドネシアでは認識されています。すなわち、イスラム的なものはアラビア語やアラビア文字で象徴されるのです。

このため、アラビア文字があたかもイスラムとだけ結びついているかのような認識が一般化しています。一例を挙げると、イスラムの断食明け大祭(イドゥル・フィトゥリ)の前後になると、アラビア語の詠唱だけでなく、インドネシア語のアルファベットをアラビア文字風にした看板をたくさん見かけるようになります(例:下写真)。

また、1990年代末、南スラウェシ州ブルクンバ県のある村が、シャリアを適用した「イスラム村」を宣言し、村のなかの道路名を示す標識をすべてアラビア語表記に変えるということがありました(村民がそれを読めたかどうかは分かりませんが)。

アラビア語を使っているのはイスラム教徒だけではない、ということに想像を巡らせられるインドネシア人は、いったいどれぐらいいるのでしょうか。シリアやヨルダンのキリスト教徒も、同じアラビア語やアラビア文字を使い、それで書かれた聖書を読んでいるのです。 

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シャフィイ氏が指摘した、「アラブ主義」とイスラムを区別することができないのは、西洋人だけではなく、実はインドネシアのイスラム教徒もそうなのです。

それは、よそから入ってきたものへの無批判的な崇拝の一面でもあります。すなわち、長年にわたってインドネシアの風土になじんだイスラム教ではなく、中東地域から来たイスラム教が上だと思い込んでしまうということであり、欧米へのあこがれや西洋かぶれと同じものです。またそれは、アラビア語をイスラム教のための言語と捉える意識ともつながっています。

「アラブ主義」とイスラムを同一に認識するというような単純認識は、今や世界中に広まっています。そのなかで、時間はかかっても、物事の本質を意識し、単純認識に陥らない深い思考力を保ち続け、それを時に応じて発信していくことが、今の私たちに求められているような気がしています。

(松井和久)

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