インドネシアでも目立っている嘘情報とヘイトスピーチ。最近では、昨年のジャカルタ首都特別州知事選挙に絡んで、現職だったアホック候補を陥れるために執拗なヘイト嘘情報が流されました。
こうした、SNSを使ったヘイト嘘情報を組織的に流していたサラセンという名のグループが、7~8月にかけて、警察によって摘発され、その全容が明らかになりました。サラセンは、全国各地に支部を持つ組織の体をなしており、数千のSNSアカウントを保有していました。
やり口としては、依頼者の要求に応じて、イスラム教を侮辱する嘘情報も、キリスト教を侮辱する嘘情報も流していたということです。そして、1つのプロジェクトにつき、7500万ルピア〜1億ルピア(60〜80万円)程度の報酬で請け負っていたと言います。
サラセンが組織のようになっていたことも驚きですが、サラセンの商売が成り立つということは、世間にヘイト嘘情報を流すために依頼する者たちもかなりの数いたということになるかもしれません。
では、どんな人物がサラセンに関わっていたのでしょうか。ジョコウィ政権にとって、サラセンの摘発には、もちろん、政治的意味があったのです。
サラセンのfacebookページ
●逮捕された実行部隊
警察に逮捕されたのは、サラセン代表のジャスリアディ、Facebookアカウントを駆使していた情報部門長のファイザル・ムハマド・トノン、サラセン西ジャワ州コーディネーターのスリ・ラハユ・ニンシの3人です。前者2名は7月20日、後者1名は8月5日に逮捕されました。彼らは、ジョコウィ大統領への誹謗・中傷の情報を執拗に流していました。
警察は、彼らの逮捕以前、すでに、ヘイト嘘情報を流していたとして7月までにスマトラなどで数人を逮捕していました。ところが、逮捕されたこれら3人を取り調べる中で、その前に逮捕した数人と同じグループに属することが判明し、サラセンという組織の存在が浮かび上がったのでした。
●組織顧問にあった名前
警察はサラセンの組織図を入手しましたが、その中に、何人かの注目すべき人物の名前がありました。組織顧問にあるエギ・スジャナ(Eggi Sudjana)、アンピ・タヌジワ(Ampi Tanujiwa)の2名がそれです。
エギ・スジャナは、1990年代から様々な場面で現れる扇動者です。弁護士の資格を持って、労働組合、イスラム急進派などのデモを何度も扇動し、過激な言動を繰り返してきました。最近も、「イスラム教以外の宗教は解散させるべき」と発言し、ジョコウィ大統領に対しても批判的な発言を頻繁に行っています。自身は知識人と考えているようですが、他の知識人コミュニティとのコンタクトはなく、一匹狼的な立場にあります。
アンピ・タヌジワは退役陸軍中将で、かつてバンテン州が設立する際の中心メンバーの一人として動いた人物です。今年行われたバンテン州知事選挙に立候補し、落選しました。スハルト後の軍内では、スハルト元大統領に近いとみなされていたようで、2000年に陸軍師範学校副司令官から更迭されました。これまで民主国民党(Nasdem)に所属していましたが、本件の容疑が出てすぐ、党籍を剥奪されました。
両者はともにサラセンへの関与を否定していますが、逮捕された3人は顧問と認めています。エギ・スジャナは「3人を名誉棄損で訴える」と息巻いた後、メッカへ巡礼に出かけました。その後、逮捕された3人は「組織図はただの構想だった」と訂正しています。
●いずれもプラボウォの支持者だが・・・
実行部隊もエギ・スジャナもアンピ・タヌジワも、共通するのはプラボウォの支持者だったということです。
主犯格のジャスリアディは、週刊誌「テンポ」のインタビューで、はっきりとプラボウォへの支持を表明しています。また、エギ・スジャナは2014年大統領選挙の際、プラボウォ勝利連帯(Solidaritas Menangkan Prabowo: SMP)という組織の立ち上げメンバーで、アンピ・タヌジワもメンバーになっていました。
では、今回のサラセンは、次期大統領選挙への再出馬を目指すプラボウォの支持者が本当に行ったものなのでしょうか。その点については、確たる証拠があるわけではありません。プラボウォ自身からは何もコメントがありません。エギ・スジャナは、ジョコウィ大統領側がそのように印象付けていて濡れ衣だ、と主張しています。
●摘発で誹謗・中傷を抑制させる効果はあったか
とはいうものの、今回の摘発で、SNSを使ったジョコウィ大統領や現政権への誹謗・中傷・デマの拡散がなくなるとは思えません。
9月末には、政府見解で共産党のクーデター未遂事件とみなされている1965年9月30日事件を控えて、「インドネシア共産党復活」「ジョコウィは容共」といった共産党ネタでのジョコウィ批判が見られました。ジョコウィ自身が何度も否定しているのに、いまだに「ジョコウィの家族は共産党員だった」という話も流れてきます。
2018年は多くの州・県市で地方首長選挙が行われ、2019年の大統領選挙まで政治の季節が続きます。誹謗・中傷をSNSビジネスにしようとする輩はきっと出てくるはずです。それでも、9月末以前に、事実に基づかない誹謗・中傷は、度が過ぎれば犯罪として摘発されるというシグナルが発せられたことは重要だと思われます。
(松井和久)
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